刺殺人~密室に真実を閉じ込めたなら... 第15話
俺はその男の背後に立って、その男に銃を突き付けた。しかし、その男はその銃が突き付けられたことに、一切の動揺した素振りを見せなかった。「動くなよ...」俺はその男に念押しするように言い放っていた。なぜなら、俺は、今この状況を呑み込むことができなかったからだ。その男の様子は、まるでこの銃に突き付けられている今が、全くの脅しになっていないような、そんな感じだったし、俺はその男の正体に心当たりがないことも、その男から漂ってくる底知れない雰囲気に拍車をかけていた。「今から、二つ質問をする...嘘なんて、ついてくれるなよ...」俺は質問なんて言ってしまっていた。本当は尋問と、脅すように凄んで言い放つ、そんなつもりだったのに......どうやら、俺は彼の命を握っているはずなのに、俺の方が彼に命を握られてしまっているような、そんな感じがしてしまう。俺の引き金にかけていた人差し指が、小さく震えていた。その震えは小さいけれど、俺はその震えを見たその瞬間、もう俺にはこの拳銃を撃つことなんて出来ないと、そんな風に思ってしまっていた。
しかし、俺はこの場から脱獄しなければならない。そう思えば、この目の前の男は、今の俺に差し込んだ一筋の光なのかもしれない。俺はまだ、彼の瞳を見てはいなかった。だけど、俺はその男の、姿、雰囲気から何か今までにないものを感じてしまっていた。それは予感。この閉じられた今のすべてを破壊してくれる、そんな予感だった。また、ここまで考えて俺は不思議に感じていた。俺はこの監獄内にいるほとんどの囚人を見てきたっていうのに、この男は今までに見たことが無かった。これは、俺にとってとても不思議なことのように思われた。もし見かけていたなら、この男の発する特異な雰囲気から、その存在を感じ取ってしまうだろうから。この監獄に来たばかりなのだろうか?いや、新入りならこの部屋の存在に気づくことができないはずだ。まさか、彼女が裏切ったのだろうか?わからない......そんな風に、思考を巡らせた俺は、今、質問の内容を決めていた。
「この写真を見るんだ。」僕の眼前に、背後の男の銃を握っていない手、男の右手が僕の左手から回り込むような形でぬるりとやってきて、その手に握りしめられていた紙状の何かを渡してきた。僕はそれをゆっくりと受け取って、その紙状の何かが、一枚の写真であることに気づいた。「この写真に写っている女に覚えはあるか?」その男はぶっきらぼうに問いかけた。僕は内心、おっかなびっくりで、その写真を真剣に眺めていた。
その写真には、一人の少女が映し出されていた。僕はその少女を見て、その少女はどことなく、彼女に、五月雨丹に似ているような気がした。一体どうしてだろう。その少女は絶対、五月雨丹でないことはわかるのに、否定はしたくないような、その少女が五月雨丹と同一人物であると感じる何かが、その写真には、その写真から漂う雰囲気からありありと映し出されていた。だから、僕は答えてしまう。「五月雨丹......?」すると、僕はやっぱり答え方を間違えてしまったのだろうか?背後に突き付けられている銃が、カチャリ...と小さく震えるような音を、まるで僕の命を揺らすような音を響かせた。僕はその音を聞いて、息がつまるような、そんな面持ちで、その銃の引き金が引かれてしまう可能性を考えながら、僕はこの手に携えていた銃を一層強く、握りしめていた。
「五月雨丹......?」俺はそんな、意図せぬ言葉に動揺してしまう。どうして、彼女の名前が今、ここで、この見ず知らずの男の口から現れたのだろうか?その唐突な言葉に俺は動揺して、俺は拳銃を突きつけていたこの左手を、震わしてしまう。そしてそんな震えを、知らしめるように、カチャリなんて言う音が、この静寂に包まれたこの部屋の中に響いていった。そしてその音を聞いて、俺はもう生きた心地がしなかった。まるで、彼は俺の動揺を誘っているように思えてしまう。むしろ、銃を突きつけられているのは、命を握りしめられているのは、そして今まさに尋問をされているのは俺の方なんじゃないのか、なんて考えてしまう。心のなかで、僕は、そんな馬鹿なことがあるわけないと、そんな考えを一蹴してしまおうとした。しかし、その疑念はもう大きくなりすぎてしまっていた。
