第(3・10)章 Past
俺は男の瞳の前に立って、見下ろしていた。その男は茫然とした表情で、床にへたりこんでいた。その表情にはあったはずの、何かを覆い隠そうとしているような表情は、そんな雰囲気は消え失せていた。しばらく沈黙が流れて、唐突にその男の口が開いた。「えっとっお~?大丈夫ですか?私のつまらない顔をそんな風にまじまじと見て、面白いですか?フフフ。こっちは堪ったものじゃないですけどね。そんな整った顔面をこれ見よがしに見せつけられちゃぁねっ。まあ、でも私の顔があなたの視線をひきつけることができたなら、それはそれである意味気持ちがいいかもしれないね。」彼は心底疲れたような顔をしていた。まるで、もうすべてが退屈だとでも言いたげな顔だった。そして彼は俺を小馬鹿にしたような砕けた感じの話し方で馴れ馴れしく会話を続けていく。どうしてそんなに馴れ馴れしいのだろう?さっきの鬼気迫る表情は、あの張り裂けてしまいそうなあの叫びは何だったのだろう?そんな疑問をそこそこに、俺は尋問を開始する。
~~~
あんた、名前は?
私は”土伊中条”。土にイタリアの伊、そして中心の中に条約の条で土伊中条って書くよ。どうぞ、よろしく。
へえ、変わった名前だな。それで早速だが、どうしてお前は俺達から逃げたんだ?(アトロは持っている拳銃を彼に突き付けて話す。しかし、その男はずっと薄ら笑いを浮かべていた。)
ねえ、私の名前を聞いておいて、あなたは名乗らないのかい?(彼は心底呆れたようにため息をついた。その様子にはこの拳銃に対して湧き上がるはずの恐怖を感じとることはできなかった。)
俺の名前なんてどうでもいいだろう?それとも何か知らなければいけない理由でもあるのか?(俺は銃をその男のこめかみに当てて見せた。しかし、彼は薄ら笑いを浮かべ続けるだけだった。)
別に理由だとかそういうのじゃないよ。ただ、今から私たちは対等に話し合うというのに、名前がわからないんじゃ、不便じゃないかい。それに名前がわからないと、名前がわからないなって感じるたびに、あなたと私との間にある隔たりを意識してしまうんじゃないかな、なんてね。そう思わないかい?
おい?状況がわかっていないのか?対等だって?可笑しなことを言うんだな。(俺は引き金に手をかけた。瞬間、沈黙のこの空間に響き渡った金属の擦れる音。それは瞳の前の男にとって非日常の象徴であるはずの”拳銃”を一気に彼の日常の中へと落とし込もうとする、それはそんなリアリティのある響きだったはずだ。しかし、その男はそんなことわかっていると言ったようにその銃を他人事のように傍から眺めていた。)
対等じゃないのか...そうか...じゃあ..(そう言うと彼は俺の拳銃の先を、スライド部分を握りしめて、そしてそのまま彼はその拳銃の銃口を彼自身の額に押し付けた。)
何をやって...
対等じゃないなら撃ってくれよ。なあ、撃てよ!今、私をこの銃で殺してみせろよッ!対等じゃないって言えるならなッ!(どうして?俺の手が震えている。引き金にかけた指が震えている。どうして?まさか恐れているのか?この俺が、この男を...?)
~~~
ゼクスはアトロの様子をただ眺めていた。「あんた、名前は?」彼のその問いかけに答える言葉はなかった。その男は黙ったまま、彼の顔をただ茫然と眺めているだけだった。その様子はまるでこの状況を呑み込めていないように見えた。「へえ?変わった名前だな。それで早速だが、どうしてお前は俺達から逃げたんだ?」ゼクスは彼を見た。彼は勝手に一人で言葉を紡ぎ続けていた。なのに彼は、自然に振舞っていた。あたかも自然に会話をしているかのようだった。その姿は、その振舞いはとても不気味に感じた。
彼は懐から銃を取り出した。そしてその銃を男に向ける。「俺の名前なんてどうでもいいだろ?それとも何か知らなければならない理由でもあるのか?」沈黙とのキャッチボールが繰り広げられていく。男は相変わらず、彼を眺め続けていた。その男はその突き付けられている拳銃を前にして、その拳銃に対する恐怖によってその顔をひどく歪ませていた。「おい、状況がわかっていないのか?対等だって?可笑しなことを言うんだな。」おかしいのはお前だ。ゼクスはそう思った。次の瞬間、アトロはその男に拳銃を突き付けた。そしてその拳銃の引き金に指をかける。
カチャ...
