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ミカーレ地脈穴を出たハレたちを、続いてチコは一軒の空き家へと案内した。この集落に滞在する間は、ここを寝食の場として使っていいということらしい。家屋の中には小さな丸テーブルと、二脚の椅子、使い込まれたチェストがあるのみで、がらりとしていた。
一年ほど前まで、ここには一人の作業員が暮らしていたという。或る街の貧民街に生まれて苦労ばかりを買ってきた彼は、六年ほど前にデュランに誘われてこのナボネブラにやってきてからの凡そ五年間、この集落で採掘作業員としてよく働き、自分と家族を養っていくのに十分な財を蓄えたことを切っ掛けに、集落を出て行ったのだとか。
このナボネブラでは、集落を運営していく上での核となる数名の人物を除き、住民の多くは彼のように、デュランによるスカウトを受けてこの集落を訪れ、目的が達成され次第ナボネブラを去っていくという、一時的な人材で構成されているのだとチコは言った。
「お父さんと話してるのが若干聞こえてたんだけど、お客さんたちはカオスライトを求めてここに来た、ってことでいいんだよね?」
ハレとノアを椅子へと座らせた後で、チコは四人に向かって改めて尋ねた。ハレが頷くと、チコは続けた。
「夜になれば、この地響きと音は止む。床は固いけどマットを敷けば眠れないってことはない。ただ、この音を聞いてもらって分かる通り、少なくともここは安全な場所ではない。あたしたちにはあなたたちの命の保障をすることは出来ない。お父さんみたいなことを言うようで悪いけど、それが嫌なら、残念ながらここを出て行ってもらうしかない。でも信じてほしいのは、カオスライトは本当にここにあるってこと」
取扱説明書でも読み上げるみたいに、チコはそう言った。次いで彼女は作業着の胸元から、革紐のペンダントを引っ張り出すなり、その先に施された装飾を、ハレたちに見えるように差し出して見せた。「このペンダントもそう」
紐の先端には金色の金具がついており、金具には真球状に加工された、半透明で黒っぽい宝石が嵌め込まれていた。透き通って見える石の内部には、赤、青、黄、緑など、様々な色を持った光の筋のようなものを確認することが出来る。見る角度を変える毎に、石は全く別の色を呈しているようにも見えた。まるで一つの球体が、特徴の異なる複数の宝石を内包しているみたいにだ。それは見る者に奇妙な感覚を齎しつつ、不思議な魅力によって魅了した。
「あたしは基本的に家か地脈穴にいるから、何かあればいつでも声をかけて。採掘の手伝いなんかに使ってくれても構わない。ここ掘れワンワン金の香、てな具合にね。それじゃ」
そう言って、チコはハレたちの前を去っていった。普通の人間が喋るよりも、幾らか句読点が強調されているように、チコの言葉は聞こえた。
この日は既に作業終了時刻である十八時が近付いていたので、ハレたちは翌日から、採掘へと取り掛かることになった。ハレたちの目的は言うまでもなく、混沌石・カオスライトである。宛てであったデュランからカオスライトを提供してもらえなかったからと言って、すごすごとナボネブラを去るわけには、勿論ハレたちにはいかなかった。少なくとも、地脈穴を掘ることでカオスライトが手に入ることははっきりしているのだ。であればやることは一つと決まっている。
「よっしゃァ! やってやれい、トーマ!」
「お前もやるんだよ、馬鹿」
翌日朝一の八時から、ハレたちは頭にタオルを巻き付けて、採掘作業へと取り掛かった。ミカーレ地脈穴に姿を現したハレたちを見つけたチコは、その日一日ほぼ付きっ切りで、ハレたちの採掘をサポートしてくれた。採掘の経験などなかったハレたちは、厳しくも頼もしいチコの指導に大いに助けられることとなった。が、普段は動かすことのない筋肉を突然動かしたことによる苛烈な疲労が、その日の夜には一行に圧し掛かっていた。翌朝、ハレたちは(特にハレは)酷い筋肉痛に襲われた。
二日目の朝、「まだ居たんだ。音を上げて帰ったかと思ってた」とチコは言った。その声色には感心と扇情の意味合いが、半分半分に込められていた。「うるせえ! カオスライト見つけるまでは帰らねェぞ俺は!」とハレは反論した上で、「今日こそ掘り当てる!」と親指を突き立てた。この晩、ハレは前日よりも更に疲弊した表情で寝床の家屋へと戻り、泥のように眠った。
三日目、四日目共に、「まだ居たんだ」とチコは言った。「今日こそは掘り当てる! 掘り当ててここを出て行ってやらァ!」とハレは都度吼えた。「そう」とチコは興味のなさそうに頷いた。
