Epigraph. Ⅳ 時間遡行 #3
第十一章 脱獄編 第五話
それは綻びだった。この世界に生まれるはずのない特異点、自由が生まれた瞬間だった。その絶対的な自由が生まれた瞬間、この世界は約束された崩壊に向かい、彼を中心に渦を成していった。
その絶対的自由は嘲笑っていた。その盲目的不自由に縛られたこの誤魔化しの光を......
天使の顔に滲む恐怖、血が滲んだ死の臭い、そうそれは紛れもないあの時感じていた絶望。あの時?そうだ、私はこの渦を見て思い出していた。あの時の、絶望を......世界の消滅、意味のない終焉、無へと貶められる有の輪舞、”ブラック・タイム”を......
その自由は、封印から呼び起こされたパンドラの箱だった。そこにいた悪魔は退屈そうに、瞳の前にいる敵を見ていた。その悪魔の瞳には深淵があった。遥か彼方まで続いているようにすら感じてしまうほどの底知れない闇が......
天使は見てしまう、その闇に広がっていった虚無を。そう、そしてそこに映し出されている彼女自身を......。そこに映し出されていた彼女は笑っていた。そう、彼女を馬鹿にするように、幸せだと宣言するように。その姿を見てしまった彼女の記憶に現れていく、瞳の前の彼女の存在が、記憶の一つ一つの色を、そこに宿りし色彩である感情を、侵していく。そう、私の記憶が侵されていく。やめてッ!こんなの私なんかじゃないッ!ぐちゃぐちゃになるタイムライン、今があやふやになっていく。
悪魔は退屈そうに告げた。その声はまるで、私のすべてを見透かしているかの様だった。「お前の力は所詮、不完全で退屈な力だよな。そう、お前の光はその不完全さを恥として覆い隠すための誤魔化しでしかないんだろう?ほんと滑稽だよ。フフフ。」瞳の前の私がそう言って笑っていた。黙れッ!今の私を否定して何が可笑しいんだよッ!
その時、私の心に怒りが生まれた。その怒りは私の瞳の前を覆いつくした。「黙れッ!所詮、お前は、お前たちは、模倣品の分際でッ!我らに楯突こうなどと片腹痛いわッ!」全身の硬直を怒りが置き去りにする。この時の彼女は自身の運命に盲目的になっていた。そして、彼女の心から怒り以外の一切の感情は消え去り、記憶の中にあった今までの積み重ねの感情を、彼女はその気持ち悪さでもってその一切を無視していた。そう、彼女は6番目の使者、怒りの天使、”イブ”。「もういい。今、私は私の全身全霊でもってお前を殺す。もう出し惜しみなんてしない。そう、たとえこの命に代えたとしてもッ!」
この時、イブは原罪に限りなく近づいていた。そう、純粋無垢の元型に......そう、彼女は”今”自由に、死を前にしたこの闘争に覚醒ていた。その自由を前にして、彼女の力の制限は無くなり、彼女の身体を白銀の光が覆いつくしていく。そして、その白銀の光を、純然たる生を目の当たりにした彼女は、そこに自分自身の本来の姿を、今の彼女の本当の姿を見るだろう。今、抽象的な神聖が、具象な力となりて顕現する。その力が空間をうねらし、彼女を称えし渦を成す。それは歓喜、彼女を祝福するための意味。まさに神のごとき力。
彼女は神力『プロムナード』を発動した。
この時の彼女は幸せだった。そう、今彼女は心の底から幸せだった。ようやく、自由になれたってそう思えたから。
自由と自由が拮抗していた。しかし、彼女は悪魔の力を使いこなせていなかった。そして天使は自分自身の力の色彩を現実という名のキャンバスいっぱいに広げていた。「とどめだッ!くらえ、聖なる炎に焼かれて堕ちろッ!」その攻撃を彼女は避けられず、もろに喰らってしまう。倒れる彼女、それを見て嘲笑う天使。しかし、次の瞬間、悪魔の姿が消えた。
私はその悪魔の消失に戸惑った。そしてその悪魔の代わりに私の瞳の前に現れたのは、私?だった。そのワタシは持っていたナイフでワタシ自身の右手をぐちゃぐちゃにしていった。その瞬間、私の右腕に湧き上がる痛み、私は右手を見る。しかし、そこには何もなかった。
そう、彼女はただ命を伸ばしていただけに過ぎなかった。そう、彼女はただ自分自身の約束された運命から瞳を逸らしていただけに過ぎなかった。
「感情、それは物事に盲目的に意味を見出す行為だ。そう、感情は真実の誤魔化しでしかない。天使、その存在は神が創りしベール。神の威光を誇示し、原罪を隠すための手段。そう、原罪である”最初の殺人”それを隠すがための誤魔化しだ。」次の瞬間、私の瞳にうつる彼女の光が変に色づいて見える。その色は赤。「それが感情だ。」その時、私の心に湧き上がったのは渇望だった。取り戻したいという渇望だった。私の心にあった感情は、意味なき本能、無意識へと変わる。その瞬間、私の心が大きくなっていくのを感じた。どこまでも、どこまでも大きく、そこに果てなく、まるですべてを覆いつくしてしまえるほどの大海原であるかのように感じていた。そしてその海が天使を覆いつくす。私はその天使を見て、私は気づくことができた。天使の存在、その虚無に......「そうか、天使は感情を付け加えた手段に過ぎないのか。そう、天使はもうすでに私の、いや、私たちの心の中にあったのね。」「黙れ、黙れ、黙れッ!天使でもないお前がッ・・・えっ?なんで、どうして?」イブの前に立っていたのは、7番目の使者、殺意の天使、セプター。「どうしてお前がここにいるんだ、セプターッ!」次の瞬間、ナイフが私の前にいるワタシの姿をめった刺しにしていった。何度も、何度も、執拗に。私の身体に流れる痛み、そして既視感。その既視感を前にして私は否応なしにすべてを悟ってしまった。
そうか、これは原罪のやり直し、儀式の回帰。そう、これはあの時のやり直し、虚無へと至る道。そうか、ワタシ、私は、初めから生きてなんていなかったんだ。
言い訳は音を立てて崩れ落ち、そこには真実が残されていた。そう、失われた原罪へのカバラが......
私は赤黒い液体を流している剣を眺めていた。そこには誰かの記憶が刻まれていた。血塗られたおぞましい記憶が刻みこまれていた。私はそれを地面から引き抜いた。その瞬間、その剣は砂のようになって崩れ去っていった。
読んでくださり、誠にありがとうございます。
時間が足りませんでした。予告通りでなく、申し訳ありません。
次回予告 脱獄編 第六話~




