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エンデラの森の黒き魔女  作者: 暫定とは
五章『相克』
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 「作戦の目的は二つ」とシンは言った。「まずはこの集落が、どのような属性を持った場所なのかを確認すること。その上で、俺たちの手足で安全に入手出来る範囲の情報を、可能な限りかき集めること」

 作戦伝達に際して、ハレたちは集落の入り口から幾らか離れた位置に身を潜めていた。松明の明かりをギリギリ確認することが出来、向こうに動きがあれば十分な対応が出来るだけの距離だ。太陽はすっかり沈み切って、森林はしっとりとした宵闇に晒されていた。

 どのような属性を持った場所なのかを確認する。それはつまり、今ハレたちの目の前に存在するオラシオンと思われる集落の中が、夜明けの月光の本拠地であるのか、拠点の一つ又は一時的な拠点であるのか、夜明けの月光とそうでない人々が協力的に暮らす場所なのか、或いは両者が敵対しながら暮らす場所なのか、はたまたそのどれにも当て嵌まらない何かなのか――、それを確かめるということである。

 今現在ハレたちの手元にある情報は、少なくともここには夜明けの月光のメンバーと思しき人物が一人と、夜明けの月光のメンバーであるかどうかが不明の、松明を持った門番のような人物がいるということだけだった。この場所が本当にオラシオンなのか、そしてここに、あと何人の夜明けの月光がいるのかということは、実際に集落の中に入ってみないことには分からない。そこでシンはハレたちに、この暫定オラシオンへの潜入作戦を提案したのだ。

 シンとハレが危惧したのは、ノアの動きやその体調についてだった。が、結果的にはノアの後押しにより、作戦の決行は決まった。

「体調なら大丈夫ですし、丁度これからの時間帯なら、夜の闇に紛れて私の姿はほとんど見えません。逃げ隠れながらの旅をしてきたので、こう見えて気配を消すのは得意なんですよ。それにもう、私の為に皆さんの動きを鈍らせるのは嫌なんです」

 ノアと(いざという時の為に)クーランをここに置いて、ハレとバロンと自分だけで潜入をすることもシンは考えた。然し、もしも集落内で自分たちが捕らえられでもした場合、十分な戦力のない自分たちも、内部の状況を知る術(すべ)のないノアも危険に晒されることになる。それではハレも納得しないだろうと考え、シンはその案を口にすることはしなかった。

「パラム大陸に渡ったそもそもの目的は、知っての通りエンデラの森に赴き、五番目の大精霊である魔女・プリマギアを目覚めさせることだ。オラシオンに立ち寄るのはあくまでもついで。ここでしくじるのは本末転倒であることを忘れないでくれ。行動はあくまでも隠密に。どんな有益な情報が転がっていようと、危険が伴うのなら深追いはしないこと。……特にハレ。分かっているな」

 唇の隙間から白い歯を覗かせて、先程から「にししし」と嬉しそうな笑みを浮かべるハレに、シンは釘を刺すようにそう言った。

 「そりゃ先生、分かっちゃいるけどよ」とハレ。「隠密行動なんて、ワクワクするなってほうが出来ねー相談だよ。冒険と潜入は男のロマン。ピンチをチャンスに変えるのが、人生の醍醐味だろってな」

「隠密行動の一体どこに、ワクワクする要素があるんだよ」

「どこってそりゃ、見つかるか見つからないかのスリルっていうの? それに、なんだかスパイみたいでカッコいいじゃんか!」

 嬉々としてそう言うハレを無視して、シンは集落入口へと視線をやると次を言った。「見つかれば本当の意味で命取りにもなりかねない。ノア、ハレが変な動きをしないように見張っておいてくれ」

 ノアはすぐには答えなかった。不審に思ったシンが後方を振り返ると、「……はい」と笑いを堪えながら答えるノアの姿がそこにはあった。「……ノア?」

「……すみません、私も少しワクワクしてます」

 呆れたように溜め息を吐き出しながら、再び正面の集落入口を向き直ると、「先が思いやられる」とシンは心底心配そうに呟いた。「あっちは情け容赦はかけてくれないからな。本当に頼むぞ、二人とも」


 ハレたちが集落の入り口付近へと戻った時、先に現れた白いローブの人物は、再び姿を消していた。恐らくは集落内部へと戻ったのだろう。松明を持った人物は変わらずに見張りを続けていた為、ハレたちは正面突破を避け、ほかにも入り口がないか、集落の外周を見て回ることとした。

