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一行がここを訪れてから、とうとう一ヶ月が経とうとしていた。未だ、ハレたちはチコの首から提げられるペンダントを除いては、カオスライトを視界に収められてすらいない。二週目の半ばから、ハレたちはバロンとカレント、ヘルズにも協力してもらって採掘作業を進めたが、成果は上がる気配を見せなかった(バロンは力の加減が出来ず、ヘルズは身体が大きすぎた為、まともに動けたのはカレントのみだったが)。
場所が場所なだけあって、この一ヶ月の間、ハレたちは夜明けの月光による襲撃を受けずには済んでいた。ノアの体調は二週目に一度崩れかけたが、比較的軽い症状のみに留まった。住民の数が然程多くはないことが、ノアの肉体には幸いしたらしい。
この日も作業終了の十八時が近くなると、作業員たちは地脈穴の出入り口へと向かってぞろぞろと歩き始めた。「お疲れさん」と声を掛け合って、彼らがお互いの労をねぎらい合っているのが、ハレたちの耳にも届いた。
「俺たちも、そろそろ終わりにしようか」
ハレとトーマの二人へと、バーンズが声をかける。「そうですね」とトーマは額の汗を拭いながら答えた。頭のタオルを乱暴に解きながら、「今日も収穫ナシ!」とハレは半ばやけくそになりながら元気よく言った。ノアは今頃チコと二人で、夕食の準備をしてくれているはずである。
「おう、テメェら! やってるか!」
背後からの声にハレたちが振り返ると、そこに立っていたのはデュランだった。いつもよりは何となく機嫌のよさそうに、彼の表情は見えた。
「やってはいるがな、てんでダメだ」バーンズがそう言って頭を振るうと、「珍しく弱気じゃねえか! バーンズさん、尻尾巻いて帰ったっていいんだぜ!」と言ってデュランは笑った。「何をう!」と顰め面で返したハレの頭に、デュランは自身の巨大な手を乗せながら、「まあまあ、そう怒るな!」と宥めるように言った。
「ところで、何か用事があったんじゃなかったのか?」とバーンズが尋ねると、「ああ」とデュランは言った。
次いでデュランの口から飛び出た言葉への驚きに、ハレたち三人は目を丸くせざるを得なくなった。一体どういう心境の変化が、彼の中には起こったのか、と。
「たまには一緒に飯でも食おうぜ。俺の家でチコと、お前らんとこの嬢ちゃんが支度してくれてっからよ!」
デュランに連れられて、三人は彼の住居へと向かった。ハレたちは半信半疑ではあったものの、到着してみるとそこには実際にノアとチコがおり、既に完成した夕食がダイニングの丸テーブルに並べられていた。
「皆さん! お疲れ様です!」
白いエプロンを着用したノアは、ハレたちの到着に気が付くなり、ニッコリと微笑んでそう言った。「お疲れ様」とチコも続く。「おう!」とハレは笑顔でそれに応じた。
「バーンズさん、ビールは飲むか?」キッチンの食器棚に向かったデュランが、バーンズへと尋ねる。「ああ、ビールなら幾らでも」
人数分の飲み物と食器が食卓に並ぶと、デュランは皆に座席に着くように促した。全員の着席を確認した後で、デュランは言った。
「最近はどうだ? 元気にやってるか?」
バーンズが答える。「お陰様で、楽しくやらせてもらっている。相も変わらずカオスライトは出ないがな」
「ガハハハ! そいつは結構!」と巨大な口を開けて笑った後で、「それじゃまァ」とデュランは木製のジョッキを掲げて見せた。ジョッキには白い泡を立てる琥珀色のビールが、目一杯に注がれている。
「今日も一日お疲れさん!」
手を付ける前に、ハレは出された料理の品々をよく観察してみた。毒を盛られているのかどうか、ということについて、当たり前だがハレの肉眼で確認をすることは出来ない。魔物の肉を焼いたステーキを、恐る恐る自身の皿に取り分けるハレの姿を見て、「なんだ坊主、毒でも盛ってるんじゃねえかって?」とデュランは笑いながら尋ねた。
「いやいやまさか!」とハレ。「ただよ、ホラ。焼き方は俺の好みかなー? と思ってさ」
「ま、嬢ちゃんも一緒に作ってたんだ。間違いはねェと思うが、一応な」
