第三十八章 愚者
第五話 探偵
「ねえ、お願いをしてもいいかな?」「お願いだって?ご生憎様、俺は探偵だ。お願いなんて無責任な祈りに命を懸けることなんてできないね。」「それでも、依頼ではたぶん私の夢は叶わないから......じゃあ、お願いをしてもいいと、そんな許可を探偵のあなたに依頼してもいいかな?」「俺にはお前がどうして、お願いにこだわるのかわからないな。」彼女は俺の前で沈黙したまま、俺の顔を覗き込んでいた。「それに依頼するって言っても、俺への依頼料金は高くなるが、お前に払えるのか?」彼女はその言葉を待ってましたとばかりに、頷いた。「ええ、払えるわ。なんでもね。あなたが望むすべてを私はあなたに支払うことができるのよ。」俺はそんなの虚勢、ただの強がりだって思った。「じゃあ......」その時、彼女が俺に見せるように突き出したその手の中には、俺が今喉から手が出るほど欲しいと思っていたものがあった。「どうして......それを?」「これが欲しいんでしょう?」「・・・」俺は彼女から突き付けられたそれを、その爆弾を受け取ってしまう。それは依頼と言うよりも契約と言うべき出来事なのだろう。嗚呼、もはや依頼人と俺の関係は逆転してしまっていた。彼女は俺の前で無邪気に笑う。そして彼女はお願いを話し始めた。「私は近いうちに死んでしまう。そして誰かを殺してしまう。だから、あなたには突き止めてほしいの。私が誰にどうやって殺されたのか、私は誰を殺してしまうのか。そして、そのすべてに終止符を打ってよ。」「・・・おい、何を言って?」その刹那、彼女は消えた。俺の前から跡形もなく......そしてその日の夜、彼女はその言葉通りに死んでしまった。
俺は録音した彼女との会話を何度も何度も再生して、彼女の言葉、彼女のお願いを聞き続けて、それに一切の間違いがないことを確かめていた。(彼女は一体何なんだ?殺されてしまうまではまだ言っている意味が理解できる。でも、そんな私が殺してしまうだって?死んじゃあお終いだっていうのに?)
その時、俺しかいないはずのこの場所で何か異音がした。私は振り返り、そこに置いてあった例のブツが音を立てていることに気づいた。俺はそれに近づいてみれば、それは、いわば”爆弾”はカウントダウンを始めていた。俺の全身から冷汗がつたう。なんで発動しているのだろう?その時、そのブツの中から声がした。「私は知っているよ。あなたが意気地なしだってことを。だから、私のお願いに対して、あなたが依頼されたときと同じくらいの熱意と責任を持てるように、私の死を契機としてこのカウントダウンを起動させてもらったよ。」そのカウントダウンの制限時間は、191:59:47、約8日。「あなたがこの事件の真実を知れば、こんなカウントダウンを止める方法だって自ずとわかるはず。そう、それにあなたは名探偵なんでしょう?」(嗚呼、どうやら俺はしてやられたようだ。)俺はいつもの服に着替える。そして今の時刻とカウントダウンの時間を確認するに、そのカウントダウンは、3時15分に始まっていることを把握して、俺は扉を開けてこの昼下がりの町並みへと駆け出していく。
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「もう俺はお前とは会うことなんてないだろう。だから今日のことは忘れてしまうべきだ。こんな今を出会いだなんて勘違いするなよ?その代償を支払うのはいつも、そんな風に思ってすらいない方なんだからなッ!」彼はそう憎々しげにつぶやいた後、私に背を向けた。「待ってッ!」私は今にも去っていこうとする彼を呼び止める。しかし、彼はこちらを一瞥しただけだった。
彼がいなくなった公園で、私はベンチの上で呆然と今日のことを振り返っていた。(予知夢の中と別の行動を取れば、予知夢とは全く違う結果になるけれど、でもまさかこんなにも違うことになるなんてね。まさか白装束を身に纏った男が現れることになるなんて......)そこまで考えた私に一つの疑問が生まれた。(予知夢だとどうして彼は現れなかったのだろう?予知夢の中じゃあ、私は帰り道を歩いていただけだった。そしてこの現実のほうがあの予知夢の中よりも身を隠していて目立たない服を着ていたというのに?)そこまで考えたところで、私はそんな疑問に思いを巡らすことをやめた。そんな答えられない問いかけをいたずら考えてもただ時間が無駄になってしまうだけだから。むしろ白装束の男に出会ってしまった、その一方で大きな手掛かりを掴めたかもしれない。私は手を掴まれたときに彼の服からくすねた名刺を仰ぎ見た。
表紙には名探偵、六波羅万華鏡の文字が印字されていた。しかし、その名刺の名探偵の名の字は上からボールペンで二重の傍線が引かれていた。そしてその名刺の裏面には、彼の探偵事務所の場所と、電話番号が記載されていた。
私はこのままベンチの上でうつらうつらと麦茶を飲んでいた。こんなにも麦茶はおいしいかったのだろうか?なんて味わいながら、私はこのペットボトルの縁を手でなぞっていた。そう言えば、あの時、私の手に触れたものは何だったのだろう?私の中でそんな疑問が生まれたその瞬間、
私は『その触れた何かの正体を知らなければならない』、そんな気がしてしまった。
次回 第六話 侵入
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