「あの見張りっぽい男、やけにボーっとしてるっていうか、見張りにしちゃ警戒心薄いな~って思ったんだけど、俺だけか?」

 ハレの指摘に対し、「それは俺も感じていた」とシンは頷いて答えた。「そもそもの話、人が近寄ってくることのないように、彼らはこんな山奥にわざわざ集落を構えているんだ。見張りを立てる必要性は低い。『日々のルーティーンとして慣れてしまっている為に警戒心が薄い』と考えることも出来るが、見張りの男が白ローブを着ていなかったことを踏まえるなら、この場合どちらかというと、『見張りの男は夜明けの月光のメンバーではなく、夜明けの月光に依頼、または命令されて仕方なく見張りをやっている』と考えるほうが妥当だろう。あまり想像したくはないが、集落内の状況は、芳(かんば)しいとは言えないかもな」

 そう言いながら、シンは自身の左手側、二メートル強ほどの高さを持つ丸太の柵を、ぐいと仰ぎ見た。ハレとノアもそれに倣うように、柵の上方へと視線を向ける。三人は柵を見上げたいわけではない。その向こう側が一体どのような状況になっているのか、そこに意識を向けているのだ。

 柵の向こう――集落の中からは、時折話し声のような音声は聞こえてくるものの(その内容を聞き取ることまではハレたちには出来ない)、基本的には静かだった。もし仮に、ここが普通の街や村で、このくらいの時間帯にこのくらいの静けさをしているということであれば、住民は皆、家族揃って夕食か、団欒の時間を過ごしている、或いは、早い家なら眠りの床に就いているだろうという推測を、ハレたちには立てることが出来た。然し、ここは普通の街や村ではない。少なくともこの柵の向こうには、夜明けの月光のメンバーが一人以上はいるということが確定しているのだ。その条件はハレたちの推測を良くない方向へと向けるばかりか、集落内部の静けさを、不気味で重苦しいものとして、ハレたち三人には感じさせた。

 結果的に、集落の外周をぐるりと回るようなことはハレたちには出来なかった。(ハレたちは集落の南側から接近したのだが)集落北側の大部分は、崖に晒されていたのだ。可能な範囲で集落を外側から観測したハレたちが見知ったのは、崖に面している部分も含めたこの集落の外周が、体感にして五〇〇から六〇〇メートルほどであることと、集落の出入り口は南側の一つを除いて他にはないということ、また、集落東側の柵の一部に丸太の腐食している箇所があり、頑張れば人ひとりが通れる程度には崩れかけている、ということだった。他に目ぼしい侵入経路もなく、正面から押し入るよりはマシだと判断したハレたちは、この崩れかけた柵の隙間を縫って、暫定オラシオンへと足を踏み入れることとなった。

 「ひとまずは潜入成功だな」ハレが小声でそう言うと、「気を抜くな。何処から何が出てくるか分からない」とシンが忠告した。

 幸いなことに、ハレたちが潜り込んだのは家屋の裏手らしき暗がりだった。集落内を見渡すことは出来ない代わりに、ハレたちの潜入は今のところ、誰にも悟られてはいない。互いの存在を確かめるように視線を交わすと、ハレたち三人は月明かりの照らす集落の中心部へと、忍び足で進んだ。

 家屋の表の小路(こみち)に出ると、月明かりだけではなく、幾つかの松明が野ざらしの地を照らしている。路地の幅は凡そ二メートルほどで、路上には食料が入っていたと思われる樽や木箱が、家屋の脇に置かれていたり、無造作に転がっていたりした。とはいえそこには或る程度の使用感が認められ、放置されて久しいという風ではない。少なくとも集落内には、普段からここで暮らしを営む人々の気配――生活感と呼べるようなものが、そこかしこに漂っていた。

 土の壁と厚い茅葺きの屋根を持つ家屋が、集落内には散見された。びっしりと立ち並んでいるわけではないものの、町並みというものを全く意識せずに建てられたわけではないらしく、それらは通りを形成するように、比較的美しく並べられている。窓から灯りの零れる家も、そうでない家も中にはあった。ブナ科と思しき樹木が点々と生えているほか、小さく白い花をつける野草の群生している箇所もあり、植生事情は集落外の林と同様のようだった。また集落は北側(崖側)に向かって緩やかな上りの傾斜を持っており、高低差にも富んでいる。小川が流れるような水の音も、ハレたちの耳には届いた。夜闇(よやみ)と焔光(えんこう)の協奏も相まって、一帯は幻想的な雰囲気に包まれていた。

 丁字(ていじ)になった小路の曲がり角に辿り着くと、先頭を往くシンは二人を振り返り、「自分が先に曲がり角の向こうを確認する」という意味の目配せをした。二人が頷き返したのを確認すると、シンはその背をぴったりと壁に着け、角の向こう側をそっと覗き込んだ。

「!」

 何かに気付いたシンは、すぐに頭を引っ込めた。静かに一つ深呼吸をすると、ハレとノアの二人へと小さく手招きをして、二人にもその先を覗き込むようにシンは促した。指示されるままに、ハレとノアはその先を覗き込む。ハレたちの視界に飛び込んできたのは、四メートルほどの幅を持つ、右方向に緩やかに湾曲した通路と、通路を更に向こう側へと歩いていく、白ローブの二人組の姿だった。

