道順組立O
矢木流の、”道順組立”を向上させるための、仕事内容は単純に過酷である。
「うへ~……今日、物数が12万かよ……」
さすがの山口も根を上げそうなくらいだ。物増の日に限って、
「実、木下さん、あと他の人達も!山口の組立の応援は絶対にするなよ!!」
「分かった分かった」
「矢木さんも自分の配達地域をさっさと終わらせて、山口くんを応援してくださいよ」
山口にプレッシャーを懸けている……わけではないが。
”道順組立”を上達させるには、まずは慣れてない地域を全部”組立”させるという、シンプルであり、量を優先したものである。結局、数をこなすのが近道。
ここの配達地域は夜勤担当者が応援する形であり、区分口の数より、配達するコマも組立するコマも違っている。そのため、本来はもっと少なくて済むのであるが。
「任された地区はな、夜勤者が入るからといって、覚えなくていいわけじゃねぇ!!3回くらいは全部組立をしろ!」
「いずれ、山口くんも夜勤者をやるわけだし。その時、役に立ちますよ」
実がフォローを入れるが。
任された区に応援が入るケースであっても、把握できないとまずい。これは万が一のお客様対応などで、夜勤者が任されたところの情報が必要になる事がある。
「はっはー。鬼だなぁ~。俺より鬼だぜ。普段ならよ、日勤と夜勤を交代させて覚えるもんなんだがよ」
ここで木下のフォロー。夜勤者の場所は、配達までできる事が求められる。そこで通常ならば、日勤者と夜勤者の配達場所を入れ替える事で、練習するものだ。今の矢木のように、全部やれ、という鬼根性な指導方法はあまり採用されない(作者はやられたし、やるし)。
ここで仕事の理解が朧気な感じがする人が思っている記憶と、配達員の記憶は大きく異なっている事を思い知らされる。
通常、家を覚えるという考えは間違いではないが。配達員が覚えている事は全然違う。
配達員が覚えているというレベルを箇条書きにすると:
1.家の並び、区分口の位置
2.ポストの位置と形状、バイクの停め位置。
3.住んでいる人間・会社の把握
4.配達の対応。(ポスト投函か手渡しかどうか)
5.全部転居・一部転居・すでに転居届が切れた世帯の記憶。
だいたい、5つ。
この5つをマスターしていれば、ほとんどの区で通用する。といっても、それを一軒一軒全部覚えるのは並大抵の事じゃない。どれだけの数があるんだという気持ちになる。
そこからさらに派生して辿り着くのが、矢木のいるレベル。
矢木が覚えているというレベルを箇条書きにすると:
1.配達原簿にある家の並びまで把握。
通常、区分口ごとに居住者や転居などを把握している人が多いが、矢木レベルになると、原簿1枚に付き、細かなデータを頭に入れている。
2.ポストの鍵を開錠できるかどうか&嵩物郵便物を投函できるか把握できる。
鍵はついているが、配達員の腕によっては鍵を開ける事ができる。また、閉めてはいるが、開けているポストも当然ある。また、ポストの入れ口のサイズのみならず、奥行きまでも把握している。ムダな対面配達を無くすため、必要だ。
3.住んでいる人間が在宅してるかどうか。
書留などの”対面配達”を要求する郵便物の場合、これを知ってるか否かでその場での粘りや不在票投函への時間がかなり違う。在宅してたのに不在票入れられたーっていうクレームは、結構面倒である。
4.配達の対応。
これはお客様の許可が必要であるが、手っ取り早く言うと、お客様の勤務先などにお伺いして荷物や書留を届けるという技である。
5.全部の転入・転居・返還の情報が頭に入ってる。
言葉の通り。全部、覚えている。
この中でも2つか3つまで覚えていると、相当な腕である。
”道順組立”に限れば、ここでは1と5が大事である。
特に、物増の時には1の原簿ごとに道順を把握できていると非常に助かる。
「あーーーっ、区分口から定形外が溢れるんですけど!ファイバーに入れてる始末なんですが!」
「そんなんでガタガタ言うな!そーいう時はな!」
周りに手伝うなって言いながら、矢木はちゃんと自分のやり方を山口に伝授させてあげる。
そんな姿に木下と実は
「厳しいように見えて、優しいよな、あいつ」
「矢木さんはなんだかんだで、非情にならないですから。まともです。もっとも、山口くんにかなり期待している理由もあるかと」
山口が困っていたのは、区分口から溢れてしまう量の定形外。その数、なんと17通。厚さも含めれば入るわけがない。
”定形”は”2パス”のおかげで、”道順組立”がしやすいのだが……。”定形外”や”ゆうパケット”などの”追跡郵便”はそーなっていない。自力で組立をする。この速さと正確さが、本当の意味で”道順組立”の腕前に関わる。
「いいか。お前は道順しか覚えてないのが、悪い!」
「まだこの区に入って、1週間も経ってねぇよ!!」
「定形外が多い時は、まず!原簿のページごとに分けろ!こーいう現象が起こる区分口は、原簿の枚数が3枚、4枚と……結構多い!当然、世帯数が詰まってる!」
区分口にある奴を無理矢理組み立てるのは、誤って転居している郵便物を組み込んでしまう恐れがある。
そこで机を広く使い、原簿のページごとに区分をする。
それから1枚ずつ、”道順組立”を行うと、とても正確に組み込める。それは道順にしっかり組立ができる事だけでなく、”追跡郵便”を組み込んだ時、入力漏れがないように郵便物の向きを調整しやすい。また、決してこのやり方が速いわけではないが、安定した速さになりやすく、時間が立てやすい。
穴が少ない組立の手段と言える。
「お、お、……組みやすい……」
「だろ!原簿の中まで覚えろ!これは1コマだけしかない、大型マンションも同じだ」
このやり方はマンションでも応用が効く。不動産関係のお知らせ的な郵便物は、全世帯にあるのだが、過去に転居した人の郵便物が紛れたりする。
そんな時は階層分けにすると早い。とはいえ、1階、2階、3階、4階、5階……といった、階層分けよりもグループ分けのように、1~3階、4~7階。といった感じに、机の上で区分をしてからの方が良い。ただ、マンションだともっと早く組立ができる手段があるので、それはまた別にする。
『書留できましたー』
そうして書留交付の時間になると……
「ちょーー!俺のとこ、87本!?」
「ガタガタ言うな!!時たま出てくる、恒例の書留だ!ほとんど一定のマンションに集中してるだろ!」
この日、物増ながら最悪にも最多の書留になっていたのは、山口!