俺は彼に問いかける。「それじゃあ、最後の質問だ。この絵に見覚えがないか?」俺はその男にもう一枚の絵を見せる。その絵には、俺の盗まれてしまった聖遺物が描かれていた。彼はその絵を見て、そして言い放つ。知らないと。俺はその言葉を聞いて、落胆したような、それでいて、安堵のような息を零してしまっていた。しかし、次の瞬間、その安堵のため息は、落ち着いていた心は一気に跳ね上がる。「アレ?でも、僕はこれをどこかで見たことがあるような気がする......」「なんだってッ!」俺は銃を手放し、彼の両肩を背負う手でつかみ、揺さぶった。「一体どこでッ!どこで見たんだッ!」ここで、俺は初めて、彼の顔を、彼の正面を見てしまった。その男は、こちらを見て嘲笑う。「やっと、手放してくれたね。その銃をッ!」次の瞬間、彼は、いつの間にか、握りしめていた銃をこちらに向けた。その刹那、その銃は機械音声で無機質に告げる。「レーベルパターン1、検知。」その刹那、俺の身体全体に現れる、風穴、銃創、そして散らばっていく血と意識。そして、俺はその場に倒れてしまった。
その男の手には、ナイフが握りしめられていた。俺はそのナイフを見て、気づいてしまう。それは俺のナイフだってことにッ!彼は、僕の心の中に今まで渦巻いていた欺瞞、その答え合わせをするように、この今を嘲笑っていく。「アハハハハハハ!こんなにもうまくいくなんてさッ!ついに始まったよ。俺の天国が、まさに終わりの始まりがァ!これが一人目ェ!」その男は、緑のサングラスを外す。すると、そこには、赤褐色の瞳が現れた。俺はその瞳を見た瞬間、その生気のないおぞましい瞳に、気持ちの悪さを感じてしまう。それはまるで、死体から剥ぎ取った瞳を、無理やりつけているような、そんな瞳だった。
「ちょうど、この瞳も腐ってきて、新しい物に変えようって、そう思っていたんだ。」彼は俺の前で、その瞳をほじくり返すように、取り出した。すると、その瞳が俺の目の前に堕ちて、その男の顔に瞳が抜け落ちて本来あるはずの落ちくぼんでいるところには、誰かの生気に満ちたひとみがあった。その瞳を見て、俺は言いようのない既視感に襲われた。それは、彼に見せたあの絵と全く同じ姿だったから。白銀の瞳、そして聖遺物をその手に集め、神を殺す、予言の書で語られた我らの天敵、まさに特異点、その姿だったッ!
俺はその男が近づいてくる足音、最期の予感をひしひしと感じてしまっていた。これが終わりか、なんて呆気のない時なのだろう?すると、隣の部屋から声がする。誰だろうか?そう、俺が隣の部屋を見ると、そこには俺と同じように、今にもくたばってしまう、そんな一人の男の姿があった。
「ここは?」「ここは、夢の中だよ。どうしようもない今から逃避するための、余暇とでも表現しようかな?」「夢?嗚呼、走馬灯か...案外、一生なんて呆気のないものだったな。」「違う、これは走馬灯なんかじゃないよ。第一、俺とお前は初対面だろ?俺の名前は、”宇野、宇野壱”。お前は?」「俺は橘、橘自由。」彼は、名前を話すとき、少しだけ戸惑うような素振りを見せていた。「なんだい。その名前が嫌いかい?」そう、俺が冗談めかして言うと、彼の顔はみるみるうちに赤くなっていった。「お前も馬鹿にするって言うのかッ!この名前をさッ!」「違う、違う。良い名前だなって、そう言おうと思ったんだ。だって、自由なんて言葉は、この世界で最も欲深く、それでいて底抜けに明るい、そんな希望に満ち溢れた言葉だって、そんな言葉を胸に抱いて生きれるなんてことは、この世界で最も幸せだって、そう俺は、思ってしまうよ。でも、どうやら、あなたはそうは思っていないみたいだ。」「嗚呼、あなたは他人事だから、そんなことが言えるんだッ!そんな見え透いた慰めなんていらないんだよッ!こんな親のコンプレックスを誇示させるような、拗らせた名前を付けられて、それでどうしてこの名前が込められた祈りだって?馬鹿なんだよ。本当にッ!」彼はまるで身が裂けるとでも言いたげな風に、空中でのたうちまわって、そしてひとしきり暴れた後、近くの段差に腰かけた。俺はそんな彼の横に座る。
