第三十三章 When
俺はこの景色が好きだった。この町を一望することができるこの景色が、好きだった。特に夕暮れの景色が好きだった。カラスの声があたりに響き、その声にあてられてこの町は寂しさを纏っていく。まるでその姿は俺に寄り添ってくれているかの様で...「やあ。お待たせ。待った?」彼は急いだ風のように俺の前に現れた。「大丈夫。私も今来たとこだから。」
彼はある本を探していた。それは作者も題名もわからない本だった。唯一の手掛かりはその本の表紙は緑色ということのみだった。
「私はある本を探しているんだ。」「ある本?」「その本は夢か現かわからないところで、私の前に現れるんだ。私はいつもその本を読もうとするけれど、本に触れた瞬間、どこからともなく声がするんだ。」
→「もし卑怯者でないのならこの本を手にし、運命を背負って見せろッ!」その声に俺の思考は逡巡し、結論は出ないままその本は俺の瞳の前から消えてしまうんだ。どうしてなんだろうな?俺はこの本を手に持った瞬間、本を読みたいという好奇心は消えて無くなってしまって、その好奇心が無くなった心の隙間を、その本に対する絶望が埋め尽くしてしまった。その絶望は予感だった。この本を手にしてしまったら、私はきっと後悔してしまう、それはそんな予感だった。
~~~7月20日~~~
俺達は彼の本を探すために書店へと足を運んだ。その書店は駅前にあって、この周辺では一番規模の大きい書店だった。そしてこの書店の横にはリサイクルショップ(古本ブース在り)と、二通り離れているところにはこの町一番の図書館もあった。つまり、この書店でなかったら、隣のリサイクルショップへ、ッリサイクルショップに無ければ、図書館へと梯子しようと俺たちは考えていた。これはある意味諦めるための行為でもあった。あるかどうかわからない、それでいて脳裏にちらつくあの本を、諦めるがためのこれは徹底的な捜索だった。俺達は駅前に着いた。時刻は16時半を過ぎてしまおうとしていた。俺達は近くのコンビニによって、適当な飲み物と食べ物を買って、近くの公園のベンチに座って食べていた。俺はチョコクロワッサンと豆乳。彼はヌードルを買っていた。
ご飯を食べた俺達は書店の前に立っていた。そして俺達はその書店の中へと入っていった。その瞬間、私の瞳に飛び込んできたのはあの景色だった。寄り添ってくれる町並み、ゆったりとした人の往来、そして夕暮れに町は照らされて、その寂しさを称えるように天気雨が降りだした。そう、僕はこの景色が好きだった。ずっとこの景色をただ茫然と眺めていたいと思ってしまうほどに...ゆったりとした雨が、世界を濡らして、その雨に世界が流されていく。「ぁあ...」この光景を見た誰かのため息交じりの悲しみがこの雨に反射して、この町並みを瑠璃色に染め上げていく。その姿はまるで、この町が海に沈んでいくみたいだった。そうか、この町は俺の悲しみのために死んでくれるというのか...フフフ。私にそんな価値はないっていうのに。
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俺の瞳の前に立っていたのは悪魔だった。「お前は一体いつからそこにいたんだッ!」「フフフ。いつからだって?初めっから、私はここにいたよ。」彼はそう言って揶揄うように笑っていた。「嘘だよッ!それは...」そこまで話したところで俺は気づいた。俺と一緒にここに来た親友の、ゼクスの姿が消えているということにッ!「おいッ!お前、ゼクスをどこにやったッ!」「ゼクス?」「しらばっくれてくれるなよッ!お前なんだってことは、お前が何かをしたせいだってってことはわかっているんだよッ!」そう言った俺をその男は退屈そうに眺めていた。「やれやれ?あなたはまだ同じところをぐるぐると回っているようだね。ゼクスはお前が殺したじゃないか。その銃で...」俺の手には拳銃が握りしめられていた。その拳銃は赤黒く汚れていた。いつから俺はこの銃を持っていたのだろう?わからない。思い出せない。いつ、俺はこの拳銃を持っていたの?わからない。その拳銃に付着していた液体は、長い間こびりついているようだったが、その色は、そしてその匂いは、まだついたばかりのように感じられた。そのおぞましい拳銃を俺は地面に投げてしまう。「この拳銃は何だッ!この血塗られた拳銃はッ!俺はこの拳銃をいつから持っていたというんだッ!」俺の過去の記憶を遡ろうとしても、そこには拳銃を携えた後の記憶しかなかった。その記憶の中で俺は当たり前のことのように、この汚らわしい拳銃を握りしめていた。その記憶の中には、この時この場面で俺はこの銃を握っていたのか、なんて考えてしまう場面もあった。そもそも俺の聖遺物はこの銃だったか?違う。この銃じゃない。この銃なんかじゃないのに。どうして俺は俺の聖遺物が何だったのか、思い出すことができないんだッ!