87本で物数は12万。追跡郵便は60越え。終わる気がしないというのに、組立は誰も手伝わないという状況。
「だははははは!ウケるなーー!山口、大外れじゃねぇか!だははははは!」
大爆笑する木下。その木下は57本と少なめに思える。
運が良かったのは、実の配達地域が37本で、彼からすればあまりに少ない書留の本数であったため、彼からの応援は期待できる。
そんなピンチな状況であっても、
「組立は自分でしろ!」
「鬼だろ!!」
「俺は鬼より厳しいぞ!!舐めんな!!」
矢木はその言葉を山口に突きつける。その上で
「書留をよこせ!」
「配ってくれるんですか!?」
「んなわけあるか!!”道順組立”と”居住確認”は俺がしてやるだけだ。全部のコマを自分で”道順組立”をする時、徹底して欲しいことは……」
ゴクッ
「”書留”をもらったら、速攻で出発する!!そして、”書留”の全部を終わらせる!!」
いや、87本を……?
「無理無理無理!!何時になるんだよ!?」
「走ってやれば、14時には終わるだろ?お前ならもっと早くできそうだ!」
「いやいやいや!!俺まだ、7コマしか組んでない!!残りの持ち分考えたら、絶対に午後はバイクに積み切れない!!」
山口のこの抵抗はどう考えても、これはもう今すぐ、手伝ってくださいって言っているようなものである。ただし、矢木からしたら自分でやれという強い要求。
その理由の一つは、今日が……快晴という事だ。配達業務は天候に左右されやすい。
「ウダウダ言ってねぇで、とっとと荷物積んで、配達向かえーーー!!」
もう1つの理由は、とっとと出発するための練習だからだ。
この仕事をやった事がない方からすると、郵便配達の出発において。どれくらいの郵便物を用意して、出なきゃいけないか。想像はつかないと思う。配達員が準備をしてから出発する。そのくらいだと思う。実際に仕事を始めた人には、まず指導者から『ここのコマまで組立をして、出発してくれ』という、午前分の最低限を指導されると思う。
そこまで組立をしなければ、出発できない。
そーいう事ではない。
あくまで、その基準は、……『通常の配達業務をしていれば、定時の上がりができる』そーいう基準で伝えている。これはまず、仕事を覚えてもらうためだ。
実際、午前の出発ができる条件は、”道順組立”の出来ではなく。
”書留”の交付。”9時便”(9:00頃に出てくる、速達・レターパックなど)の交付が終了次第、出発して構わないのだ。
究極な事を言ったら、”道順組立”をしないで出発する事もOKなのだ。
「お前、覚えてろーーー!!俺、絶対にあんたと木下さんから指導されたくねぇ!!今後は実さんに指導されたいぜー!」
ちょっと配達の話になるのであるが、そんなに早く出ちまうと、山口が言うようにバイクに積み切れないという問題が発生する。
だが、その問題はどうして起こるのかを少し考えて欲しい。
ポストに入らないほどの”嵩物”の郵便物がある。大型マンションに沢山の郵便物がある。1軒に対して、10個以上の箱状の郵便物がある。理由は様々だと思うが、”区分”をする際、その郵便物の大きさをしっかりと把握して欲しい。ポストに入らない郵便物だと記憶して欲しい。いつも在宅している方だと記憶して欲しい。
ただただ、ポストに郵便物をぶち込んで覚えるより、対面配達をする方が2倍、3倍は覚えやすい。覚えやすいという事は記憶に残りやすく、翌日の業務にプラスになる。
「山口の腕なら、1,2週間の辛抱だろうよ」
「かもしれませんね。筋良くこの早業は、矢木さんの指導だけにありません」
”配達原簿”や配達地域の事を覚える必要があるこの仕事だが。やっていくと掴める事、意識する必要があるのは、”頻繁に追跡郵便、書留、嵩物を配達する”世帯・会社を記憶すること。
”通常郵便”としてよく到着する、”DM”やカタログ、”通信教材”、などが届く家庭は、そもそも”追跡郵便”なども多く、”対面配達”をする確率も高い。逆にそーいう郵便物がない場合は、”公共料金”や”役所系”の郵便物しか来ない(それらも来ない時がある)。=公共料金の郵便物は、基本間違いがないから仮に見ないで”道順組立”をしても、セーフになる可能性が高い。無論、”公共料金”・”役所系”の転居もあり得るけれど……。
いずれにしてもどの配達地域を任されるにしろ、重要な郵便物と重要な世帯・会社をちゃんと覚えておけば、特に問題はない。
矢木のこの指導方法は重要となる郵便物と世帯を、さっさと覚えてしまえという、荒っぽいけど全然OKな指導法である(作者も慣れた人相手にはだいたいこれで指導する。パワハラ指導とか言われたけど)




