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タイム・スパイラル  作者: やあやあやあ


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第32章 転校生 後編

「やあ!」俺は彼に挨拶をした。しかし、その明るい挨拶に対して彼は戸惑った顔を浮かべていた。どうしてそんな顔をしているの?そんな顔を、ぐちゃぐちゃに歪んだ顔を?俺はただ挨拶をしただけだった。いつものように挨拶をしただけだった。だけど、そんな彼の反応はまるでこの挨拶という自然な行為を、あたかも不自然なものに変えてしまったかのように俺は思った。

彼はその顔に狼狽を称えながら、困惑したような色をみせながら、呆気にとられたような口からその表情を象徴するかのような言葉を零していた。「えッ...」その言葉は俺の言葉に、俺の何気ない挨拶に、考えなしの言葉に対して突き付けているナイフの様だった。彼は俺の瞳の前でそのイメージのナイフを握りしめていた。そしてそのナイフはもうすでに感情となって俺を、めった刺しにしていった...だけど、どうしてだろう。俺はこのナイフの痛みを知っている。この全身を蝕んでいくような感覚に、この蟲がこの身体全身を這いずりまわる感覚に、そしてこの気持ちの悪い感覚に、対して俺にはどういうわけか見覚えが(既視感が)あった。そしてその見覚えが記憶のようなものを呼び起こした。それは紛れもない過去の記憶、懐かしいと感じるべき記憶だった。しかし、俺はその記憶に新鮮な感覚を抱いていた。抱かざるを得なかった。その感覚は不愉快な(気持ちの悪い)ものだった。

その気持ち悪さを前にして俺の心に湧き上がってきた虚しさ。その虚しさを前にした俺は、あたりに満ちた諦めに濁っている空気にあてられてしまってその場で立ちつくしてしまった。「もう俺は生きていけないのか...」そんなつぶやきはこの密室の飽和したノイズによってかき消されていった。

~~~

「ピンポーン」呼び鈴で私は起こされる。今の時刻は深夜零時。(なんて迷惑なのだろう?久しぶりにいい夢を見ていたのに。)その夢はあいつと一緒に拉麺屋にご飯を食べに行く夢だった。彼はかつてのように味噌ラーメンバター添えを注文していた。「よくもまあ、飽きないね。」「何が?」「いや、ずっと同じものを注文しているから。私だったらもう別の醤油だったり、塩だったり頼んじゃうね。」彼は私の言葉を聞いて笑っていた。「どうして笑っているの?」彼はひとしきり笑いをこらえた後...「フフフ。知らないのかい?この味噌ラーメン、バター添えはここでしか味わえないのだよ。そう、この拉麺に使われている牛酪(バター)はここでしか堪能できない代物なのだからね...」彼はどや顔でそう言った。そのどや顔を前にしてどんな顔をすればよかったのだろうか?この時の私はわからなかった。ただ、その気まずい空気に従って愛想笑いを浮かべていたような気がする。しばらくたって私の頼んだ拉麺、コーンポタージュラーメンが運ばれてきた。ぐつぐつとした黄色がかった白色のスープに沈んだ山盛りのキャベツともやしとコーン、この店の名物のスープによく絡む縮れ麺に、そのキャベツの山の前には大きなナルトが鎮座していた。じゅるりなんて下品な言葉が思わず漏れてしまうようなおいしさという名の迫力がその拉麺から立ち昇る湯気を通じて私にやってきた。「いただきます。」私の食欲は手を合わせ、その食べ物を捉える。しかし、いざその拉麺を食べ始めようとしたその時、私はまだ割り箸を用意していなかったことに気づいた。なんて恥ずかしいのだろう。食欲に先走られてから回った私の姿、その一部始終を彼に見られてしまったみたいだ。私は恥ずかしそうに俯いてから、テーブルに置かれた割り箸をとろうと手を伸ばした。しかし、ぎりぎり届かない。テーブル席に座っていた私と彼、餃子用調味料は私側に、割り箸は彼の方に配置されていた。私は恥ずかしさでどうにかなってしまいそうだった。でも、私の心に湧き上がってきたこの恥ずかしさよりも、このおいしそうなラーメンを早く食べたい食欲という名の焦燥に突き動かされた私は割り箸を取ってもらうためにうつむいていた顔を彼に向けた。しかし、そこには誰もいなかった。そこには空っぽのどんぶりが残されていただけだった。その時だった呼び鈴がなったのは...

~~~

俺は呼び鈴を鳴らした。ドアの奥からどたどたとこちらに歩いてくる音がして、扉が開けられた。「やあ!」俺の心にあったいたずら心が彼を驚かそうなんてそそのかして、俺は彼に大げさな挨拶をした。しかし、彼はその挨拶に無表情だった。「チッ!」彼は舌打ちをして家の中へと戻ろうとした。「おいおい、無視するのかよ~?」俺は彼が部屋に視線を飛ばした隙に回り込んで玄関に入り込んだ。そしてその場で存在を無視した彼を非難するかのように手を振ってみせた。彼はそんな俺を見て一言。「なにこれ。」彼は戸惑っていた。彼は俺に近づいていく。その彼の様子に俺は違和感を覚えていた。まるでめんどくさいとでも言いたげな、しょうがないとでも言いたげな顔を浮かべて彼は俺の前に立っていた。そして彼は俺の首筋にあった傷跡を眺めていた。「おい、港?何をしているんだ?」そんな問いかけに彼は何も返さない。彼はいつの間にか、包丁を握りしめていた。そして彼はその包丁を、俺の首筋の傷に沿うように突き立てた。周囲に散らばる俺の一部が、そして感覚が、教えてくれたのは死という名の終わり、その存在だった。「どうして?」俺の思考を手放した愚かしい頭は、記憶の保持するための臓器と成り果てた脳は、ただ今を問いかけることしかできない。そんな俺を嘲笑うかのように、彼は、俺の親友”赤坂港”は笑っていた。「やったあ!」彼はその場で小躍りしていた。そして、次の瞬間、彼は俺の体をその包丁で切り開いて、その切り裂かれた裂け目から球状の何かを取り出した。それは脳?それとも心臓?違う、そんなのじゃない。俺は体の中からこんな完璧な球状が取り出されたことに、体の中にこんな球体が存在していたことに対して気持ちの悪さを覚えていた。そうだ、体にこんな臓器があるわけないんだ。こんな完璧な球状の何かが...ここまで考えたところで俺の心に湧き上がってきた予感。その予感はこの真球の正体だった。まさか、嫌だ。そんなことってッ!彼は惨めに死んでいく俺の瞳の中でそれを握りつぶした。

~~~

死んだら、それは生きている人にとってどう映るだろうか?もう先がないという絶望に呼応したような反応だろうか?悲しみ、哀れ、ありがとう、そして、さようなら。じゃあ、死んだ人が生き返ったら、それは死んでいる人にとってどう映るだろうか?絶望への反旗を翻したという希望と言ったところだろうか?歓喜、祝福、ありがとう、そして、さようなら。私の瞳の前で死んでいる死体に告げるべき言葉はなんだろうか?ありがとう、という感謝?ごめんなさい、という謝罪?それとも...

初対面の(死んでいる)私に死体()がした挨拶は別れの言葉だった。

第32章 完

読んでくださってありがとうございます。

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