並べられた皿の中から一番大きなステーキ肉を選び取って、デュランはそれをフォークで突き刺し、自身の口へと運び、しっかりと咀嚼をした後に飲み込むと、「安心しな! 少なくとも即効性の毒は入っちゃいねえ!」とハレに向かって冗談交じりに言った。
「そりゃモチロン! それじゃ俺も……」
この日も一日働いて、控えめに言っても空腹を極めていたハレは、美味そうに肉を飲み込んだデュランの姿に我慢の限界を迎え、フォークに突き刺した巨大なステーキ肉を大きく開いた口へと運びながら、「いただきまーす!」と満面の笑みで言った。
食卓にはステーキのほか、南瓜を使った大皿のグラタンや、魚の串焼き、葉物野菜と芋のサラダなどが並べられており、そのどれもが美味であった。生野菜を苦手とし、普段は進んで食べようとしないハレの皿に、トーマが無言でサラダを取り分けると、「おいおいトーマ、自分の食べる分は自分の皿に盛るのが常識ってモンでしょうよ。料理食べるの初めてか?」とハレはトーマを煽るように言った。
「ああ。だから食べるべき人間の皿に、食べるべき料理を盛っている」
「冗談きついぜ。バーンズさん、葉っぱ好き?」とハレは今度はバーンズに尋ねる。「俺は大体何でも好きだが、ハレ。好き嫌いはいけないぞ」と、頬をほんのりと赤くさせたバーンズはニッコリと笑って答えた。
「そのサラダ、ノアが収穫から全部やってくれたんだけどね。残念だね、ノア」とチコが言うと、「嫌いなものは仕方ないですけど、食べていただけないのはちょっと残念です」とノアは眉を八の字に歪めて言った。
「うぐ……」
ノアの言葉に、ハレはトーマのよそったサラダをフォークで突き刺すと、顔面の筋肉をぴくぴくと痙攣させながらも、数秒間それを見つめた後で、思い切って口の中へと放り込んだ。咀嚼の度に、ハレの口内には生っぽい野菜の匂いが広がっていく。新鮮な野菜特有の、この匂いを含んだ水分がハレは苦手だった。表情を歪ませ、最後には目を閉じてしまいながらも何とかそれを飲み込むと、ハレはノアに向かって親指を突き立てた。
「美味い。美味いぜ、ノア……」
「良かったです。頑張って作った甲斐がありました!」とノアは微笑んで答える。「食えるなら最初から食え」とトーマが言うと、「心の準備が必要なんだよ」とハレは返した。
和気藹々とした雰囲気の中で食事は進み、皆の胃袋も腹八分目、というところで、バーンズがデュランへと問いかけた。
「ところで、今日はどうしてまた急に? ただの気まぐれ、ってわけじゃないんだろ?」
ジョッキに口を付けかけていたデュランは、バーンズの質問に答える前に、そこに注がれたビールをごくりごくりと飲み干してしまうと、「ッカァー! うめェ!」と怒鳴るみたいに言いながら、ジョッキをテーブルへと叩きつけた。
「なに、お前らが疑心暗鬼にならなきゃならねえような他意はねえさ。安心しろ。寧ろその逆で、俺はお前らに謝らなくちゃならねえ。まあ、謝るのは癪だから謝らねえがよ」
どっちなんだ、と胸の中では思いつつも、ハレはデュランの話へと、耳を傾けることにした。珍しく、彼の語り口調は静かだった。
「カオスライトを求めてここを訪れる連中ってのは、稀ではあるがこれまでにも何組か居た。どいつもこいつも金だけが目当ての有象無象だ。テメェらにしたのと同じように、何も教えてやらずに採掘させてたら、大体一週間やそこらで帰っていくような腰抜けばかりだったよ。ま、一ヶ月ももったのはテメェらが初めてだったってわけだ。俺の経験上、一ヶ月間何のヒントも無しにこんなことを続けられるのは、単なるバカか、相当に強い意志を持った人間だけだ。お前らがどっちかは分からねえ。でもまあ、どっちにしてもこの一ヶ月、お前たちはよくやってたと思うぜ。ご苦労さん」
褒めているのか貶しているのか、デュランの言葉は判別に難しかった。頭上にクエスチョンマークを浮かべたまま「お、おお……?」とハレは答えた。
「話は変わるが」とデュラン。その瞬間、件の轟音と地響きがナボネブラを揺るがした。この頃になると、流石にハレたちも音と揺れには身体が慣れてしまっており、それに動じることはなくなっていた。揺れが止むのを待ってから、デュランは続ける。
「この地響きの正体が何か、チコから聞いたか?」
