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エンデラの森の黒き魔女  作者: 暫定とは
幕間四話『晦冥』
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 ハレたちの旅が終わって、ひと月と少しが経った頃。或る雨の夜のファンテーヌ。

 フォルス灯(とう)の明かりが橙色に照らす街並みを、濃紺の撥水パーカに身を包んだ一人の青年が歩いていた。青年はフードを目深(まぶか)に被っており、その表情は伺えない。足取りは重いとも軽いともないが、そこにはほんの少しの迷いがあった。久々に訪れるこの街の地理を、思い出しながら歩を進めている、という具合にだ。

 街はそろそろ本格的に寝静まろうとしていた。辺りにはか細い雨の音と、青年の足音、そして時折、何処かの酒場から聞こえてくる、酒飲みの怒声だけが響いていた。路地を抜けると青年は、街の中心部へと続く大通りを上っていく。王立学園の外れに佇む、学生向けの小さなアパートを、その視線の先に見据えて。


 同時刻、シンの自室。机のランプに火を灯して、シンは一通の手紙を書いていた。

 エンデラの森から戻った後、取り急ぎシンは、改めてその存在が明らかになった第五フォルス――闇のフォルスと、闇の大精霊・プリマギアについての第一報となる論文を拵えて、学院へと提出していた。数日前には関係学問の識者等への会見も行い、シンは直近で、ようやく落ち着いた(とは言えないが、一時期と比較すれば落ち着いた)日常を取り戻したところだった。

 手紙を書き終えると、シンは席を立ち、キッチンでコーヒーを淹れ、コーヒーを飲みながらゆっくりと、手紙に誤字や脱字がないかを確認した。確認が済むと、今度はそれを三つ折りにし、封筒へと収めたり、封筒に切手を貼ったりしながら、この数ヶ月の間、自分自身の身の周りに起こった幾つかの出来事へと、シンは記憶を巡らせた。

 始まりは、彼らとの再会だったとシンは思う。


 思えばあの時も、自分の手紙が事の発端だった。

 四年前の旅を終え、フランク教授の推薦でファンテーヌの王立学院に入学することが決まったシンは、帝都の孤児院を退所してライラット王の下を離れ、この小さなアパートへと引っ越してきた。それからの四年間、怒濤の学生生活を送り、卒業後も元素機構(げんそきこう)の研究室に身を置くことが内定した頃、シンは四年前の旅で出来た親友に宛てて、一通の手紙を出していたのだった。

 四年間、シンは彼らのことを、取り分け彼のことを忘れたことはなかった。その理由は、一年間の旅を経て、彼が自分の人生で初めて親友と呼べるような存在になったから、というだけではない。旅の終わりに彼が立たされた岐路――その岐路の先に彼が進んでいけるように背中を押してしまったことを、シンは旅の終わりから、ずっと後悔していたからだ。

 岐路の先に進んでいけるように背中を押した、と言えば聞こえは良い。実際にあの日、シンは『背中を押してやろう』という意思の下で彼と話し、決闘し、そして敗れた。然し、ジークたちとの最後の戦いが終わり、ドボロを失って大声で泣きじゃくる彼の姿を見てからというもの、シンの中には一つの疑念が湧き起こっていた。あの夜自分がしたことは、そんな聞こえの良いことではないのではないか。あの夜彼が立っていたのは、岐路などではなく、絶望の淵であり、自分はその背中を押すことによって、彼をそこから突き落としてしまったのではないだろうか、という疑念が。

 そんな彼と、シンがもう一度会うのには、少なくはない勇気が必要だった。然し、そこにどれだけの苦痛が伴おうと、自分にはその責任があるのだともシンには思えた。それに加えて、彼には確認しておかなければならないことも、この時のシンにはあった為、なけなしの勇気を振り絞って、シンは手紙を書いた。返事はすぐに返ってきた。その翌月、シンたちは帝都アルバティクスで、久方ぶりに顔を合わせる運びとなった。

