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エンデラの森の黒き魔女  作者: 暫定とは
六章『終末』
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「いつまた夜明けの月光が戻ってくるか分からない。先生には、ここを頼みたい」

 ハレからその相談を持ち掛けられた時、シンは大層思い悩んだ。

 ハレの提案は的外れではなかったが、エンデラの森で待ち受けているであろう夜明けの月光の主導者、アーロンの手強さを考えると、素直に頷くことは出来なかったのだ。

 シンは元々、アーロンと戦う時が来るならば、その時は自分も力を貸すつもりでいた。シンにとって初めてとなった夜明けの月光の構成員――先だってのモナトとの戦闘からも、シンはまずまずの手応えを感じていたし、そのリーダーであるアーロンが、モナトをも上回る実力の持ち主だとするならば、ハレとバロンだけで相手をするのは難しいだろうとも、シンは考えていたのだ。自分かリリ、或いは全盛期の(右腕を動かせた頃の)バーンズクラスの実力者が助太刀に入らねば、アーロンと渡り合い、ハレの目的を達成するのは困難だろう、と。

 然し、それをそのまま口にすれば、少なからずハレのプライドを傷つけることになるのは明白だった。一方で、実際に自分がここを離れ、ハレたちに同行してエンデラの森に向かったとして、その間(かん)にこの村が夜明けの月光に攻め入られるようなことがあれば、今度こそこの村はその存在ごとを消し去られても、なんらおかしなことはなかった。

 初めて会った時から、ドボロとの邂逅(かいこう)、バロンとの出会い、トーマとの離別と様々な局面を越え、時を重ねるごとにハレはその実力を伸ばしつつある。ハレとバロンの二人だけで、アーロンに太刀打ち出来る可能性はまったくないというわけではない。多分いま、自分はその背中を押してやるべきなのだ――。そう考えたシンは、ハレの提案を受け入れることにした。

「分かった。ただ、これだけは約束してくれ。無理や深追いはしないこと。ノアと自分の命だけは、何があっても守り抜くんだ。絶対に死ぬな」

 シンの目は真剣そのものだった。それが彼の切実な願いなのだということを知ると、同じく真剣な瞳をシンへと向けて、ハレは頷いた。「ああ。分かったよ」

 出発の朝、シンはハレにもう一度同じことを言った。それからバロンに対し、やはり真剣な眼差しと口調で「二人を頼む」とも。しゃくれた顎で大きく頷くと、「バロン、ハレとノア、まモる」とバロンは答えた。

 オラシオン北側の崖の下まで、シンは風のフォルスで作り出したボードで送ってくれた。崖の下までやってくると、ハレたちの眼前にはただ、広大な荒れ野だけが何処までも続いていた。

 グィオン荒野。グィオンとは古い言葉で『この世の果て』という意味を持つ。古の時代、放浪を経てこの地に辿り着いた旅人が、この不毛の大地を見てそう呼んだという逸話があるのだと、昨晩ノルダは教えてくれた。

「それじゃ、本当に気を付けて」

 そう言ったシンへと頷き返しながら、ハレとノア、そしてバロンの三人は〝飛天(フェイティエン)〟を起動した。足首に装着したリングから風のフォルスが放出され、ハレたち三人の身体はふわりと宙に浮かび上がる。三人はともにその首から、デュランに制作してもらったカオスライトのペンダントを提げ、その身にはノアが道中拵えたアビスシルクのマントを纏わせてもいた。

「先生も、オラシオンをよろしく」

 「よろしくお願いします」とノアは頭を下げる。「ああ」とシンは頷き返す。

 「事が済んだらここへ戻ってくること。帰りが余りにも遅ければ迎えに行くが、頼むからそんなことはさせないでくれ。……分かっているな」と、シンは釘を刺すように言った。

 帰りが余りにも遅くなる状況とはつまり、ハレたちがアーロンに敗れ、目的を達成出来なかった場合、ということになる。そしてこの場合の『迎えに行く』という語が示すのは、従来の使われ方に於いて当然であるが故に割愛されている『生きた人間を』という前書きからは外れる、特殊なシチュエーションになってくる。

 「分かってるよ」とハレは頷いて言う。「アーロンにやられるつもりもなければ、俺にはまだまだやらなきゃならねーこともある。俺は先生を信じてオラシオンを頼んだ。先生も、俺を信じていてくれよな」

「勿論だ」

 今一度シンに別れを告げると、三人は土の地を蹴って、グィオン荒野へと滑り出した。地平線の彼方に燃ゆる終末の火――エンデラの森を、その視線の先に見据えて。


 「〝飛天(フェイティエン)〟を使えば三、四時間ほどで着くはずだ」と昨晩シンは言っていた。ようやくだ、とハレは思う。ようやくこの地に辿り着いた。アーロンを探す為に始まった旅。その目的はここに辿り着くまでの過程で、幾度となく姿を変えてきた。

