第三十三章 (Who are you? )第三話
波切翔、僕の感じていた彼に対する印象は胡散臭い、それに尽きる。彼はいつも何かを知っているかのような表情を浮かべていた。それはまるで何かを包み隠しているような、それでいて彼はその包み隠している何かのためにすべてを知っているように、まるで僕の知らない僕のことをすべて知っているような、そう、そんな気持ちの悪い感じをいつも纏っていた。僕が彼を初めて見た時の第一印象は、たぶん僕は彼を嫌いになるだろう、なんて確信めいたものだった。しかし、いざ彼と話してみるとこの確信は裏切られることになった。彼の纏う印象と彼の口から紡ぎだされる言葉は、全くの別物だったから......
彼は何も知らなかったんだ。彼は初めその雰囲気のために、クラスメイトから頭が良さそう、賢そうなんて思われているようだった。実際、彼と話す前の僕はそう思っていた。彼は初め、全くと言っていいほど何も喋らなかった。かつての彼はいつも「はい。」または「いいえ。」と簡素な身振り手振りによって話していた。そのために彼が纏うミステリアスな雰囲気は守られていたし、クラスメイトは彼のその雰囲気を尊重していたようにも感じられていた。僕も彼のその雰囲気に当時呑まれていたし、彼の構成イメージに協力していた集団の一人でもあった。
ある日、僕が図書館で小説を読んでいると彼”波切翔”がやってきた。彼は僕の方を黙ってみていた。(気持ち悪い......)なんで彼はこちらを眺めているのだろう?僕は辺りを見渡した。服や自身の髪を触っても見た。しかし、特に異常は感じられない。何を彼は見ているのだろう?僕に何か話したいことでもあるのだろうか?僕は戸惑っていた。彼のその突き刺さるような視線の存在に......。僕はいつものように小説を読んでいただけだった、なのに彼の存在の所為で僕はもう小説の世界に入り込むことができなくなってしまっていた。僕は本を返本台において、この場から立ち去ろうと席から立ち上がろうとしたまさにその時だった。「ねえ。」彼が話しかけてきた。「なんですか?」僕は彼に話しかけられたことに戸惑った。「どうしてその本を読んでいるの?それは......」彼は何かを話そうとしていた。しかし、彼の声は不明瞭で、どこかねちょねちょしていた。別に彼が何かを口に含みながら話しているわけでも、彼の声に張りがないわけでもなかった。ただ僕は、その声に込められた意志、その言葉の意味のような部分に起因した何かのための気持ち悪さのために、ねちょねちょしているように感じてしまったのだろう。それは、まるで何か滲みのような、例えば彼が包み隠している何か、僕が彼に対して抱いていたイメージの正体がいきなりその言葉となって僕のこころの前に現れていたかの様だった。そのねっとりとして気持ちの悪い声を僕は拒絶する。「黙れッ!」僕はこの図書館から出ていった。たぶん、それが僕が”かつての彼”と出会った最後だったのだろう。
~~~次の日~~~
彼は「やあ!」と元気のいい挨拶と、カラッとした雰囲気の風を連れて、僕の瞳の前に現れた。(何があったのだろう?)僕は考えていた。しかし、答えは出ない。僕は気になって彼に昨日のことについて問いかけていた。しかし、彼は昨日のことについて、何も知らないと言っていた。「昨日?図書館?なんだよ、ソレ?よくわからないな?俺はあなたが何を言っているのか、わからない。白昼夢でも見ていたんじゃないかい?そう、あなたはいつも寝ているから夢と現の境界があやふやになったのでしょうね。夢、それは先の見えない逃避。あなたは何から逃げてるの?それとも、あなたは何かを待っていたのよ。そう、他でもないこの私をあなたは待っていたのよ。」彼は僕を見て笑っていた。いや、違う。彼は笑っていない。彼の瞳にうつっていた、そうか、彼の瞳の中にある鏡にうつっていた僕が笑っていたんだ。「どうして笑っているの?」
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彼の物静かで、なんでも知っているかのような底知れない雰囲気は、気づいたときには消え失せていた。彼は異常に明るかった。彼はクラスの中で起きている様々な事柄にしゃしゃり出て、そしてその場をその状況を面白可笑しく引っ掻き回して楽しんでいた。たとえ小さな誤解だったとしても、彼の手にかかればその状況は拗れに拗れてしまうこともあったし、逆に拗れに拗れた状況を彼が解決してしまったこともあった。彼は自らを”肴”だと言っていた。現実逃避の慰み者、夢の肴だと......