「それは、お前が、お前自身の手でその記憶を捨て去ったからだよ。」捨てた?「そうお前は、死のうとしたんだ。それが贖罪だってかつてのお前は信じていたようだからなッ!だが、お前の無意識はもうお前の頭を離れて勝手に動いているようだなッ。」勝手...?「何を言って?」「自分でも可笑しいって思わなかったかい?あの時、彼はお前が倒れて初めて祝詞を唱えだした。あいつはいつもお前の後について回っていたし、あいつが喋っているとき、お前はいつも黙っていた。」「・・・」「天使は聖遺物さえあれば何度でも再生することができる。声も、姿も、ただ能力はそうとはいかなかったみたいだがな。」思い出した。いや、思い出したくなんてなかった。でも、そうか、これはこの銃は...
「ようやく思い出したかい?そうだよ。その銃はお前が彼を殺した罪さ。そしてお前はその罪を隠したいがためにずっと彼らを欺き続けていたんだ。自分がために、この死ぬことのできない現実から逃げるためにッ!」俺の手には、放り投げたはずのあの拳銃が握りしめられていた。俺はその拳銃を彼に向けるッ!「黙れッ!」しかし、次の瞬間、彼は懐から何かを取り出した。それは緑のサングラス。ゼクスのサングラス。本物ッ?「どうして...お前がそれを...」「フフフ。アトロ?またその銃口を向けるのかい?かつてのように...」その声は紛れもない亡霊、生きているはずのない彼。私がこの銃でもって殺した彼そのものだった。(そんなはずがないッ!そうだ、そんなはずがないんだッ!俺が聖遺物を握っている。だから記憶の再生はできないはずだ。そうだ、これはただの芝居、悪魔が俺を惑わすために、嘲笑うがための演技なんだよッ!むしろこれはチャンスだッ!俺はこの悪魔との因縁に今、この銃でもって終止符を撃ってくれるッ!)しかし、引き金に指をかけたその瞬間、俺の手に震えが走った。その震えはだんだんと大きなものへと変わっていった。「撃つんだッ!俺は、今、撃たなければッ!俺は後悔してしまうッ!絶対後悔してしまうんだッ!もう迷っているわけにはいかないんだッ!俺は今を生き続けなければならないんだよッ!どうして震えているんだ、どうして、どうしてッ!ぁぁぁぁぁっぁ!」しかし、その手の震えはいつかしか麻痺のように全身に伝播して、俺は身動きが取れないまま地面に横になってしまう。ゼクス?は俺の瞳の前で笑いながらそのサングラスを取り、俺の横たわる顔の前にそれを落として、そしてそれを彼自身の足で踏みつけた。ぐちゃぐちゃになり果てていくそのサングラス。そしてサングラスを取って出てきたその顔は...「そうか、お前だったのかッ!」「ようやく気付いたのかい?か~け~も~ちぃ!」
読んでくださってありがとうございます。
次回予告(仮称)
拳銃を握りしめたアトロ。
「どうしてそんなことを?」
思考を手放したゼクス。
どうやら彼は今を信じることができないようだった。
次回(仮)第三十三章 いつかの誰かへ




