道順組立N
配達の基本も、組立の基本も、記憶が鍵となっている。
家を覚えろ。ポストの位置を覚えろ。ホントに細かい事であり、配達地域が広くなるほどその把握は朧気になってくる。数が尋常ではない。
1つの配達地域を覚えるだけなら楽だが、2つの配達地域をガッチリ覚えるのはキツイ。
「木下さん。ご相談があるんですが」
「おっおっおっ?なんだ、改まって」
矢木と実には若さがある。ただ、行きつくところは結局、木下のようなタイプになるんだろう。
誤配やミスが多いとはいえ。この人は実と同じく、この班の全地域の配達ができるという凄腕。他班の人に訊いてみたが、1つの班で全地域の配達ができる人はほとんどいないという。
それに引き換え、この班には2人もいるという。その一人の木下さん。
「どーやって、家、覚えてるんです?」
「?……あー、覚えるの多くて頭がこんがらがると?若いのに~」
「ホントに多いの!!だいたい、家の特徴まで覚えたりとかしたり……」
こちらに非などない話ではあるが。
例えば、ご自宅と会社が同じ配達地域にある場合。自宅に誰もいなければ、会社まで届けに来て欲しいといった。そーいう特殊な動作になる家もある。これは受け取る側からすれば、簡単だと思うかもしれないが。書留となると、そこに迷いがあるのは普通のこと。人によっては、大事な書留を他の従業員に渡すなってところもある。
一軒一軒細かく覚えるとなると、一軒に対して覚える実際の数は5つか6つ。
慣れていた配達地域を離れても、再びまた任されるのは分かること。忘れないようにすると、今”通区”している地域の事を忘れそうだが
「だははははははは、お前だってそーなるよな。だははははは」
「笑わないでください」
「いや。実も、俺に相談してきた事があるよ。俺も若い時に悩んだもんだよ~」
あれこれと細かいテクニックを覚えると、記憶の消費にも繋がる。
悩める山口に木下はとーっても単純に。
「ゴチャゴチャ考えるな!何日、何週、その配達地域を任されると思ってるんだ!」
「!?」
「自分が配達員なら全部覚えればいい!!それだけだろうが!!全国全て、配達するくらいの気持ちをまずは持ってみろ!」
クソ単純に。単純なことを言いやがった。
男なら世界最強を名乗って生きてみろって、くらいの事を。配達員如きが語らせる。
「仕事がキツイのなんの。お前はこの仕事をそれだけ深く携わったのか?生きても24だろ?俺の配達員人生分も生きてねぇーじゃねぇか」
1つ間違えれば、パワハラ案件ではあるが。至極、単純。そーいう単純さ、馬鹿っぽさが時には、生きる希望を輝かせる。
「まー。近道はねぇ。地道に毎日。交通事故なく、誤配もなく、淡々と業務をこなす。そうすりゃ、覚える」
「……根性論じゃん」
「最近の奴は情けないねぇ~。俺達からすりゃ、技術発展している中。気合があれば楽しいと思えるんだがよ」
結局、アドバイスねぇーじゃん。……と言いつつ、木下の場合はフォローを中心とした指導方法なのだろう。手伝われるのは嫌だと思えば、どうやって覚えるか、どうやって早く業務をするか、自ずと考えさせられる。
その点、矢木はしっかりと教えてくれるのだが、情報量がメチャクチャ多い。そこまで記憶するのかよってレベルである。山口が若くなかったら辞めても不思議ではない情報量。頭も体もついてこれねぇよ。
「記憶してない木下さんや実さんよりも遅いのに……」
「矢木も若いって事だ」
「うぉっ!?ぶ、部長!」
山口の背後を容易くとってしまう、彼の父親、山口部長。
元はと言えば、矢木に”通区”と”指導係”をやらせたのはこの人。
「新人と教え合って成長すること、気付く事もある。その過程でどっちかが壊れる事も珍しくねぇー事だけどよ。1人だけの成長には限度がある。お前もポ〇モン〇レーナーで楽しんでる時、ライバルが必ずいただろ?」
「ゲームと一緒にすんな」
「人生はゲームじゃねぇけど、ゲームは人生の一部だぞ」
◇ ◇
理想を詰め込んで、理詰とも言う。
とにかく、事細かく把握して、精密な配達に仕上げる。矢木の配達員としてのタイプは、そーいう頭を使ったタイプのやり方だ。
対して、木下は勘と経験を活かした感じ。覚え方も大雑把。だが、非常に範囲が広い。
どっちを良しとするかは分からない、決まらない問題ではあるが。
木下の言葉通りに。経験を積み上げれば、精密な配達にも範囲が加わる。経験を積み上げれば、覚え方もより精密になる。
「毎朝、転出入の紙のチェックを怠るな。今日、明日分までちゃんと把握してろよ。俺だって毎朝する。原簿の差し替え、転送シールを入れるのを徹底な」
仕事前にこれだけすると早くなるって事の一つ。
転出入のチェックがある。以前にも書いたが、”転出”と”転入”をお客様が出してくれたら、紙媒体で資料ができている。これを各区がファイルで保管している。
1区しか配達をしない人からしたら、する事はないし。基本、決まっている地域を任される配達員からしたらやらない事。
「2日目、3日目くらいは口出しするが、それ以降は俺から言う事はねぇ。伝える事は伝えたつもりだ。分からなかったら聞け。社会人だろ?」
「は、はい」
矢木が指導者となって、山口は矢木に気付いた事がある。
こいつ。絶対に他区応援するタイプの人間じゃない!業務上ならやるタイプであるが、能力のない人間は平然と見捨てられる、社会人のお手本のような人間だ。
確かに教え方は丁寧で正しい事しか教えていない。ミスを教える木下よりも良い!