ハレたちがそれに答えるよりも先に、「話してないよ」とチコが返した。「そいつは結構。じゃ、この地響きについてだが」
一拍の間を設けた後で、デュランの語りは始まった。ハレたちが抱えており、且つハレたちの中で関連のなかった二つの謎を、その話は一つに繋ぎ、そして解決することとなった。この地響きと轟音の正体、そしてカオスライトの所在について、デュランは次のように述べた。
地脈の収束により、ミカーレ地脈穴に打ち捨てられる厖大な量のフォルス。クラスィア大陸の全土にエネルギーを循環させる為、これらのフォルスは地下深くの回廊を通って、再びルドニ火山へと戻っていくことになるのだが、どういうわけか地脈が保有しているのは、ミカーレ地脈穴への片道切符のみだった。地脈自体には、ルドニ火山へと還る為の機能が備わっていないのだ(恐らくかつてはそれがあった。地殻変動か何かがきっかけで失われてしまったのだろうとデュランは言った)。では一体何が、誰が、この膨大なフォルスをルドニ火山へと還元するのか。その答えこそが、ナボネブラを襲う地響きと轟音の正体なのだとデュランは話した。
「クルトゥーラ。俺たちは奴をそう呼んでる。古人の遺跡には『ミカーレ・クルトゥーラ』、或いは『クルトゥラ』という名称で、奴に関する記述は残っていた。どうやら古語では『耕す者』、というような意味らしい。クルトゥーラは古人によって、天恵を齎す善き神とも、破滅へと導く悪しき存在とも語られている。ま、善神と邪神を同一視すること自体は、古典では珍しいことじゃねェ。且つ、その役割は現代の俺たちからしてみても、そう大きく変わっちゃいねえ。奴は俺たちナボネブラの住民にとって、最大の敵でありながら、同時に最高の資源でもあるからな」
丸テーブルの天板に、デュランは肘から先の腕をドスンと載せた。ぐい、と眉間に皺が寄る。それまでもよりも一つ低い声音になって、デュランは続けた。
「山のようにデケえ、竜の魔物よ。大地を穿つ二本の角。赤く煮えたぎる悪魔の眼光。全身を覆う黒い鱗。奴がいつから存在し、何処から来たのかは分からねェ。が、確かなことはこのクルトゥーラこそが、現代に於いては地脈穴に打ち捨てられたフォルスを喰らい、ルドニへと還している張本人だってことだ」
半年に一度、クルトゥーラはミカーレ地脈穴の最深部に現れ、そこで地脈から得たフォルスを体内に蓄える。その際、苦痛によるものか、何某かの怒りによるものかは分からないが、地脈穴内部の岩壁に、その巨躯を繰り返し打ち付ける。この衝撃が地上には、地響きと轟音という形となって現れるのだ。それを約一ヶ月間繰り返し、大量のフォルスで腹を満たしたクルトゥーラは、地下の回廊を通ってルドニ火山へと移動を開始する。移動の前日には合図がある。腹を満たしたクルトゥーラは、高音の鳴き声で一分ほどにも渡る咆哮を上げるのだ。咆哮があった翌日の午前から移動は始まる。今日の夕刻、その咆哮があったのだとデュランは言った(作業中だったハレたちの耳にも、咆哮の音は届いてはいたが、ハレたちはそれを鳥の鳴き声か何かかと思い込んでいた)。
「明日の朝、クルトゥーラを狩猟する」
デュランの言葉に、ハレは表情を歪めて驚いた。魔物とはいえ、自然の役割の一部を担っているともいえるクルトゥーラを、人間の手で倒してしまっていいのか。そしてそもそも、そんな強大な魔物を打ち倒すことが可能なのかどうか、ハレには分からなかったからだ。口の中に残っていたグラタンを飲み込んでから、ハレは声を荒げて問う。
「な、なんで!? ていうか、そんなこと出来るのかよ!?」
「何言ってんだ、坊主! テメーも一緒に戦うんだぜ。クルトゥーラと戦うことは、お前たちの目的でもあるんだからよ!」
笑いながらそう言ってのけたデュランに対し、思考回路が何かに突き当たる感覚を覚えながら、ハレはぽかんと間抜けな表情を浮かべて黙った。一方で、トーマには思い当たる節でもあるらしい。斜め下の虚空を見つめて、トーマは先程のデュランの言葉を、マーカーでなぞるみたいに繰り返した。「クルトゥーラはナボネブラの住民にとって、最大の敵でありながら、最高の資源でもある」
片方の口角だけで、デュランがニヤリと笑う。「インテリ坊主は察しが良いみてーだな」