時折、作業に身を投じるハレたちの下を、デュランが訪れた。「なんだテメェら! まだ居やがったのか」
「チコにも毎日同じことを言われてるよ」とバーンズが言うと、「へっ」とデュランは笑った。
「なあデュランさん、くれとは言わねえよ。せめてカオスライトを見つけるコツとか、テクニックみたいなもんを教えてくれねえか?」
ハレからの質問に、暫しの黙考の後で、「コツならある」とデュランは答えた。「が、教えられねえな。俺たちは誰からも教えられなかった! 本当に欲しけりゃ、テメーの頭で考えるこった。ま、坊主の頭じゃ無理かもなァ!」
そう言うと、大笑いをしながら踵を返して、デュランはハレたちの前を去っていった。熊のように巨大なデュランの背中を見送りながら、「ッキ――! むっかつくぜ!」とハレは地団駄を踏んだ。
「こうなりゃ意地でも掘り当てて、あの頑固親父をギャフンと言わせてやらァ!!」
それから更に三日が過ぎ、採掘作業の開始から一週間が経過した。この日もハレたちはカオスライトを見つけることが出来ないまま、寝床への帰路を辿ることとなった。玄関の扉を開けながら、(今日も収穫無し)とハレは心の中で言う。ノアが作った川魚のムニエルを夕食に食べて、ハレはこの晩眠りに就いた。
ナボネブラでの生活にも、ハレたちは徐々に慣れつつあった。改めて集落を端から端まで歩いてみると、ナボネブラには生活をする上で必要となる設備は十分に整えられており、(うんざりするほどの湿気と霧を除いては)ハレたちは特に不便をすることはなかった。
ミカーレ地脈穴には朝、八時から入ることが出来る。ハレたちは七時までには起床して、身支度と朝食を済ませ、八時の地脈穴開放と同時に穴入り(採掘の為に地脈穴に入ることを、集落の人間は『穴入り』と言った)をし、採掘作業に勤しんだ。肉体労働の主戦力となるのは、どうしたところでハレとトーマとバーンズの男三人だった為、食事の準備などはノアが進んで行った。
ナボネブラの北側には、やはり木で出来た足場を進んだ先に、集落の居住エリアと同程度の面積を持つ、足場の上に作られた広大な畑のあるエリアが存在する。様々な年代の十名ほどの女性と、一部の男性によって管理されるこの畑は、傍らに収穫物の直売所を持っており、言うなればここはナボネブラに暮らす人々にとってのライフラインとでも言うべき場所だった。ここで購入する穀物や野菜のほか、居住エリアの西側には釣りの出来るエリアも設けられており、魚が欲しい場合はここで釣り具を借りて釣りをすることも出来る。初めのうち、釣り針に餌を付けることすらもままならなかったノアだったが、チコに教えてもらいながら少しずつ練習を重ね、一週間のうちに何とか一人でも魚を釣り上げることが出来るところまで上達した。
「やりましたよ! チコさん! 私、一人で魚が釣れました!」と、ノアが満足げに釣れた魚を見せてやると、「おめでとう。すごいすごい。一生かかるかと思ったのに」とチコはゆったりとした拍手をしながら答えた。「ありがとうございます! チコさんが教えてくれたお陰です!」とノアに微笑みかけられると、チコは指でぽりぽりと頬を掻きながら「いや、誰が教えても一緒でしょ」と、珍しく満更でもなさそうにした。
居住エリアの中央には、集落の住民の多くが使用する共同の調理場がある。ノアは基本的に、この調理場の一部を借りて食事の支度をした。昼食時には、作業を止めてその場で食べることの出来るケバブやサンドウィッチなどを作って、ノアはハレたちの待つ地脈穴へと運んだ。一部の作業員たちの昼食をチコが作っていたということもあり、ハレたちは昼食時には、チコや他の作業員たちとも同席し、交流を深めることもあった。作業員の多くは強面で屈強な男たちだったが、話してみると気さくな人物ばかりで、彼らはハレたちのことを客として良く歓迎してくれた。自給自足の環境の中で、彼らが共に手を取り合いながら生活を送っているということを、彼らの性格や、細かな気配りは、ハレたちに物語っているようでもあった。
八日に一度、ハレたちは共同のシャワールームで水を浴びることも叶った。八日という区切りは、居住エリアを四ブロックに分割した、四つの班による交代制であることに起因する。本音を言えば毎日でも水浴びをしたいところではあったが、使える水の量が限られている以上、それが正しい判断に基づく調整であることはハレたちにも理解出来た。寧ろ、八日に一度だろうがなんだろうが、本来であれば招かれざる客である自分たちは、それを使わせてもらえること自体に感謝すべきなのだという認識は、一週間を過ごすうちにハレたちの胸中に、共通して芽生え始めていた。