だが、それで終わりにするつもりの指導者。なんだろうか、……先生には向いてねぇよって感じの雰囲気。プロ野球選手として一流でも、二流のコーチや監督になるような話。
悪いわけじゃないが、相性が悪い人間もいるということ。
矢木がいなくなったところで、山口は小声で
「マジかい」
そーやって、矢木だって苦労して覚えたわけだ。その過程で辞めていった人間達もよく見たわけだ。生き残ったのは、それだけ矢木が優秀だった、たったそれだけのこと。自分と同じように成長しろっていう事だろう。
否定はしないし、新人として扱わない状況ならば、最良だと思う。
だが、山口はまだ1か月とちょっとだ。酷すぎる。
”道順組立”を初めとした、内務作業を今日から自分1人の手でやれという指導役の矢木からの指示。
パッパッパッ
今日から一人で通区した地域を任されたわけだが、そこでまた分かった事がある。
不慣れな区で組立をしてる後ろで、もう準備ができて出発をする2名。
「山口ー。気楽に組めよー。ってか、間違った郵便物は組むんじゃねぇぞ。俺が間違えるぜ(笑)」
「分かってますよ」
「私と木下さんも配達応援に行きますし、残業は構いませんから。午前中は任せます」
「ありがとうございます」
木下と実の2名は声掛け&応援まで約束するのに対し、
「じゃあ、気を付けろよ。俺も出るから」
「いってらっしゃい」
「分からないのは持ち戻って、俺に確認しに来い。誤配と交通事故は起こすなよ」
矢木は、もう教えませんよって感じる言葉を山口に伝えて、出発する。矢木も久々に入る区だからか、その余裕がないのかもしれない。しかし、そーいう事かって山口も気付けた。
木下と実の2人が、業務が早くて、広範囲に配達ができるのは……こーいう他区応援を引き受けて来ているから。それだから重要な家や配達順はしっかり把握できてるし、記憶をかなり朧気にできている。
人よりもこなしている業務が多いからこそ、覚えているというのは本当だろう。
記憶するのも大事だが、経験するという事も大事なこと。記憶を支えるものになる。
◇ ◇
「おーっ。思ったより早いじゃねぇーか」
「2人で手伝おうって思ってたんですよ」
そして、今日の午後。実と木下が自分の配達地域を終わらせて、山口の配達応援にやってきた。
この時。山口はすこーーしだけ、不機嫌そうな面をしていた。
肝心の矢木が来てくれないからだ。
「……応援はいいっすよ」
「ダメです。指導役の矢木さんの言いつけですからね」
「だははははは、これが矢木流だわ。俺より厳しいからレベルアップするぜ」
素人に教えるという感じでは、矢木はある意味で失格ではあるが。経験者をさらにレベルアップさせるには、有効な教え方もある。
問題があるとしたら、協力してくれる班員達がいるかどうか。残業代をちゃんと認めてくれる管理者達だろうかというところ。
ここからは”道順組立”などをいかに早くできるかという作業というより、”道順組立”などを将来的に見据えて早くする教え方といった話ではある。
「”道順組立”は間違ってないはずです」
酷く単純なことで、矢木も今日の朝、山口に伝えた事である。
『”道順組立”を始めとした内務業務を1人でやれ』
という指導方法である。
指導する言葉よりも指導する仕事で教えさせる、荒っぽい指導方法だ。軽ーいパワハラである。
「おう!俺はお前を信頼してポストに入れるからよ、誤配になったらお前が謝罪してくれ」
局の配達の体制にもよるが……。新人さんや”通区”したばかりの人にはよく、”組立応援”が入ることがある。午前や午後、速やかに配達業務に行ってもらうためだ。
これが基本的なわけだが、このやり方にも欠点がある。こんな体制が当たり前になっている新人さんだとこれは沼りやすい話であり、酷いこと言うと、パワハラと勘違いする話もある。(そう思っても仕方ないんだろうけど)
配達の区によって、夜勤の配達エリアや組立応援が加わったりするため、新人さんから見ると、向こうの区は経験者なのに応援もらってる、ズルイという勘違いが起こる。実際はそれはないと言えます。単純にあなたが力不足なだけです。ちょっと冷たい言い方ですけど。
「家を間違えた誤配だったら、木下さんが解決してくださいよ。山口くんに押し付けないこと。昔住んでた方の郵便を組み込んでいたら、それ相応の聴取はしますから」
”組立応援”をしてもらうと、当然ながら、配達する人間はその”区分口”の中にある”配達原簿”を見る事はないんです。その時点で配達の道順は全て、組まれた郵便物でしか情報を得られません。ですから、ここで道順を間違えてると混乱するのは当然であり、誤った郵便物を組み込んでいたら、処理を誤るというのも必然です。もちろん、”組立応援”をする人がワザとやっているわけではないですし、ポストに入れたという時点で、担当した人間の責任であります。