 ノアに出会うとこの旅は、ノアを助ける旅になった。アーロンの現在を知ってからは、アーロンに悪事をやめさせる旅にもなった。トーマの爪のことを知り、トーマに裏切られると、トーマを連れ戻す旅になった。いつしか目的は旅を越え、人生そのものになっていたと、ハレは今になって思う。ノアやアーロンの過去、そして世界に蔓延る差別や迫害の実情を知ると、これは世界を変える旅になった。ここは多分、その一つ目の通過点なのだとハレは思う。旅立ちからここまでの道のりへと、ハレは思いを馳せる。

 朝靄(あさもや)に包まれる午前四時の孤児院から、トーマとカレントと共に脱走した日、まさかこんな旅になるなどと、ハレは夢にも思っていなかった。双剣(そうけん)を購入した武具商から、白いローブの連中に気をつけろと言われた時もそうだ。白いローブの連中と実際に遭遇することは愚か、こうして因縁に導かれ、相見(あいまみ)えることになるなどと、ハレは考えもしなかった。始まりは今よりずっとシンプルだったとハレは思う。ただアーロンの行方を追って、そのヒントを知る可能性のある人物――アーロンを孤児院へ運び込んだシンなる男に話を聞くため、自分たちはファンテーヌを目指して旅立ったのだ。

 宿泊施設として利用したバルド教の修道院で、ユニとフラムに襲われるノアを助けたのが、思えばこの旅の第二の出発点だった。ユニたちから逃げ延びるべく飛び込んだガルダバム川。その激流に揉まれながら辿り着いたロロキア旧水脈で、自分はトーマの口から、黒き爪を持つ一族と、その巫女、そして彼らが受けてきた謂れなき差別の歴史を知ることとなる。許せないと思った。そして、ノアを守らなければならないと。カミナという雌の馬と旅をしていたのだとノアは言っていた。また、岩場でバランスを崩した際、落馬したノアに気付かずにカミナは走り去ってしまったということも。

 ノアを仲間に引き入れて辿り着いたファンテーヌでは、シンとクーラン、そしてドボロと出会うことが出来た。アーロンの行方は分からないが、ノアの役には立てるかも知れないとシンは言った。ここでもハレは幾つかの新しい情報を手に入れることとなる。ノアの出自がノアの口から明らかにされたのもこの時だ。彼女が巫女の末裔(まつえい)であること、また、祖母と共に暮らしていた家を夜明けの月光に焼かれ、以来祖母の遺言を頼りに、エンデラの森なる場所を探して旅をしているということも。そしてシンからは、エンデラの森を目指すのなら、プリマギアの目を欺いて森へ入る為の、二つの装飾品――アビスシルクとカオスライトを手に入れるべきだということも教えてもらった。夜明けの月光に対抗する為、シンからドボロと新型フォルスチェインを借り受け、ハレたちはファンテーヌを後にした。

 ドボロとの〝共鳴(チェイン)〟は難航した。自分を吹き飛ばしてアーロンを連れ去った(と思い込んでいた)アーツに対し、ハレは強いトラウマを抱いていたからだ。トラウマを乗り越えさせてくれたのは、皮肉にも夜明けの月光の刺客・モナトによる急襲だった。戦いの最中(さなか)、窮地をドボロに助けられたことで、ハレの中には彼への、延いてはアーツ全般への信頼が、ようやく生まれたのだった。

 やがて辿り着いた港町スチルバティクスでは、ノアの口から新たな事実が語られることとなった。ノアが家を焼かれた際、二人組で来ていた夜明けの月光のメンバーの一人が、もう一方のメンバーに対して「アーロン」と呼び掛けていたのだとノアは言った。ハレの旅路が当初の想定から大きく崩れ始めたのは、この辺りからだった。

 スチルバティクスから船に乗ったハレたちは、アビスシルクを求めて、ヒマロス大陸は海の玄関口・繁華の港町リヴィールを訪れた。シンやドボロの友人というルチカとそのアーツ・ラメールと出会ったのはこの街だ。ルチカの師匠のクリスはインパクトの強い女性だったとハレは思い出す。クリスの助言でハレたちは、商人ギルドの街・流通(りゅうつう)要塞(ようさい)マドラインのピエトロを尋ねることとなる。