「ど、どういうことだよ? 俺にも分かるように説明してくれ!」とハレ。
眼鏡のブリッジを指で押さえながら、「クルトゥーラは敵視すべき魔物でありながら、ナボネブラにとっての資源でもある。そして尚且つ、俺たちの目的でもある」とトーマは平坦な口調で言った。「俺たちの目的とは即ちカオスライト。デュランさんやチコの言葉を借りるなら、カオスライトはここ、つまりナボネブラ及びミカーレ地脈穴の何処かにはある。が、どういうわけだかこの一ヶ月間、地脈穴を採掘し続けても俺たちの前には現れなかった」
トーマの話をそこまで聞いて、ようやくハレの中でも点と点が繋がった。ハッとした表情になって、ハレがデュランへと視線をやると、デュランは微笑みながら頷いた。デュランの語りは今少し続いた。
「狩猟って言っても、殺しちまうわけじゃねえから安心しな。クルトゥーラの体には、結晶腺と呼ばれる特殊な器官が存在する。喰らったフォルスの中から、クルトゥーラにとっては毒となる、特に純度の高いフォルスを結晶化させて体外へと放出する為の器官だ。俺たちの、そしてお前たちの目的はこいつだ。こいつを頂戴する」
巨大な魔物の体内で生成され、放出される特別な結晶石。あらゆる属性のフォルスが混じり合うことから、表面は黒く透き通り、その内側には様々な色合いの紋様を呈する。それこそがカオスライト。ハレたちの探し求めた、混沌の魔石の正体だったのだ。
食事が終わるまでの間、ハレたちはデュランとチコの口から、クルトゥーラとの戦闘時に於ける有効な立ち回りや、使用可能な兵器設備について、一通りの説明を受けた。食事と説明が共に終わりに差し掛かった頃、ふと気になってハレは尋ねた。
「でもデュランさん、教えてくれて良かったのかよ? 欲しいものは自分で手に入れろって、あれだけ言ってたじゃねーか」
ハレの問いに、デュランは暫し黙して考えた後に、こう答えた。
「ま、お前らが一ヶ月も居座るとは思ってなかったからな。それにクルトゥーラが動き出したとありゃ、これ以上隠し通すのにも無理があるってなもんだ。色んな意味で運が良かったんだよ、お前らはな。それに、人生にゃ棚から牡丹餅ってこともある! そういう時はラッキーと思って、素直に受け取っとくもんだぜ、坊主」
ハレたちを先に借り家へと返したバーンズはこの日、夜の更けるまでデュランと二人で酒を酌み交わした。夜のナボネブラは数日に一度、霧が晴れ、昼の蒸し暑さが嘘だったかのように冷え込むことがあった。この日もそんな夜だった。冷たく澄み渡った夜の空気は、二人の思考を(酔いを醒まさない程度に)程よく明瞭にした。歳も近く、規模は違えど人々を束ねる長としての役割に就く二人には共通するところも多く、会話はお互いの思いにもよらず、よく弾んだ。
「そうか、アンタも奥さんを……」
自分も妻を亡くしているのだという話をバーンズから聞くと、デュランは珍しく目を伏せて、苦しそうに頷いた。
「丁度、うちも子供が生まれて間もない頃だった。自分で言うのもなんだが、本当に幸せだった。妻は元々身体が弱かったから、医師も出産を勧めなかったんだが、あいつは生みたがってな。結局、医師が想定した中で最悪の結果になった」
「後悔してるか?」というデュランの質問に対し、バーンズは黙った。妻の逝き際を思えば、未だ込み上げるものはバーンズの中にはあった。それが一体何なのか、バーンズには分からなかった。消えてしまった彼女の魂の声ならいいと、バーンズはよく思った。もしもそうなら、自分が彼女を思い出す限り、彼女が今もここに居ることを、自分は確かめられるのだから。
然し、現実的な意味合いに於いてはそうではないであろうことを、バーンズは何となく理解していた。魂というものが存在するのかどうかは分からないが、仮に生きている時の『意識』的なものを魂とするのなら、それは生命の死と共に失われ、二度と戻ることはないのだろう、と。ともすれば、バーンズの胸に込み上げるものは、少なくとも魂の声ではないということになる。では、これは何なのか。確かにここに存在する、現実の痛みと、そして苦しみは。
「……これが後悔なのかどうか、俺には分からない。だけど、後悔はしていないと俺は言いたいよ。あいつが命を懸けて生んでくれたおかげで、俺はいま、息子の傍に居られるんだからな」