ですので、ここで大事なのは。自分が配達するエリアは、早い内に自分1人で全部を”組立”してください。ということです。
「わ、分かってます!それくらい大丈夫です!!」
この仕事が遅い人ほど、苦手としているのが”道順組立”です。
なんで遅いかの原因としては、これから自分が”組立”する”区分口”の情報をまだ覚えきれていないのが占めると思います。これは”道順組立”だけでなく、”区分”作業の効率にも直結する話です。要は記憶不足と経験不足です。
それをなるべく早く覚えさせるために、矢木が指導するような、自分1人で”道順組立”をしろ、という指導法があるのです。”全組”とか言ってますね。『全部、組立しろ』の訳。
このやり方はとても大変ではありますが、これから任される担当者からしたら有益な事もあります。
「木下さんは4コマお願いしますよ。私がマンションをやるんで」
「へーい。危ないのは、俺も避けてやるよ」
1つは”一部転居”の有無です。別の誰かに”道順組立”をしてもらうと、配達担当者は表札を見て、その世帯の有無を確認できるのに対し、組立担当者は原簿の情報をしっかりと把握できるのが違います。
この違いは”書留”や”ゆうパック”などの居住確認時に対応が変わります。
簡単に言えば、『ここは表札が出てるから居住してるだろー』
ブロロロロロ
「ったく、コキ使ってくれるねぇ~」
そんな気持ち、そんな手抜きが起こります。これは仕方ないです。
実際に”道順組立”をしていると、その家のポストの位置や形などを思い浮かべる事も珍しくありません。誰かに”道順組立”をしてもらい続けていると、その油断から来る致命的なミスは出ます。
「!……あーっ……」
他人が組立をした郵便物を配る際。
これは自らも含めて言える事ですが、全力で信用しない事です。
木下は今、ある一軒家の前で少し立ち尽くして郵便物を見ているのは、……99%大丈夫だと分かっているけれども。
「一部転があったなぁ~……杏子か、弥生だったか……」
転居者までは把握しないが、一部転居が存在していた家を把握していたから手を止めた。こーいう迷いは、同性同番地のお宅があるのを察知している場合でも、すぐにこーいう行動をする。”道順組立”を自らしてきている事と、長年の経験からだ。
自分が組んだのなら自信を持つ。山口の腕を疑っているわけでもないし、お客様が仮に間違えたところで怒りはしねぇと分かっていても、ミスはミス。
ここの前任が、人のミスに口五月蠅い、矢木であることを踏まえると……。絶対安全な冒険もしない。
持ち戻る。100%でない限りは、配達しない!
ブロロロロロ
一方でマンション配達に向かう、実。全部で7棟分。
ガチャッ
「やりますか」
平地なら木下のように、少しの迷いを生ませる事はできるが……。表札の少ない、アパートやマンションの場合。どうすればいいか?間違って”道順組立”をしてしまうと、そのまま投函してしまうのが、集合住宅というもの。
こっちの方が回避し辛いため、実が自ら担当する。彼もまた、この区を全部の”道順組立”をして、矢木とも情報交換を密に取り合っているから、高い精度で配達ができる。
この時、特徴的な配達をする事にもなるので、そこはまた配達編にするのであるが……。
”道順組立”をしていれば、自ずと透けてくるのが、前の居住者の世帯と、転送や返還処理がされやすい郵便物。これらを元にポストに投函している。
実や木下クラスになると、今住んでいる世帯や人間より、前に住んでいた世帯を覚えている事が比較的多い。これは長いこと班の配達を任されている人間じゃないと起こらない事。
普段から配達や組立に入らないマンションの全世帯を記憶し続けるのは、結構大変である。だが、マンションから抜けていった人間は凄く簡単に覚えられる。50世帯のマンションでも、2,3世帯分のいない人間を記憶するだけだから。最低でもその把握までに1年ぐらいは掛かるが、それ以降はほとんど更新されない。覚えておけば十分なこと。
そして、そーいう郵便物が来る可能性は比較的少ない。
故に実は、非常に慎重で大胆にやる。
カランッ
「……………」
組立された郵便物が間違っていないという信頼。お客様が部屋番号を間違えていないという信頼。
把握している情報以外の郵便物は迷わないで入れる。
恐る恐るやっては良くない事だが、新人に”道順組立”をさせたものを配達するってのは、そんだけベテラン勢が慎重になるということ。
言いたくないのだ。
新人が間違って組立をしたから、誤配しましたなんて。カッコ悪い。