「シン! 久しぶりだ!」

 そこに現れた、おとぼけ顔の土の巨人を認識した時、両の目から溢れ出る涙を、シンには堪えることが出来なかった。聞けば丁度、彼がシンの手紙に返信をした数日後に、ドボロはこの世界に再生したのだという。折角だからサプライズにしようということで、シンには敢えて、彼はそれを知らせなかったらしい。

 人目を憚らず泣くシンにハンカチを差し出しながら、年なんじゃないの、と彼は笑った。十七歳になった彼は声変りをしていたが、その笑顔には変わりはなかった。ドボロの隣で、彼が再び笑っているという事実は、シンの胸にはこの上ない安寧を齎した。責任逃れの謝罪はしないとシンは決めていたので、一頻り泣くと笑顔を浮かべて、シンは彼らに礼を告げた。

「ありがとう、こんな俺に、もう一度その顔を見せてくれて」

 らしくないよ、と彼が言うので、「そうだな」とシンは誤魔化すように笑ってみせた。

 それからシンは、彼とルチカ、バーンズと、お互いのアーツをも交えて、合計四日間このアルバティクスに滞在し、観光がてら久方ぶりの再会を祝って過ごした。

 一日目の夜、シンが彼に確認しなければならなかったこと――四年前の戦いの最後、ジークフリードが息絶えるところを、確かにその目で確認したかどうかを尋ねると、彼は記憶を遡る様子もなく、すんなりと首を縦に振るった。確実に死んでいたし、白骨化して粉塵と化し、風に舞って飛んでいくのすら見送ったとも、彼は言った。

 その言葉を聞いた時、そういえば、とシンは思った。よくよく考えてみれば、当時ハウルの肉体を前にしていたシンは、それと全く同じ現象を自身の目でも観測していたのだった。あの現象が示すのは、ジークが死んだことにより、ジークとセレーネの契約や、ジークとリュンヌの繋がりが切れ、彼らが使役する刻(とき)のフォルスによって若い頃の姿を保っていたジーク本人や、ハウルらその支持者たちの肉体が、刻(とき)のフォルスによる時間の巻き戻しから解放された(そして本来の姿へと戻った)という事実に他ならない。彼に聞くまでもなく、その情報は自分の中にあったではないか、とシンは省みた。然しそれだけでは、シンの不安の全てが払拭されるということはなかった。

 四年前のあの日、ジークは確かに死んでいる。ではこの胸騒ぎは何か。夜明けの月光の背後に見え隠れする、強大な力の正体は何なのか。自分はそこに、何か重大な見落としをしているのではないか――忌むべき虫の知らせを抱えたまま、シンは彼らと別れてファンテーヌへと帰り、再び研究者としての生活に戻ることとなる。


 そんなシンの下へ閃光のように現れたのは、ミドと同じ顔をした少年と、その仲間たちだった。ハレとトーマ、カレントと、そしてノアの四人組だ。彼らとの出会いもまた運命的であったとシンは振り返る。

 エンデラの森に入る為に必要となる、二つの装飾品の捜索に彼らを送り出すと、シンはその間(かん)、森の所在地に関する情報を単身探し回ることとなった。が、何せ地図にも載っておらず、『存在しない』という噂まで蔓延る森を探そうというのだから、当然調査は難航した。一つ目の装飾品、アビスシルクを手に入れてファンテーヌへと戻ったハレたちを、続いてカオスライトの捜索に向かわせたところで、手探りの調査にもいよいよ限界を感じ始めたシンは、出来ることなら使いたくなかった最後の手段にも、止む無く手を伸ばすこととなる。

 シンにとっての最後の手段――それは、このアシリアのありとあらゆる地理と歴史を知り尽くした〝或る人物〟の、知恵と知識を借りることだった。その人物は、日頃から極めて多忙な生活を送らざるを得ない、特殊な地位に身を置いている。その多忙さと地位こそが、彼を頼ることをシンに躊躇わせる主な要因だった。が、最早手段を選んでいる場合ではないと判断したシンは、彼には多大なる心苦しさを感じつつも、彼の暮らす帝都へと鳩を飛ばした。返事は一週間ほどで返ってきた。指定された日付はシンの想定よりも随分と近かったので、返事を読むなり、シンは慌てて身辺を整理し、準備を整え、再び帝都アルバティクスへと赴いた。約束の時間に、その人物は少し遅れてやってきた。