「じゃあ、もし、一度、別の名前で生きることができるなら、どうする、どうしたい?」彼はそんな提案をした俺を、じっと見つめていた。「なにそれ?そんなこと、考えたことも無かったな...」「質問に答えてくれ。どうしたい?このまま死んでしまうかい。それともこの今のこの不幸のすべてを無かったことにしてしまうかい?」その時、彼の表情が歪む。どうやら、彼は思い出したようだ。この夢を見る前の、どうしようもない今をッ!「・・・本当に?本当に、そんなことができるの?」「嗚呼、もし契約してくれるならなッ!」「契約?」「そう、契約してよ。対価は記憶。」「記憶?」「そう、お前が橘自由だった時、そのすべての記憶を差し出すこと、それが条件だ。」「意味なくない?そんなの、意味がないじゃないか......」「そうかな?お前の記憶は無くなり、確かにお前は別人になってしまうだろう。しかし、お前の感情、こころは変わらない。」「心?」「ちがう、お前の言う心なんていうキャンバスでなく、自然に記憶のない純粋無垢なお前、その時点においてもう存在していた心の元型、まさにこころさ。今まで、お前は自身の心を、自分のものだって、道具だって、そう思うことができていたか?いや、完全にそう思うことなんて出来なかったはずだ。むしろ、お前は、そのこころの奴隷となっている節があったと思わないか?好きだから嫌いだから、傷ついた、感動したなんて、そんな言葉は、本当にそのすべてが、お前自身の経験によるところがすべてなのだろうか?嗚呼、違うはずだ。お前の行動、その思いつきには、お前のこころに湧き上がる、なんとなくの感覚があったはずだ。そして、お前は経験を通じて、その感覚に名前を付けて分類して、お前だけの心を創り出したんだ。つまり、お前はすべてを持っていたんだよ。まさに、初めっからさッ!」「繰り返すだけ。本質的には、俺は何も失うことが無いって?」「その通りだ。それも、お前の記憶だけじゃない。俺だって記憶を差し出すんだ。」その時、この空間にひびが走った。「どうやらここまでみたいだな。それで、どうするんだ?契約するのか?それとも、しないのか。もう、俺はどっちでもいいんだ。だから、俺は、お前の選択にすべてを委ねることにするよ。」俺はそうぶっきらぼうに言い放った。すると彼は、そんな俺を見て、初めて笑った。「あなたも偉そうなことを言って、死ぬのが怖いんだ。フフッ。最後にそんな言い逃れのセリフを吐いてくれるなよ。焚きつけたのはお前なんだからさッ!」
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どうして、どうして銃を、この引き金を引くことができないんだッ!俺は戸惑ってしまう。そして、そんな戸惑いを嘲笑うように、その銃から発せられた機械音声は告げる。「レーベルパターン0......」どうして?レーベルパターン0?存在しえないはずのナンバー?どうしてこんなッ!その時、俺がこの銃口を突きつけていた彼が、唐突に振り向いた。その男は、ナイフを握りしめていた。それは漆黒のダガーナイフ、そしてその男の左手の先は不明瞭な、円上の何かが現れていた。その円上の何かは、その場でぐるぐると、渦を描くように動いていた。
俺は必死に逃げていた。そしてあまりにも必死に逃げていたから、俺は何かに足を取られて転んでしまっていた。「どこへ行くっていうのッ!アハハハハハハッ!この何もない雪原の中でさッ!」俺は気づけば、行き止まりにいた。どこにもつながらない小屋のなかに......そして、俺の前に彼は現れた。「お前、どうして?お前は死んだはずだろッ!宇野ッ!」「残念だったなッ!あの言葉はある意味本当で、ある意味嘘だったんだよッ!」彼は、俺にそのナイフを突きつけた。「もう俺は宇野じゃない。私は土井、土井中条。今、お前をこのダガーでもって堕とす、堕としてくれるッ!」
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