第三拾四章 希代
希代はそのアミュレットを見ていた。そうだ、これは僕がずっと探していた価値だった。これは僕が僕であるがために必要な証だったんだ。どうしてそのアミュレットにはナイフが突き刺さってしまっているのだろう?僕はそのナイフの柄、その延長線上を見た。そこにあったのは紛れもないナイフを握りしめた右手、そうだった。僕は僕自身の手で僕たちの絆を断ち切ってしまったんだ。そのことをずっと見て見ぬふりしてきた僕は、その咎をこの手でもって受け入れざるを得なくなってしまったんだ。そのナイフが貫いていたのは、そのアミュレットに分けていた僕自身だったんだ。そのナイフが貫いていた僕は、かつて当たり前だと思い込んでいた小さな小さな僕の一部だった、だけど、今ではこの僕自身の存在の方がちっぽけになってしまっていたみたいだ。
わかっていたはずだろッ!僕以外はみんな死んでしまったなんてことはッ!彼らに僕は生かされていたんだ。彼らは言った。”あなたが私たちの、俺達の、最後の希望そのものなんだって...だから生きてよ。私達のようにはならないで。あなたは、あなただけは今を生きることができるのだから...”
どうして、あなた達はそうやって死んでいってしまったんだ。僕のために、僕を生かすために!どうしてッ!(あたりを沈黙が占める。)僕の叫びには、そしてその言葉には意味なんてなかったみたいだ。知っていたよ。死人に口がないことは...だけど、僕は問いかけ続けていた。あなた達の死に、僕の今の生に意味なんてあったのだろうか?あなた達が言った希望なんてあったのだろうか?その問いに答える言葉はなかった。そしてどうやら僕はもうそんなことを、その問いに対する肯定を信じることなんて出来なかった。むしろ、僕なんてただの疫病神だったんだ。僕がいたからみんな死んでしまったんだ。僕のために宇津野は死なざるを得なかった。そう、僕がみんなを殺したんだッ!それがどうしてッ、希望だって?フフフ...そんなの絶望じゃないか...
もう今を生きることに意味なんてあるのかな...この世界で生きていく理由はもうないというのに。そう、この世界に意味を見出すことなんてできないというのに。無意味な世界で生きることに意味なんてないだろうに。この世界で僕が見出した生きる意味は今この手が壊してしまったんだ。引き裂いてしまったんだ。だからもう僕には何も残されていないんだ。僕が僕であった証は存在は無くなってしまったんだ。もう僕は僕を信じることなんて出来ないよッ!ここにきて僕の頭の中で渦を成す今までの走馬灯。その記憶は僕のこの気持ちを否定したいかの様だった。夜見と出会った歩道橋、監獄への幽閉、仲間との特殊部隊の結成、カプア・スペース、タイムマシン強奪作戦”スパイラル・タイム”、そして楽園、追放、逃避行、そして今。この走馬灯はループ再生のように頭の中を何度も何度も回転していた。その回転の中の僕の顔は動いていた。同じ記憶、同じ場面だったのに、なぜか記憶の中僕の表情は変わっていた。ある時は笑っていた。しかし、もう一度同じ場面を見た時、僕は泣いていた。あれ?この表情を見ていた僕の心に湧き上がる気持ちの悪い感触。どうして僕の記憶は第三者視点なのだろう?どうして僕は僕の顔をこの記憶の中で見ているのだろう?その時、記憶の中の僕がこちらを見た。その顔は真顔だった。「気づいたかい?この世界の真実に。」その声は僕の声だった。
僕は存在していなかったんだ。そうか、僕は本当に今を生きていたんだ。僕はあの歩道橋で出会ったんじゃない別れたんだ。僕は閉じ込められてなんかない。自由だったんだ。カプア・スペースなんて僕は知らなかったんだ。そしてタイムマシンの証明に彼らは死を選んだんだ。そしてそんな行為は今を捨て去る行為に、本当の楽園を自らの手によって消し去る行為に他ならなかったんだ。「わかったかい?タイムマシンがパラレルワールドをつくるものなんかじゃないということが...むしろ本質は逆だった。タイムマシンは今の可能性を虚構へと沈める悪魔だったんだよッ!彼らは自分自身の存在をその悪魔に売ってしまったんだ。契約としてな。」「なんだよ、それッ!そんなの、自業自得じゃないか。彼らの追放は、彼らの死は、僕のための死じゃなかったじゃないかッ!僕は、彼らのために今まで生きてきたというのに。そうか、僕は彼らの自業自得によって自分自身の生を貶めていたんだ。彼らの運命の盲目的不自由に、僕の心は巻き込まれ続けていたんだなッ!だから僕は希望だったのか、彼らにとっての僕が希望だったわけは、他でもない僕以外が始めから死んでしまっていたからだったんだなッ!」記憶の中の希代は笑っていた。「さあ?どうする?港。僕は選んだよ。僕は今を生きているあなたの希望になることを...」彼は僕にナイフを差し出した。そうか、これが...
彼は僕の瞳の前で手を広げて笑っていた。その姿は夜見の姿になっていた。そうか、僕は彼女を殺したかったんだ。ありがとう。あなたの犠牲は無駄にはしないよ。希代。俺は復讐をしなければならないんだ。どうしようもない咎人に、運命を告げ、終わりを刻み、そして俺は初めて本当の生を、貶められた自由を取り戻すことができるんだろうよッ!
俺の左耳にかかっていたアミュレットがちぎれた。俺の瞳の前で彼女はおびえたようにこちらを見ていた。ここは雪原だった。彼女は思っていた。(私は仲間のためにも、せっかく手に入れた自由のためにも、こんなどこかわからない場所で死ぬわけにはいかない。)そんな言葉を聞いて俺はため息をついた。心の底からあきれ果ててしまったから。そうか、本当にお前たちはどうしようもないんだな。もう、こうするほかないんだろうなッ!俺の心に溢れ出す感情。それは空っぽになった希望、その再現に過ぎなかった。さあ、ヒエロファニーの刻は来た。辺りに満ちる光、その光の屈折が黄色になってあたりを染め上げていく。「思い出しちまった。」それが彼が夜見へと告げた最後の言葉。そしてこの世界に光輪せし希望。それは死人にとっての絶望の象徴”天使”これはその顕現、その再現だった。夜見は自身のトランス能力”ファーシフト”の権能を体全体に纏わせ、戦闘態勢”ファーレイド”を発動。港は自分自身の覚悟をもって、自分自身の存在証明を、発動するッ!
空間がうねり渦を成す。その渦は感情を伴って彼女の心に流れ込んだ。それは達観、または諦め。そしてそれを上回るほどの殺意。その感情が世界の今を誤魔化していく。彼は戦闘態勢「トライ・スパイラル」を再生した。
続く
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