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時は遡り、ハレたちがプリマギアを目覚めさせたのと同じ頃。
この惑星アシリアの何処かに存在する人の郷で、古き祭壇に祀られる一頭の精霊が、同じく目覚めの時を迎えていた。象牙色の光を放ちながら目覚めたのは、プリマギアと対を為す、六番目の大精霊である。然し、人々が祭壇に繁く祈りを捧げていたのも今は昔、名前は愚かその存在すら、精霊は人々の記憶から忘れ去られていた。
烈火の如く立ち上る光芒を、その意味も知らぬまま、郷の人々はこの時、ただ立ち尽くし、茫然と見つめるのみであった。
時は移り、旅の終わりから一ヶ月強が経った頃。アルバティクスのバルド教修道院内孤児院。
トーマを失った悲しみから立ち直り、元気を取り戻しつつあったハレは、空いた時間や授業のない休日を利用して、勉学や、次なる旅立ちに向けて、バロンと二人での修練に励んでいた(ノアとプリマギアも時折そこに加わった)。
孤児院での規則正しい生活に身を置くことにより、肉体と精神の正しい健康をも取り戻していたハレはこのごろ、『次は如何なるタイミングで、何処を目指して旅立とうか』ということを、ぼんやりと考え始めてもいた。そんな或る日、バロンとの修練の休憩中。
「じゃあさ、こういうのはどうよ。敵が右から攻めてくるパターンな。俺がこっちからこう受けるだろ、そしたらバロンには、相手の足元をこう崩してもらって、俺はそこに生まれた隙をすかさず突く。しぶとい奴は一発じゃくたばってくれねえだろうから、その場合はバロンに後ろから追撃してもらう。どうだ?」
「イいと思ウ。バロン、うゴきまわラなくてスむの、タすかる」
二人はこの時、ハレが主体となってノートに鉛筆で図を描きながら、戦闘のイメージトレーニングを行っていた。ベンチに座ったハレは、水筒の水をぐい、と飲み干すと、首から提げたタオルで額の汗を拭いながら、「そうだろ?」と目の前に立つバロンに笑いかけた。
ハレの言葉へと頷きながら、バロンが右の手の平を開いて見せると、「イェーイ」とハレはそこにハイタッチをした。
晴れ渡った空の下、柔らかな午後の風に吹かれながら、そんな休日の昼下がりを謳歌するハレたちの下へ――、
「ハレさーん!」
孤児院の玄関の方面から、慌てた様子で走ってきたのはノアだった。その手には何やら一通の手紙を、彼女は大事そうに持っている。ハレたちの前で立ち止まり、膝に手を付いて息を切らすノアへ、ハレは心配そうに声を掛ける。
「大丈夫かよ、ノア。体調良くなったって言ったって、まだそんなに経ってねえんだ。無理は禁物だぜ」
「は、はい。すみません。でも……」数度の深呼吸で息を整えると、手に持った手紙をハレへと差し出して見せながら、ノアは続けた。
「一秒でも早く、これをハレさんにお届けしたくて!」
ノアの手から手紙を受け取ると、ハレは物珍し気な表情をして、その宛名面をじっと見つめた。
孤児院の住所と、ハレの名前がそこには書いてある。が、この孤児院で暮らす上で、自分宛ての手紙をもらう機会というのはそう多くはない。思い出せる限りでもこの数年間に、そんなものをもらった記憶はハレにはなかった。その為ハレは、そこに自分の名前が書いてあるにも関わらず、それが自分宛ての手紙であるということを、すぐには理解出来なかったのだ。
数秒考えてそれを理解すると、「おお!」と感嘆の声を上げて驚きながら、ハレはノアへと視線をやった。そして続けざまに首を傾げる。『それは分かったが、何をそんなに急いでいるのか』という具合にだ。
わなわなともどかしそうに待っていたノアは、ハレに視線を向けられるなり、手紙を裏返すジェスチャーをしながら、「う、裏面です!」と言葉を詰まらせつつも言った。ハレが手紙を裏返すと、その或る一点をすかさず正確に指さして、ノアは続ける。
「ほらここ! シンさんからですよ!」
ノアが指さす文字列へ、ハレは視線を凝らしてみる。そこには美しいアシリア文字で、『シンより』と確かに書いてあった。間の抜けた顔付きから一転、唾を飲みながら冷静な表情を浮かべると、ハレは素早い手つきで、然し中身を損傷することのないよう慎重に、封筒をの上部を破り開けた。三枚ほどの便箋が、そこには綺麗に折り畳まれて入っている。便箋を取り出すと、勢いよくそれを開くなり、ハレはそこに認められた内容を斜め読みした。ハレの後ろから、バロンとノアもが顔を覗かせて、ハレと共に手紙の内容に目を通す。要点を掻い摘んで読み終えると、ハレは堪らず、片方の口角だけで悪戯っぽい笑みを浮かべながら、二人と顔を見合わせた。
「――モチロン行くよな! 二人とも!」
所は移り、風の音だけが渡る中央アンモス平野。
ハレたちよりも一足早く、シンからの連絡を受けて故郷を再び旅立った、一人の青年と、そのアーツの姿がそこにはあった。
青年の瞳は宙の碧さを宿し、クリーム色の頭髪は、大地に芽吹く稲の輝きを想起させた。太陽を模した金の刺繍の施された葡萄色のケープを、青年はその身に纏わせてもいる。
小高い丘の上までやってくると、緩んだ靴紐を結び直すべく、青年はその場にしゃがみ込んだ。青年の後ろから、土色の体色でずんぐりむっくりとした体型のアーツ――ドボロが追い付いてくる。青年の左隣で立ち止まりながら、ドボロは青年へと声を掛けた。
「大丈夫だか? リリ」
「うん。これでよし、と」
靴紐を結び終えると、青年――リリは立ち上がりながら、目の前に広がる平原を見渡した。
追い風が吹いている。リリが身に纏う葡萄色のケープは、ドボロの緋色のマントと共に、風に煽られると微かな音を立ててはためいた。まるで新たなる旅路へと、二人の足取りを優しく急かすかのように。
「行こうか、ドボロ」
「ンだ、リリ」
世界は、何処までも広がっている。