 珊瑚の死骸で出来た摩訶不思議な地形・メーディウム珊瑚廊(さんごろう)を抜け、辿り着いたマドラインでピエトロのことを教えてくれたのは、ヨークという気の良い青年だった。流通に出ているというピエトロの帰りを、しばらくの間マドラインに滞在して待っていたところ、またしても夜明けの月光が現れた。然し今度の狙いはノアではなく、不思議なことにハレたちと同じく、アビスシルクだった。この時この場所で、ハレは悲願であったアーロンとの再会を果たすこととなる。が、アーロンは変わり果てていた。マドラインの本部を襲い、アビスシルクを盗み出したアーロンとハレたちは戦い、彼が白き爪を持つネルビアンコの一族であることと、ネルビアンコに対する迫害の歴史と共に、彼が孤児院から連れ去られたのではなく自ら立ち去ったことと、今では夜明けの月光のリーダーとなっていることを知る。そして、孤児院時代のトーマとアーロンに、少なくはない繋がりがあったということも。なんとかアビスシルクの一部は取り返したものの、「エンデラの森で会おう」などとアーロンが言い残したこともあり、ハレの行く手には暗雲が立ち込めることとなった。

 自身もがアーロンと同じネルビアンコであることを、トーマはこの時打ち明けてくれた。アーロンが孤児院を去る前には、「一緒に行かないか」と勧誘を受けていたことや、アーロンの行方を確かめるべくハレに旅立ちをけしかけたが、今ではハレを無二の友人と思っており、ハレと共にアーロンを止めたいと考えている、ということも。彼の言葉が嬉しかったことを、ハレは今でも思い出す。ルチカたちとはここで別れ、ハレたちはシンのいるファンテーヌへと戻ることとなる。ルチカたちとの別れ際、ノアは涙を流していた。

 再び訪れたファンテーヌでは、カオスライトについての調査を行ってくれていたシンから、ハレたちはその手がかりを聞くこととなる。また、ドボロはここに置いていき、ハレ自身と波長の合う土のアーツであるバロンを目覚めさせ、以降の旅に連れて行ってほしい、ということも。喫茶店のテーブルを破壊して目覚めたバロンとの出会いは衝撃的だった。バロンの言葉で言うところの『ワープ沼』を再現することの出来る『セカンドフォルスチェイン』の再生をシンへと依頼し、ハレたちは続いてカオスライトを目指し、クラスィア大陸の鉱山の街・ルドニークへと向かった。

 ルドニークで合流したのは、ルチカと同じくシンたちの仲間で、ドボロの本当のパートナー・リリの実父のバーンズと、そのアーツのヘルズだった。ルドニークの鉱山長であるジャンヌから、クラスィア大陸に張り巡らされる『地脈(ちみゃく)』なるエネルギーの流れについてと、その収束地点のあるナボネブラという集落の話をハレたちは教えられる。ナボネブラを治める弟のデュランなら、カオスライトについて何か知っているかも知れないというジャンヌからの助言を受け、ハレたちはクラスィア大陸の北側を目指してルドニークを発った。

 広大なアレーナ砂漠を越え、干潟の上に形成されたマングローブ・ネブラ湿地林(しっちりん)を抜け、辿り着いた水上の集落ナボネブラは、轟音と地響きに晒される奇妙な集落だった。ジャンヌの弟で集落長のデュランは、豪快な性格の、然し一筋縄ではいかない大男だった。デュランの娘のチコと共に、採掘作業に励むこと一ヶ月、一向にカオスライトを掘り当てられないハレたちだったが、ある日夕食を共にしたデュランから、地響きを起こしている張本人と、カオスライトの発生源は共に、クルトゥーラという強大な魔物であることを告げられる。

 翌朝、トーマに叩き起こされたハレは、霧の中に紙飛行機を放つトーマから、不可解な言葉を投げかけられる。「どうしたら世界を変えられると思うか」。旅が終わったらギルドを運営して、少しずつでも人々の意識を変えていきたいのだという話をハレがすると、「ハレを信じている」とトーマは言った。

 昼過ぎにクルトゥーラを撃退し、カオスライトを手に入れたハレたちの前から、トーマは姿を消した。モナトと共にナボネブラを去っていくトーマの姿を、ハレは悔しさに駆られながら見送った。「俺をここまで連れてきてくれてありがとう」――去り際、トーマはハレにそう言った。

 落ち込むハレに勇気を与えて奮い立たせたのは、バロンの存在と、そしてノアの言葉だった。「私はもう一人でも歩くことが出来る。あなたがいつでも前に立って、この世界の歩き方を教えてくれたから」ノアはそう言った。そして、自分は一人でエンデラの森を探す、ハレには自分のことなど忘れていいから、何処かの街で休むように、と。彼女を守りたい、それを諦めることは出来ない。友の裏切りに消えかかった、そんなハレの心の灯火を、ノアの言葉は再び燃え上がらせたのだった。