「対等じゃないのか...そうか、じゃあ...」彼はその拳銃の引き金を引いた。それは男の右瞳を撃ち抜いた。その男は頭を抑えてその場でうずくまった。「何をやっているんだッ!」ゼクスは叫んでいた。彼の瞳の前で彼は銃を自分自身の額に押し付けていた。「さよなら。」彼の引き金は軽かった。まるで、その行為に迷いなんてなかったかのように。
~~~
俺はその引き金を引くことができないで、その男の額にその銃口を押し付けたまま、ただ立ち尽くしていた。揺れ動く指、震える手。(俺は恐れてなんていない。恐れているわけがない。そうだよ、俺は尋問をしていただけなんだ。どうしてあのナイフの反応がこいつからしたのかを確かめたいだけだったはずだ。どうしてこうなってしまったんだ。そうだ、俺は手がかりが無くなってしまうのをただ恐れているだけなんだ。殺すことを躊躇っているんじゃない。この男を恐れているんじゃない。そうだ、この手がかりなんてなければ、あのナイフに関係していなければ、この引き金を俺は引くことができるんだ。簡単に引けるはずなんだッ!)「本当に?」彼は俺の前で笑っていた。どうして笑っているんだ?その笑いの意味はなんだッ!撃てないって言いたいのか?それとも、お前ならできるって、そう言いたいのかッ!なんなんだよ、その表情はッ!教えてくれよッ!その表情の意味を、その表情の理由をッ!(その声に応えてくれる声も、その声に答えてくれる声もなかった。)
~~~
「どうしてお前が生きているんだ、天使ッ!お前はあの時死んだはずだッ!」「その問いかけに意味なんてあるのかい?俺は今、こうして生きているというのにッ!」「本当にそう言い切れるの?お前たちはあの時、僕たちの前で死んだというのに...」「フフフ。天使は不死なんだよ。記憶生命体である私たちは存在の象徴さえあれば何度だって蘇るんだ。そう、お前の瞳の前で死んだ奴も俺だったし、今の俺もその俺と同じなんだよ。」
「違うよ、同じなんかじゃない。」彼のその声には確信めいた響きがあった。「なぜ、そう言い切ることができるんだ?」「だってあなたは今、生きているじゃないか。僕の瞳の前で死んだあんたは、自ら死を選んだというのに...」自ら死を選んだって?俺が?どうして、そんな愚かなことをしたというんだ?俺がそんなことをするはずないじゃないか。「嘘だよッ!それは、そんなことありえない。俺は死なざる負えなくなってしまって死んだんだ。そう死んだはずだッ!そんなのおかしいじゃないか。俺たちにとって自死に意味なんてないのに、ないはずなのに選んだってことはッ!」「フフフ。死に意味がないのだとすれば、生にも意味がないのでしょう。生に意味がないのだとすれば存在にも意味はない、そう、死があって初めて存在は生まれるのよ。つまりあなたは死ぬたびに生まれ変わっているのよ。あなたはあなたじゃない誰かに生まれ変わっているのよ。思い出してみなさいよ。あの時を、お前にとっての過去の記憶をッ!」その瞬間、俺の意識は過去へと遡る。その中で俺は自分の額に拳銃を押し付けていた。そしてその引き金を引いた。その手は震えていなかった。どうして、どうしてそんなことができるんだッ!俺は地面に横たわった。そしてその顔は笑っていた。俺はその表情を見て気づいてしまう。これは、こんなのは俺なんかじゃない。俺なんかじゃないッ!次の瞬間、”俺”の過去が虚構へと堕ちていった。
続く
読んでくださってありがとうございます。
次回予告
アトロは過去を信じることができなくなってしまった。
ゼクスは今を信じることができなくなってしまった。
イブは死んだように動かない。
ウノはただ傍観しているだけだった。
次回 第三十三章 When