「シン」

 王城前の噴水広場に姿を現すと、連れ添いの兵士に「下がってよい」と告げるなり、その老体は改めて、シンへと柔らかな笑みを見せた。仏頂面のまま、シンは深々と頭を下げる。シンはこの日、普段の武道着とも白衣とも違う、アルバティクス式の正装である、タキシード風の燕尾服に身を包んでいた。

 頭を上げると、シンは改めて、彼の姿を視界に収める。シンにとって最後の切り札であると同時に、シンの育ての親とも言えるその人物は、他でもない――、

「ご無沙汰しております、陛下」

 このフォックシャル帝国を統べる現国王、ライラット王だった。

 シンの出で立ちを確認するなり、困ったような笑みを浮かべて、「久方ぶりの再会とはいえ、そんな堅苦しい格好をせずともよい」とライラットは言った。「私は今も、お前を本当の孫のように思っているのだからな」

 「ありがとうございます」とシンは微笑んで答える。「相も変わらず若輩者ですが、せめて格好だけでも、成長した姿を陛下にお見せ出来ればと思いまして」

 眉間に皺(しわ)を寄せながら、「そういう小賢しい算段をするところが若輩者だというんだ、お前は」と溜め息交じりにライラットが言うと、「すみません」とシンは笑い返した。にこやかな笑みを再び浮かべて、ライラットは続ける。

「まあ、それはそれとして嬉しいよ。こうして久しぶりにお前に会えたことも、そのような姿を見せてくれたこともな」

 立ち話もなんだからと言って、ライラットはシンを、王城の自室へと招き入れた。そこでシンは、ライラットからの質問に答える形で、近況報告がてら、自身が今ファンテーヌで行っている研究などについての話をした。話が或る程度の落ち着きを見せたところで、本題はライラットのほうから切り出された。予め、シンは今回の訪問の主目的を、手紙でライラットに伝えてあったのだ。

「して、エンデラの森とオラシオンについてだったな」

「はい」

 結論から言うとシンはここで、エンデラの森とオラシオンの具体的な所在地を、ライラットの口から聞くこととなる。今となっては伝説と言っても過言ではない、このアシリアに眠る闇の歴史の一つだと、危険物でも取り扱うような面持ちでライラットは言った。それから、このフォックシャル帝国に於いては、本来であれば一部の王室関係者しか知り得ない機密情報なので、無用な漏洩には十分に留意するように、とも。

 話を終えると、緊張が解(と)けたようにほう、と息を吹き洩らしてから、再び険しい表情を浮かべて、ライラットはシンへと問うた。

「然し何故、今またエンデラの森などと。あまり聞きたくはないが、シン。……何かあったのか?」

 その質問に、どの程度の領域から回答をするのが適当か、シンは黙りこくって考えた。何せ問題は、もう一つの宇宙のように複雑化してしまっているのだ。数秒間に渡る黙考の末、敢えて今、ライラットに全てを説明する必要はないと判断すると、「俺にもまだ分からないんです」とシンは首を振るって答えた。「――ただ」と神妙な表情を浮かべると、シンは続ける。

「悪しき者共が、力を強めているような兆候はあります。近いうちに、また陛下のお力添えを頂く時が来るかも知れません」

 「それは構わないがな」とライラットは頷いて答える。「お前には、自分一人では背負い切れないようなことまで背負ってしまおうとする傾向がある。そして奇しくも、これまでお前はそれを背負えてしまってきた。お前の能力と、その時々の運がそのような結果を齎したと言っていいだろう。だがそれがいつまでも続くとは思うな。頼るべき時に頼れる仲間が、今のお前にはいるはずだ。彼らや私を、お前が必要とする時にはいつでも頼ればいい。家族や仲間とは助け合うものだ。それを分かっているな」

