万涯辺(番外編)
写真を入れた封筒を郵便ポストへと投函して、私は安堵のため息を吐いていた。
どうやら私には余裕が無かったみたいだった。私は今、膝に両の手をついてぜぇぜぇと、嘆息を零し続けてしまっている。今までの私は疲れなんて感じていなかったというのに。むしろ、私は絶好調だった。これまでの私の頭の中、そこで引き起こされていた考え、アイデアの思いつき、そして私の行動へと一挙手一投足に投影されるまでのすべてが、私の思考を超越して駆け巡っていた。私の考えなんてありきたりに感じてしまうほどに、まるでその考えは私の考えじゃないように、それは突飛で芸術的で、なのにどこか私らしい、そんな頭の中を見た私はその光景に歓喜して、そのままでいいよ、そう思いながらその思考の後を追うことをもうすでにやめていた。そして私はいつしか、この思考が導き出した結論に従うだけの道具みたいだって感じてしまっていた。だから、私はわからなかった。どうして私はこのキャンペーンの締め切りに間に合うことができたのだろう?私があのキャンペーンの存在に気づいたのは、つい昨日の事だった。私はずっと仕事に忙殺されていて、ニュースなんかを見る暇も無くて、ただ同僚が話していた内容に自転車なんて言葉が何度も何度も現れては消えていったから、私は彼に何を話しているんだって訊いてみたら、彼はまるで私を憐れむような瞳をしていた。「聞かない方がいい。」彼は一言、そう言ってこの場を後にした。一人取り残された私、そう、まさにその時だった。私の上着のポケットから小さい通知の音が響いて、私はその音に釣られるようにその画面を見て、そこにあった内容に狼狽してしまった。
私は光沢のある赤色の郵便ポストにうつる私の顔を見ていた。その顔は明らかにやつれていた。頬は痩せこけていて、私の瞼にはくっきりとした隈ができていた。私はその顔を見て笑ってしまう、なんて、顔をしているんだろう?こんな顔、見せられたものじゃないね。いつから、私はこんな顔をしていたんだろう?そう言えば、私が最後に心の底から休めたなんて感じることができたのは、いつだっけ?私はそんなくッだらないことを考えようとして......やめた。そんなことを考えても、この今が虚しくなってしまうだけなんだって、そう思ってしまったから。
私は近くのコンビニに立ち寄った。コンビニに入ったその瞬間、けたたましい音が私の頭の中に響き渡る。「いらッしゃいませッ!」なんてうるさいんだろう?もっと小さく声をかけてほしいよッ!なんて、私はこんな小さなことに憤ってしまっていた。私はもう余裕がないんだ。こんな小さなことにイライラしてしまうくらいには......なんて酷いんだろう?私は疲れていた。私は疲れているんだ。そう、私が私をうまく制御することができないくらいには、疲れてしまっているんだ。
私はコンビニに立ち入って、何も買わないで出ていった。私にはもう食欲が無かった。コンビニを入る前に感じていた喉の渇きはもう感じられなくなっていた。私はもう早く帰ってしまいたかった。もう、歩いているのも嫌になってしまう。立っているのすら億劫なことのように思えてしまう。家に帰る途中なんて今が煩わしいと思ってしまう。私は何もしたくなかったんだ。”何もしたくない。”
その時、私は思い出してしまった。郵便ポストの表面に張り付いていた私の顔面、その存在をッ!今、思い返せばその顔は私の顔なんて思うには、あまりにも不格好だった。確かにその顔は私の顔のように見えた、でも、私が今までずっと見てきた私の顔とは何か微妙に違っていた。そう、その顔は、たぶん私にしかわからない部分で明らかに違う、そんな顔だって思っていた。そう、私はようやく、その違和感の正体に気づくことができたんだ。その顔はまるで私を騙そうとして創られたものだったんだ。だから、私は感じてしまうんだよ。その顔を創って私を騙そうなんてした誰かの存在、その醜悪な”心”の存在をッ!
私は来た道を引き返す。その手に金属バットを携えて。私はそのあのポストの前に立って、そこにあった私の顔の作品を叩き潰した。何度も何度も、その顔がぐちゃぐちゃになってしまうまで。しかし、そのポストが見るの無残に成り果てても、その顔は消えてなんてくれないで、むしろその顔はその数を増やしていった。でも、私はその顔が増えたことに安堵のため息を吐いていた。「やっぱり、あなた達は偽物だったんだ。よくも騙してくれたよね。この私をッ!」私はその顔のすべてが死んでくれるまで、この凶器を振り下ろし続けていた。しかし、その顔は消えない。むしろ、その声は大きな声で話し出した。そのポストの表面に無数にできた顔、そこにあった口一つ一つから声を発して......
「あなたは休んだ方がいいよ。」「黙れッ!」「あなたはもう疲れてしまっているんだよ。あんたは十分な睡眠をとるべきなんだ。」「うるさいんだよッ!」「どうして?」「もう私は何もしたくないんだ。こんなことになってしまうなら、私はただの道具だとしても、もういいんだ。」「どうしてッ!」「私は自分勝手だったから、言い訳をしてしまったんだ。私は特別なんて信じることのできる”心”なんて存在が導いてくれる、そんな習俗的な今を求めてしまったんだ。」「ねえ、そんなことを言わないでよ?お願いだからッ!もう一度、もう一度だけでもいいからッ!この僕を見てくれよッ!」彼女はその言葉を聞いてなんてくれなかった。「もう、終わりだよ?もう駄目なんだよ。こんなことに意味なんてありやしないんだ、お互いのためにならないんだからさッ!」彼女の瞳にはくすんだ青空が広がっていた。
「なんなの?これ......」私の前には誰かが横たわっていた。その誰かは全身が、艶やかな赤色で染められてしまっていて、特にその顔面はその横たわっている男が誰なのか、一目でわからないようになるまでにボロボロにされてしまっていた。私はわからなかった。どうして、私の前で誰かが、こんな凄惨な姿で横たわっているんだッ!「その時、その光沢のある液体にうつったのは私の顔だった。そう、私はその顔を見た瞬間、既視感に襲われる。そしてその既視感が、私に教えてくれたのは過去の記憶だった。私が目の前の男を殺してしまった、それはそんな光景だった。」ありえないッ!私がそんなことを、するはずがないッ!どうして私は笑っているの?「あなたは何もしたくないんでしょう?だから、あなたは考えることも放棄してしまったんだ。」わからない。「わかるはずがないんだよ。お前はもう忘れてしまったのだから。物事を考えること、そのやり方を。」さっきから、声が聞こえてくる。そう、それはその艶やかな液体にうつる誰かの顔、そこについていた口から止めどなく溢れ続けていた声だった。「あなたはもう終わりだよ。何もしなくていい、そのままでいいなんて、あなたの夢見た言葉はもう、存在しえないよ。」「あなたは誰?」「私は私。嗚呼、私は見つけてしまったよ。あなたの証を......そして私は、あなたにずっと伝えたかった言葉があるんだ。~~~私はあなたの道具なんかじゃない~~~」
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一人の男が死んでいるのが発見された。その男は、死後何年も放置されているような状態で、腐敗が進んでいる状態だった。そしてそのご遺体の前にはボロボロの郵便ポストが置かれていた。その郵便ポストの中には一枚の封筒が入っていた。しかし、どうしてだろうか、その封筒の中には何も入っていなかった。
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次回予告 (仮称)
不明瞭になっていく今
冷たい海
バター
なんで気持ちがいいのだろう?
次回 第43章 僕を噛み殺して