ここは普通の街や村とは違う。自分たちは通常、或る街で夜を過ごす場合、宿屋に代金を支払い、その対価として、プライバシーの守られた空間としての部屋と、柔らかなベッドでの安眠を提供される。宿屋だけではない。水道や食事も同じだ。自分たちは代金を払うことによって、清潔な水を得、食材を、或いは調理された食料を得る。それはお互いに『別々の目的』を持った個人と組織が、代金の支払いによって対価を提供するという体制が、各街や村の中で整備されているからである。然しこのナボネブラには、そのような仕組みは存在しない。存在する必要がないと言ってもいい。この集落に身を置いている時点で、彼らには『共通の目的』があるからなのだ。そしてその目的とは、「この場所で生きていく」ということに他ならない。
この場所で生きていく。その為に或る者は採掘をし、或る者は畑を耕し、或る者は道具や設備の手入れをし、或る者は労働者に料理を振舞う。それぞれがそれぞれの役割を全うすることによって生活が成り立つから、彼らの間に金銭のやり取りは必要ないのだ。
言ってしまえばハレたちは、彼らが彼らの中で完結させていたその歯車の中に、全く別の目的を持って一時的に足を踏み入れている、ただの余所者に過ぎない。チコや作業員たちは、そんな自分たちを明るく迎えてくれているのだ。その物言いにこそ厳しい部分はあるものの、デュランは自分たちを邪魔者扱いすることもなく、この集落に置いてくれているのだ。今更口にすることは躊躇われたが、いつしかハレはデュランへの感謝の念を持って、このナボネブラでの日々を過ごすようになっていった。
「元々、お父さんは見かけ通りに豪快な性格で、何かを始めようって時に周到な準備をするような人じゃなかったんだって」
その話は、或る日の昼食時、「道具小屋や畑などの設備は誰が整えているのか」というバーンズの質問に、チコが答える形で始まった。聞けば採掘道具の手入れや、畑の管理・整備などは、その全てが各住民に交代で回ってくる当番制であり、それらを含む、現在のナボネブラにある生活基盤の仕組みはその殆どが、集落のリーダーであるデュランによって考案されたものである、ということだった。デュランの深層的な性格を知ることのなかったハレたちにとって、それは半ば信じ難い答えだった。
「お父さんがこの地脈穴を発見したのは、今から十五年くらい前のことだった。あたしのお母さんを含む、当時の旅の仲間十六名と共に、四つの小さな筏を漕いでこの場所に辿り着いたお父さんは、周りの木々を切り倒して簡易的な足場を組んで、その上に拠点を作り始めた。それから間もなくして、お母さんはあたしを生んだ。何しろここにはモノがない。初めのうちは苦労したってお父さんは言ってた。なんとか数棟の家みたいなものを建てて、この地で食べられるもの、食べられないものが分かってきて、生活のサイクルが安定してきた頃、馬鹿みたいに大きな地震が当時の集落を襲った」
曰く、大地震など想定もしていなかった足場はいとも簡単に崩れ落ち、皆が汗水流して作った家屋と共に、この沼地の底に沈んでいったという。家だけではない。自然の中から得、作ってきた道具の数々や、備蓄した食料。そして――。
「泥の海の中、溺れかけのお母さんの腕から、まだ生まれたばかりだったあたしをお父さんは受け取って、どうにか地脈穴の岩場によじ登った。そこに居た仲間にあたしを託して、後ろを振り返った時にはもう、お母さんの姿は見えなかったんだって。お父さんは泥の海に飛び込もうとした。旅立ちの時から一緒で、年上だけどお父さんの相棒的存在だったテッドさんって人が、お父さんを制止した。テッドさんは当時五十代。二十代の息子さんと一緒に、お父さんの旅に同行してた。テッドさんはこの地震で息子さんを亡くした。十六人いた仲間のうち、十一人が泥に飲まれて死んだ」
その後、デュランとテッドが中心となって、現在のような、より堅固で頑強な足場と設備を持ったナボネブラを造り上げてきたのだという。長きに渡ってデュランを支え、共に歩んできたテッドだったが、八年ほど前に老衰により死去。彼の死を以て、デュランは集落最初期のメンバーとして最後の一人になってしまったのだとか。
「そういう経緯があって、お父さんは今みたいな用意周到な人に変わったの。色んなものを失って、苦労して手に入れたものだから、突然現れたお客さんに簡単にカオスライトを渡すわけにもいかないんだと思う。物質的というか、金銭的な価値だけじゃなくて、カオスライトはお父さんにとって、色々と思い入れのあるものだから」




