No.35 カウントダウン
水槽に反射した顔は、ぷかぷかと漂っていた。
「さあ、終わらせようか。私たちの平和の成就、そのために…」
そんな声が告げたのはカウントダウン、その始まりだった。
第十二章 強襲編 第六話
「立てこもりだって?もうこんなのおかしいんじゃないかよッ!これで三度目だぞッ!」彼は顔を歪ませていた。そんな彼の手には握りしめられて、くたびれた紙コップがあって、そしてそのコップの中にはコーヒーが入っていた。彼はコーヒーが好きだった。このコーヒーはずっとこの酷い苦さのままだったから。そう、彼にとってこのコーヒーは癒し、その象徴だった、平穏な日常と言うべきものに彼は憧れを抱いていたから、コーヒーを飲むことでそんな現実に思いをはせることができたから。しかし、現実はそんな彼の理想を裏切ってしまう展開が続いてしまっていた。特に最近は...
「先輩。そんなことを言ってもしょうがないですよ。もう、起こってしまっているのですから。」先輩は私の方を見て言った。「よくもまあ割り切れるよな?あなたは勤勉で、ホント見習いたいよ、なんてね。」そう言った俺を彼は見下して、そして睨んでいた。彼の瞳はもう濁りきっていた。「...チッ!」俺は彼のぶっきらぼうな舌打ちを、そして浮かべたその顔を忘れることなんて出来なかった。彼には俺の冗談めいた軽口を流すような余裕は失われてしまっていたようだ。そしてその余裕のなさが反って己の余裕のなさを省みてしまう契機となってしまった。俺は後輩を引っ張るような立場だっていうのにどうしてあんなに今を憂いてしまったのだろう?その憂いを払うのは感情の発露なんかじゃなかったはずだ。そんなことはわかっていたはずなのに、俺は馬鹿みたいにこの感情にこの身を任せて、そしてそんな頼りない俺のせいで、彼を追い詰めてしまっていたみたいだ。
こんな鬱屈して丸め込められていて、こんなわだかまりが漂ったままでこの車は、目的地へと向かっていた。しかし、この車は進んで止まってを繰り返す。その繰り返しがこの車内の空気をより一層重ったるいものへと変えていった。この空気から目を背けるように私は車窓から外を見る。どうやら渋滞のようだ。私たちはため息をついた。この鮮やかな活気の背後にある私たちの存在を感じ取ってしまったから。
私たちを見捨ててこの町は、活気に、底抜けのない明るさに満ち満ちていた。もしこの賑わいを何も知らない誰かが見たとしたならば、お祭りでもやっているのだろうかって思ってしまうだろう。
この町のそんな異常と呼べるような賑わいは、この町の町長”時田参朗”が提唱したある計画のせいだった。その計画の名は”参峰新都市計画”。人口の増加と町民からの要望によってこの町は市へと改められることになった、そしてそのタイミングを契機としたこの町の光景をテーマにした公園、 “サンミネパーク”その開園と、四階に及ぶ超大型ショッピングモール、 “アロウナウモール”そのオープンと、異様にすら感じてしまうほどの大きさの駅、”参峰ターミナル駅”そのリニューアルオープン、これはこの三つを主軸と据えた、この町全体の大規模な再開発計画であった。
この計画の発表に際してこの町の町長は言っていた。この計画はこの町に約束された進化だと、この町が市へと変わったその時、今までのすべてが新生(生まれ変わり)、私たちはこの町で本当の価値を、まさしく今まで以上の幸せを享受して生きることができると...
彼のその発表は町民を、そして近隣の町に住んでいた人々を、まさにこの発表を聞いた多くの人を駆り立てていった。そしてこの町に波のように押し寄せる人々、その人々が纏っていた体温は膨れ上がって熱狂と言う名の渦となり、そんな勢いによって、この再開発によって建てられるアパートはすぐさま満室なった。そして、もとよりあった賃貸物件の家賃は跳ね上がり、それにもかかわらずこの町から空室、その存在は消失してしまった。
急激な人口増加、それは治安の悪さにつながった。その治安の悪さが凄惨な事件を引き起こしてしまった。始まりは七月二十日、駅前立てこもり事件。その事件は駅前の書店で起きた凄惨な事件だった。
その事件は一つの喧騒から始まった。二人の男がその書店に侵入し、そこで殴り合いを始めた。その殴り合いによって棚は倒れ、その二人の顔面はボロボロに成り果てて、そして店内には血なまぐさく滲んだ血の匂いが広がっていた。そしてそんな彼らの喧嘩を止めようとしていた当時現場に居合わせてしまった、土井中条、18歳がその二人のうちの一人が懐に隠していた拳銃、その凶弾によって倒れてしまった。
「邪魔をするな‼」そしてもう一人の男は言った。「ついに僕はこの報いを返すことができたんだッ!」そんな叫んだ声を最後に、書店の中からの声は途切れてしまった。
「諜報部隊から連絡は?」「犯人は銃、および危険物を所持。繰り返すッ!犯人は銃、および危険物を所持ッ!」「突入しろッ!」しかし、店内へと入った我々の目に飛び込んできた光景は思っていたものと異なっていた。書店内で倒れていたのは二人の男だった。彼らは顔面を鋭利な刃物でズタズタにされて明らかに死んでいた。そして横たわる彼らのうちの一人には拳銃が握りしめられていた。彼はその拳銃を力強く握りしめていた。そして、彼は明らかに死んでいるというのに、その男は引き金にかけていたその人差し指を何度も何度も動かし続けていた。
カチャカチャ...そんな音がここに響き渡って、それが私たちの心臓の鼓動と重なっていく。
そして、次の瞬間、私たちの背後から断末魔が響き渡った。
続く
読んでくださってありがとうございます。
次回予告(仮称)
水族館
立てこもりと心
犯人は依然として行方知れず
心も依然として行方知れず
次回 (仮) 第十二章 強襲編 第七話