「そうか、そうだよな」とデュランは答えてから、暫し押し黙った。自分の立場に当て嵌めて、彼はバーンズの人生を、頭の中で追体験しているのかも知れなかった。
「そういうアンタはどうなんだ?」とバーンズ。「ずっと不思議だったんだ。どうしてアンタがこの辺境の地に居続けているのか。勿論、基本的にはこのナボネブラの長だから、ということにはなるだろう。然し、ここが危険極まりない土地であることも、デュランさん、アンタは誰よりも理解しているはずだ。十数年もここに居れば、一生を遊んで暮らすくらいでは下らない規模の資産も、既に築いているんじゃないかと推察する。その上アンタはナボネブラの興隆に際して、クルトゥーラの引き起こす地震と、この湿林の沼地によって地獄のような思いだってさせられているそうじゃないか。チコちゃんという、今度こそ失ってはいけない存在も今では片腕に抱えている。俺がアンタの立場なら、こんなところでの生活には、きっと一年と耐えられない。何故、アンタはここに住み続ける? 一体何が、そうまでしてアンタを駆り立てるんだ?」
一分以上の沈黙が、二人の間を流れた。
デュランはバーンズの質問を、頭の中で繰り返し反芻した。そして自分の中に眠るあらゆる感情を、今一度吟味したのだ。多分、それらの感情と最後に向き合ったのは、随分と昔のことであった。それから時を経て、自分の感情はあの頃と変わっていないか、気持ちが揺らいでいるということはないか。道具小屋に並ぶ金物類の擦り減りや、備蓄した消耗品の残量を確かめるように、デュランは一つ一つの感情を手に取り、じっくりと観察し、入念にチェックした。眠ったように目を瞑り、思いに耽る彼の姿は、バーンズの目にはそんな風に映った。
「ま、上っ面の綺麗ごと抜かすならよ」と、デュランは沈黙を破って言った。
「弱者の味方でありてえ、夢を追いかける奴のサポートがしてえ。そんなことがこのナボネブラの始まりだった。それは今でも変わっちゃいねえ。それよりも更に元を辿るなら、古いしきたりに塗れた街と、世話焼きの姉貴から逃れたかった、十代のガキの逃避行だ。ここに居る理由なんて色々さ。一度おっぱじめちまったもんは、最後まで自分で面倒が見てえし、世話になった人間には恩返しもしてえ。ナボネブラに生き、ナボネブラに死ぬ。それは俺が――俺たちが最初に決めたことの一つだったからな」
ジョッキに残ったビールを、デュランは喉へと流し込む。髭に付いた泡を太い指で払い除けながら、デュランは続ける。
「アンタには俺がどういう人間に見える? 口は悪いが情に厚い、仲間想いの憎めない中年、てな具合に見えてるなら、そいつは俺の思惑通りだ。実際のところ、俺の性根は見た目通りに腐っててよ。俺がここに居る一番の理由、それはこの腐った性根に依るもんさ。……誰にも言ったことはなかったが、狩りが終われば、アンタとももう会うこともねえ」
遠い目を、デュランはしていた。その視線の先に何があるのか、誰がいるのか、バーンズにはそれが分かってしまうような気がした。そして、もしも自分にも憎むべき対象が、怒りをぶつけられる相手が居るのなら、同じように思うのだろうとバーンズは考える。その言葉はバーンズの胸に、不思議にもしっくりと落ちてきた。
「……復讐さ。俺や俺の仲間から色んなものを奪っておきながら、俺たちの足元を我が物顔で闊歩する、クルトゥーラへのな。奴は大地のエネルギーを循環させる役割を持つ、神の如き存在だ。俺たちが奴を殺しちゃいけねえことは分かってる。今いるクルトゥーラがあの時と同じ個体かどうかは確かめようがねえし、例えそうだったとして、実際には奴が暮らしてたところにやってきて、勝手に住み着いたのは俺たちのほうだってことも分かってる。でもよ、分かる分からねえの理屈じゃねえんだ。人間の心ってのはそんなに簡単じゃねえ。砲台に立って奴に大砲を向けると、どうしようもなくウズウズしてる自分がいる。半年に一度の狩猟の日を、何処かで心待ちにしてる自分がいる。奴に一発かましてやるその瞬間だけが、俺を本当の意味で救ってくれるのさ。それこそが、俺が今も、そしてこれからも、このナボネブラに住み続ける理由だ」