 「ええ」とシン。「分かっていますし、今も十分に助けられています。陛下にも、多くの仲間たちにも」

 疑念を込めた視線でシンの瞳を見つめ、然しその言葉に嘘がないことを確かめると、ライラットは嬉しそうに頷いた。

 それから二人はこの部屋で、テーブルを挟んだチェアに腰掛け、紅茶を飲みながら暫し談笑した。直接的な表現は避けた上で、自分たちの戦いはまだ終わっていなかったのかも知れない、という旨を、シンはそれとなくライラットに伝えた。王に余計な心配をかけることのないように、然し或る程度の心の準備を、彼にもしておいてもらう為に。一時間ほど喋ったところで、ライラットが次の執務に向かうというので、シンは荷物をまとめて席を立った。

 「まだしばらくは、お前も腰を落ち着けられない日々が続きそうだな」扉の前までシンを見送りながら、ライラットは難しい表情をしてそう言った。

「どうでしょう。すべてが俺の杞憂に終わってくれれば、それに越したことはないんですが」

 ゆっくりと一つ頷いてから、ライラットは部屋の壁を見上げる。その視線の先を、シンは自身の目でも追いかけた。煌びやかな額に収められた一枚の絵画が、その壁面には掛けられていた。シンも幼い頃から絵本などで見てきた、アシリアでは有名な或るシンボルを描いた、それは抽象的な絵画だった。絵画へと真っ直ぐな視線を向けたまま、ライラットは言う。

「お前たちの働きには、あの朱鐡(あけがね)の星を――アステラ・エリュトロスを見るようだよ」

 暗い青を背景としたその絵には、闇夜を照らす六つの星が描かれている。規則正しく並べられた星々は、糸のように細く白い線で星座のように結ばれており、それ自体が六芒星のような形を持ってもいた。『運命に抗う星』――それが、この絵画に付けられたタイトルだった。

「大いなる闇からアシリアを救ったという六人の賢者、ですか。流石に買い被りすぎですよ」

 「今はまだな」とライラットが笑うと、「まだ俺たちを働かせるおつもりですか?」とシンは冗談めかして言った。

 『アステラ・エリュトロス』は、アシリア創世の神話に登場する六人の賢者――六賢人の活躍を描いた物語だった。別名『朱鐡の星』とも呼ばれ、いずれも六賢人自体を指して使われる言葉でもある。

 賢人の正体は語り手によって、人であったり神であったり、はたまた精霊であったりと様々だが、物語としてはそのどれもが『豊かな知恵を持った六人の賢者が、人の世に知識と道徳を与え導き、その後襲い来る未曽有の災厄から人々を守った』という大筋を共通して持っている。災厄と相打ちに六賢人は散ったとも、災厄を打ち滅ぼし、その後も人々と共に歩んだとも言われるが、いずれの場合もその結びには、『運命の朱(あか)き星となり、今日(こんにち)も人の世を見守っている』という言葉が綴られる。この朱き星こそが、ライラットの部屋に飾られる抽象画のモチーフになっている、六芒星のようなシンボルそのものというわけなのだ。


 時は再び現代に戻る。コーヒーを飲み終えると、シンは封筒に封をして、再びペンを手に取った。封筒の裏面に自分の名前と、表面には宛先と宛名を、シンはさらさらと書き連ねる。宛先には、アルバティクスのバルド教修道院内孤児院の住所地を。そして宛名には――。

(『ハレ』……、と)

 宛名を書き終えると、シンはペンを置いて席を立った。ポンチョを羽織って玄関を出ると、雨の降り注ぐアパートの屋上へと、シンは外階段を伝って上っていく。

 雨に含まれる水のフォルスの影響を受けて、街を照らすフォルス灯は全体の半分ほどが消えてしまっていた。『ガラス球の中に構築された元素機構が、空気中に存在する火のフォルスを顕現することによって、灯りとして光を放つ』というのがフォルス灯の基本的な仕組みなのだが、空気中から或る属性のフォルスだけを抽出する技術には限界があり、今夜のような雨の夜には、その影響が顕著に表れてしまうのは、フォルス灯が抱える問題点の一つでもあった。