 先にシンがしたのと同じように、ハレとノアは慌てて頭を引っ込めて、シンへと視線をやった。シンは静かな眼差しで二人を見つめていた。追うべきか追わざるべきか、ゆっくりと吟味する時間はハレたちには与えられなかった。数秒で思考を巡らせたらしいシンが、「行こう」という形に唇を動かすと、ハレとノアはそれに頷いた。丁字になった曲がり角の向こう側へと、三人は足音を立てぬように進んだ。

 家屋や木箱、樽などの物陰に身を潜めながら、三人はローブの二人組の背中を追った。肩幅などの背格好や身のこなしから察するに、二人は共に男性らしい。断定するには至らないが、アーロン、モナト、トーマのうちのいずれか一人、或いは二人が、そこに含まれている可能性は十分に考えられた。

 二人は囁くような声量で、何かを話しているようだった。せめて会話の聞こえるところまで近付くことが出来れば、そこから何かしらの情報が得られるかも知れない。ハレたち三人は足早に、然し感付かれることのないよう慎重に、二人との距離を少しずつ詰めた。

(もうちょっと……、あと少しで聞こえそうなのに……)

 緊張感と共に、もう少し大きな声で話してくれれば、というもどかしさがハレの中を駆っていた。二つの感情はハレの体内で混ざり合うと、その全身を内側からくすぐるように焦らせた。暑くもないのにじんわりと汗が湧いてくる。息を殺さねばならないことを、ハレは思わず忘れそうになる。

 湾曲した通路を進んでいくと、その先には通路と交差する形で、(集落の中央に位置していると思われる)それまでよりも二回りほど大きな通りが現れた。南北に連なるこの大通りは、ハレたちから見て右手側(北側)に向かって上りの坂道(一部は階段)になっており、幅広の通路の中央を、小川の流れが区切るような形となっていた。通路が大通りに合流する丁度その辺りで、二人組は足を止めると、その場で更に会話を続けた。

 ハレはこの時、通路の左手側に存在する、別の路地の入口に身を潜めていた。シンとノアはハレよりも後方、通路右手側の木箱の影に隠れている。

 二人組に一番近い位置にいるハレが耳を澄ませてみても、会話はやはり聞こえなかった。ハレと二人組の間隔は、距離にして凡そ四メートルほどだ。思い切ってもう少し近付いてみようか、とハレは考える。が、ハレのいる物陰と二人組の間にはもう、ハレが身を隠せそうな場所は何処にもなかった。然し、ここでアクションを起こさなければ、いつまた次の好機が回ってくるかは分からない。何の情報を得ることもなく引き返せば、ここまで忍び込んできたこともすべて水の泡になる。意を決して、ハレは物陰から出ていこうと試みた。後方から必死に首を振るって、それを制止するシンの姿は、無情にもハレの視界に映ることはなかった。

 ハレが一歩を踏み出そうとしたその瞬間、ハレたちから見て右側の男が、今までよりも一つ大きな声量になって言った。「それじゃ、あとは計画通りに」

 聞き覚えのある声だった。然し、声の主を思い出している時間はハレにはなかった。右側の男に頷き返した左側の男が、こちらを振り返って通路へと引き返してきたからだ。ハレは大慌てで物陰へと戻る。が、ハレの緊迫はそこで終わらなかった。左側の男の足取りは元来た道ではなく、あろうことかハレが身を隠す路地へと向かってきていたのだ。

(や、ヤバい……!)

 一歩、また一歩と男の足音が近付いてくる度に、ハレの心拍数は上がっていった。とはいえこの状況下に於いて、ハレに選択の余地と呼べるようなものは殆どなかった。この局面からハレに出来ることはと言えば、路地の壁に身体をぴったりとくっつけて、男が気付かずに通り過ぎる可能性に賭けるか、男に追い付かれるよりも速く、路地の更に奥へと逃げ込むかのどちらかだ。残念ながらそのどちらもが、あまり現実的とは言えなかった。前者を実行して上手くいく可能性が極めて低い一方で、後者はこの右も左も分からぬ集落の中で、シンたちと離れ離れになることを意味している。

 焦りと混乱に正しく回らない頭で、ハレは助けを求めるように、シンたちのほうへと目を向けた。ハレが身を置く路地の奥を、シンは顎で繰り返し指していた。彼の表情もまた焦りに歪んではいるものの、然しその目は迷うことなく、「逃げろ」とハレに命じていた。

 シンへと一つ頷き返すと、ハレはローブの男との距離と、彼の視界とを鑑みながら、吐き気さえ催すほどの緊張の中、路地の奥への逃避行へと身を投じた。シンたちがその後どちらに向かったのか、確認するほどの余裕はハレにはなかった。

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