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彼は懐から何かを取り出した。僕は一瞬身構えた。しかし、それは僕が思っていたものではなかった。それはサングラスだった。緑色のサングラスだった。「これは......」僕は問いかける。その問いかけに答えたのは彼女だった。
「あなたにやってもらうのは、私たち”2-A”のクラス展示、その主人公、”名探偵、六波羅万華鏡”、あなたには今からこの中で引き起こされる難事件に相対してもらうのよ。」僕の心に湧き上がった”戸惑い”。「・・・えっとごめんなさい...何を言っているのか...」僕のそんな狼狽を見て、橘が糾弾する。「やっぱりこいつには無理だよ。いつも現実逃避ばっかりのこいつにはッ!」「黙って。」彼女は僕に向き直り、説明を始めた。「私たちのクラス展示”殺人温泉~密室に真実を閉じ込めて~” 。これはVR空間内で、まるで推理小説の雰囲気を疑似体験することができる、これはそんな体験型アトラクションブースよ。プレイヤーはこのVR空間の中で、名探偵の前に様々な姿になって現れることによって名探偵をサポートして、真相を明らかにしていく、そうこれはそう言うコンセプトの展示のはずだった、だけど...」彼女の顔は曇る。「この展示の要の名探偵の振舞いに致命的なエラーが生まれてしまったの。名探偵はまるで初めから犯人が分かっているかのように振舞ってしまったのよ。
このVR空間に出てくる人物は私たちが実際にこのVR空間内で行ったロールプレイ、そのセーブを名探偵とプレイヤーの行動次第で変化するようにプログラムしていたものよ。そう、だからみんな被害者も、犯人も、部外者も、共犯者も、そして名探偵も私たちが実際に演技して振舞ったものをセーブして、このゲームに登場人物として使っていた。だけど、そのためにこのすべてを台無しにしてしまうエラーは起きてしまった......
どういうわけかこのVRには私たちの記憶がロールプレイを補正する、そんな機能があったようで......名探偵以外のロールプレイはみんな胡散臭くて誰が犯人か一目でわからない、まさに完璧と言うべきクオリティだったのだけど、名探偵にもこの補正がかかってしまい、どこか胡散臭くなってしまった。そう、このVRは”推理小説のあの雰囲気”をまるで現実のように第三者の視点で体験することができるのを売りにした展示だというのに、この仕様のために、その名探偵の振舞いのために誰も名探偵に共感、感情移入することができなくなって、しまいにはだれしもが名探偵が犯人と疑ってしまって、そして彼らのその疑いのために名探偵を死なせてしまう始末。そして、逆にプレイヤーが何もしなくても、この補正によって名探偵がこの事件を勝手に解決してしまった。そう、だから私たちはこの仕様に頭を悩ませてしまうことになってしまったの。
考え続けた私たちが思いついたこの状況への打開策はたった一つ。そう、それはこの推理のシナリオ(結末)について何も知らない第三者をこの名探偵のロールプレイとして保存するというものだった。リアリティのある名探偵の振舞い、演技でなく、まるで本当に直面しているかのような感じがこれには必要不可欠だったのよ。
しかし、私たちが頼んでいたその第三者は直前になってバックレた。そのために私たちは、いや、少なくとも私の頭は真っ白になってしまったよ。この絶望を目の当たりにしてさ。だけど、その時だった。私の頭にあなたの存在が思い浮かんだのは......あなたはいつも本を読んでいたし、あなたはこの事件の顛末を知らない。そう、なんて丁度いいのかって。」
僕は彼女の説明に殴られるような感覚を抱いていた。「えっと・・・」戸惑う彼女は僕にその緑のサングラスを差し出した。「さあ、時間はないの。これは楔、あなたと名探偵を結びつけるインターフェイスよ。」できるわけがない、できるわけがないよ。こんなことを急に言われて頷けるわけが......「まさか断るなんて言わないよね?あなたは今まで何もしなかった、だけどあなたもこのクラスの一員なのよ、そうこれは自業自得と言うべきじゃなくて?もしあなたがこのVRの開発に一枚噛んでいればこんな大役を引き受けずに済んだのだから......」結果論だよ、それはッ!「でもそんな急に言われてもうまくできるかどうか......」「うまくなんて出来なくていいのよ。ただ人の死を瞳のあたりにして常に冷静に徹していればいいの。そう、あなたは名探偵としてこの舞台に立ってくれればいいのよ。私たちはそれ以上に何かを求めはしないから。」僕はそのサングラスを受け取ってしまっていた。その緑のサングラスをほかでもない彼女のために......
続く
読んでくださってありがとうございます。
次回予告 (仮称)
温泉宿で引き起こされた殺人
密室殺人事件。
居合わせた警察と、残されたタオル
犯人は誰だ。
次回 第三十三章 Who are you? 第四話