 三度(みたび)ファンテーヌへと戻ったハレたちを、シンは次なる道標(どうひょう)と、新たなる技術と共に迎えた。エンデラの森の所在地を、彼は特定してくれていたのだ。〝共鳴武装(チェインアーマー)・飛天(フェイティエン)〟なる発明品を開発し、ハレたちの為に準備してくれてもいた。そして、エンデラの森への旅路には、シンとクーランもが同行してくれることとなった。

 パラム大陸へと渡ったハレたちは、シンの勧めによりエンデラの森へ直行はせずに、グランフォール渓谷地帯の山間(さんかん)にあるというネルビアンコの隠れ里・オラシオンへと向かう。やがて辿り着いたオラシオンで、夜明けの月光のモナト、そしてトーマと、ハレたちは対峙することとなった。ギリギリのところでシンに助けられ、どうにか二人を撃退したハレたちは、ネルビアンコの族長・ノルダの口からアーロンの過去を知ることとなる。


 様々な人々の思惑が複雑に絡み合った旅路の中で、単純であったハレの目的もまた複雑化し、また幾つかに分岐してもいた。アーロンを止め、夜明けの月光の活動を停止させること。トーマをこちら側へと連れ戻すこと。アーロンやトーマ、そしてノアのような思いをする者が今後生まれてくることのないよう、差別や迫害の対象となっている人々と、それを支持する人々を集めたギルドを運営し、彼らの社会的地位向上に努め、最終的には世界から差別や迫害を根絶すること、等だ。が、取り分け今回のエンデラの森で、ハレが第一に為すべきことは決まっていた。

 ノアの身体に流れ込み続け、ノアの体調に不良を来たす世界中の人々の負の感情。この流れを変えるべく、第五フォルスを司り、エンデラの森の泉に眠る五番目の大精霊――プリマギアを目覚めさせること。そして終わりなき苦しみと悲しき定めの中から、ノアを救い出すこと。これだった。

 その為にハレは、これまでに二つの大陸を巡り、二つの装飾品を手に入れてきた。そしてそれは、未だ一部思惑の知れないアーロンについても、同様のことが言えた。

 『罪に塗(まみ)れた世界を粛正する』、『痛みを世界に返さなければならない』。様々な言葉でアーロンの野望は語られてきたが、ノルダによればその最終目的とするところは、通常人種の大量虐殺と、通常人種に対する優位性を持つネルビアンコ国家の興隆、ということらしい。その一方で、アーロンら夜明けの月光の現在の活動内容はといえば、執拗にノアを付け狙い、ハレたちと同じくアビスシルクとカオスライトを手に入れる為に世界中を飛び回る、というようなものだった。それらは一見して、夜明けの月光の最終目標と直接的な繋がりを持ってはいない。

 『或るお方に力を借りる為、その方の手足として動いている』――アーロンは自分たちの活動について、そのようにも言っていた。多分、鍵となるのはそこなのだとハレは思う。

 彼らがエンデラの森で為そうとしていること、これは未だ明らかではないが、これまでの活動内容から推察するに、ハレたちと同じく『プリマギアを目覚めさせること』ではないかということが言えた。その先に如何(いか)なる目的があるのかは分からない。ハレに言えることは、もしもアーロンの為そうとしていることが、自分たちと同じくプリマギアの目覚めさせることなのだとしたら、同じくプリマギアを目覚めさせようとして森に入る自分たちと対峙した時、アーロンがどのような動きをしてくるのかは、今のところ全く分からない、ということだけであった。


 (結局――)とハレは思う。アーロンを追い求めて始まった旅は、様々な紆余曲折を経たものの、今再び、アーロンのいるエンデラの森へと向かっている。ただ、旅の始まりに歩いていた道とここが、同じ道というわけではないともハレは思う。

 旅の始め、あれは自分の道だった。何処にいるのか、何をしているのかも分からないアーロンを求めて、無我夢中で旅立った自分だけの道。その一方で、アーロンの現在を知り、過去を知り、今進んでいるこの道は、自分だけの道ではなくなっている。

 これはアーロンの道であり、ノアの道であり、トーマの道であり、自分自身の道でもある。別々だった四人の道が、導かれるべくして導かれ、この地で一つに結ばれようとしているのをハレは感じていた。終末の火の森――終末とは終結であり、また終結とは集結なのかも知れないとハレは思う。

 「互いの使命が因果によって結ばれる場所」。マドラインで出くわした時、アーロンがエンデラの森について、そう形容したことをハレは覚えていた。あの時その意味は分からなかった。アーロンがどのような意味を持たせてその発言をしたのか、ということは、果たして今でも分からない。然し、その言葉は一つの真実ではあると、今ではハレにもそう思えた。

 地平線の彼方に、ハレは緑豊かな森を確かめる。呼吸を整える。思うことは一つ、旅立ちの日と同じ――。

(待ってろよ、アーロン……!)

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