 フォルス灯の元素機構に組み込まれている計算術式を、シンは頭の中に書き出してみる。現在の技術をベースとして考えるのなら、そこに改良の余地と呼べるようなものはない。然し、シンはそれを諦めることはしなかった。技術は常に進化する。そしてそれらはいつの時代も、何もない(ように見える)ところから生み出されてきた。ジークフリードが精霊を模してアーツを造った遥かな古代から、現在も、これから先の未来に於いても。

 階段を上り切って屋上に出ると、手すりに身を預けて街を見下ろしながら、シンはまた一つの記憶を遡った。ハレたちと共に赴いた、ネルビアンコの隠れ里・オラシオンで、夜明けの月光の構成員モナトと戦った時の記憶だ。

 ジークは確かに死んでいると頭では理解出来ていても、心の何処かに引っ掛かりを感じ続けていたシンはあの時、有り得ないだろうとは思いつつも、半分鎌をかけるような気持ちで、「お前たちが『あのお方』と慕う人物の名はジークフリードか」という質問を、モナトへと投げかけた。素直に答えてはもらえないだろうと思いながらの問いではあったが、モナトの回答は『ノー』だった。彼の言葉を、シンは思い出す。

「ジークフリード? 誰だい、そいつは。今ここで、僕の口からそれを言うことは出来ないけど、少なくともそんな名前ではないよ」

 シンは考える。あのモナトという男、飄々(ひょうひょう)とした性格ではあったが、あの時の口ぶりは出まかせを言っているという風ではなかった。どちらかというと、こちらが余りにも的外れなことを言ったものだから、思わず調子を狂わされて素直にノーと言ってしまった、という具合にシンには見えた。であればやはり、少なくともジークとの戦いは、四年前のあの日に完全に決着していると考えていいのだろう。然しそうなると、最早夜明けの月光の裏で手を引く人物が誰なのか、いよいよシンには見当が付かなかった。月の名を冠しているのは、単なる偶然なのか、それとも――。

 シンが考えに耽っていると、背後から自身を呼ぶ男の声が、突としてシンの耳には届いた。

「――シンさん」

 ハッとして我に返りながら、シンは後ろを振り返る。濃紺の撥水パーカに身を包んだ、一人の青年の姿がそこにはあった。「すみません、少し待たせましたか」

 パーカのフードを目深に被っており、青年の顔付きは明らかではない。青年の問いに、「いや」と首を振るってシンは答える。「定刻通りだ。流石だな」

 腰のポーチに括り付けられた巻取り時計を引っ張って、現在の時刻を確認すると、青年はシンへと頷きながら言った。「曲がりなりにも、今や組織に属する人間ですから」

 皮肉めいた青年の物言いに、シンは頷く代わりに、片方の口角だけで微笑みを浮かべる。

 「今日はいつものローブではないのだな」とシンが言うと、パーカに付いた水滴を払い除けながら、青年は返した。

「表立った活動が増えた分、あれも悪い意味で、人目を引くようになったので」

 「そうか」とシンが頷くと、青年もまたシンへと頷き返しながら、青いグローブを嵌めた両の手で、彼はパーカのフードを脱いだ。

 分厚い雨雲が、一帯の夜空を冥(くら)く覆って、太陽も月も完全に蚊帳の外だった。今この逢瀬を知る者は、当人たちを除いて他にはいない。シンが手すりへと向き直り、再びそこに身体を預けると、青年もその左隣で同じようにした。

 「それじゃあ――」とシンは青年へ、語り手を委ねるように左手を差し伸べる。

 すべては、運命に抗い、その歯車を狂わせる為。盤上で足掻く小さな駒を、遥かなる高みから臨む謎めいた存在に、一矢を報いてみせる為。晦(つごもり)の夜を越えて、守るべき互いの親友と共に、目覚めの朝を迎える為に。

「――報告を聞こうか」

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