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「なあ、ホントにカオスライトはここにあんのかな?」
ハレがそんな風に泣き言を言い出したのは、一行がナボネブラに到着してから一週間ほどが経ったある日のことだった。
「さてな」とバーンズ。「まあ、あんな風貌だが詰まらない嘘を吐く人間とはどうにも思えない。デュラン殿を信じるしかあるまい」
「そりゃそうだけどよ」とハレは答えながら、右手に握った鶴嘴を足元に置くと、同じく足元に置いてあった水筒を手に取り、蓋を開け、大きな一口を喉へと流し込んだ。
ナボネブラ地下の採掘場には、トーマとノアの二人も同行していた。ハレとトーマとバーンズの三人は、頭を覆うように巻いた白いタオルを、後頭部で固く結んでいる。ノアは同じものを首から提げていた。
「お父さんは嘘は吐かないよ。口は死ぬほど悪いけどね」
そう評するのはこの一週間、カオスライトを求めて採掘に励むハレたちのサポートをしてくれている、デュランの一人娘のチコだ。今年で十四歳になると言っていたので、ハレたちの一つ年下に当たる。僅かに茶味がかったストレートの黒髪を、チコはおかっぱ状に切り揃えていた。前髪は真ん中から左右に分けられており、褐色の肌を持つ額は明らかになっている。黒の瞳を持つ目は外側に向かって強く吊り上がってはいるものの、パッチリとしており(彼女の父親のように)怖そうだという印象は抱かせなかった。身長はハレのそれと変わらないほどであり、体格は年齢にしてはしっかりとしている。彼女がこの水上の集落で生まれ育ったということを、その肉体は物語っていた。
ハレたちが彼女と初めて出会った一週間前まで、話は遡る。
「カオスライト! あんたら、あんな伝説じみたモンが現実にあると本気で思って言ってんのか!? そうだよな! そうじゃなきゃわざわざこんなところまで来やしねえよなァ!!」
カオスライトを求めてここまで来た、ということをバーンズが伝えると、デュランはそう言って、大層楽しそうに机を叩いて大笑いした。「つまり、カオスライトはここにはないと?」とバーンズが改めて尋ねると、デュランは暫し黙して、サングラスの向こう側からバーンズの瞳を睨み付けた。それに応えるように、バーンズはデュランを見つめ返す。デュランにとって、恐らくそれは意味のある沈黙だった。
「……若ェのはすぐに答えを欲しがるからいけねえ。が、アンタは少しは出来るようだ」
誰に向けるともなく、独り言を呟くような声量でそう言うと、ドスン、とデュランは右手で机を殴って続けた。
「あるよ。カオスライトはここにある」
デュランの言葉に、ハレは目を見張って喜びを露わにした。「本当か!? だったら――」
ハレの言葉を遮って、「だが!」とデュランは殴り付けるような勢いで言った。開きかけていた扉が、目の前で閉じられるような感覚をハレは覚えた。
「やらねえぜ。そう言えば、姉貴の手紙に書いてあったのはあんたらのことだな? 四人組の旅人が、カオスライトを探してここを訪れるから力になってやってほしい、とか何とかってよ。……一応聞いてやる。カオスライトを手に入れたとして、あんたらそれをどうするつもりだ?」
やはり大まかな内容を掻い摘んで、仲間の病気を治すのに必要なのだという旨を、ハレは説明した。ハレはもう、この男に怖気づくことはしなかった。声は大きいし気性は荒いが、どうやら暴力で物事を解決するような人間ではなさそうだったからだ。
ハレからの説明が終わると、「ほう」とデュランは溜め息と共に、いびきみたいな唸り声を発した。見定めるように数秒間、髭を擦りながらハレを見つめるた後で「一つ質問だ、坊主」とデュランは言った。ハレは頷く。
「テメーはそいつに何を賭けられる? 金か? それとも命か?」
想定外の質問に、ハレは怯んだ。「な」と間抜けに漏らした後には、下唇を噛んで沈黙するほか、ハレにはなくなった。ノアも同じく表情を曇らせる。一方のトーマとバーンズは、そのような話になっていくであろうことを推知していたらしい。眉の一つとして動かすことはなく、二人は中空を見つめて、結んだ唇を開かなかった。
「質問を変えよう」とデュラン。「坊主、カオスライトの相場は理解しているか?」
またしても、ハレは質問に対する答えを持ち合わせてはいなかった。「わ、分からねえ」とハレは首を振るう。これはトーマとバーンズに関しても同様だった。
準備を怠った、とハレは後悔した。この世界の誰しもが、シンたちや、クリスや、マドラインのピエトロやヨークのように、自分たちの旅に協力的であるというわけなどないのに。
「ならもっと分かりやすいところから行こうか。高価な宝石って言やァ、坊主は何を想像する?」
「そりゃ、ダイヤモンドとか」とハレは答える。月並みの回答しか出来ない自分の無知さを、ハレは呪いながら恥じた。「だな」とデュランは片方の口角だけで笑う。
「一カラットのダイヤモンドが、現在の時価で大体十から十五万ベイってとこだ! その下にエメラルド、サファイア、ルビーが五から十万ベイと続き、それ以下はまあ幾らでも下がる。上は上でこっちも天井知らずだ。世界一高い宝石は、まあ学術的な価値が高すぎて値段のつけようのねェものも存在するが、一般に知られる記録史上最高の取引額で、十億ベイを超えたってなモンもある。パラム大陸の鉱山で見つかった、人間のガキよりもでけえダイヤの塊よ! 新聞で見た時にゃ驚いたね。掘り当てた奴はもっと驚いただろうがよ」
一呼吸を挟んでから、「で、カオスライトだが」とデュランは続けた。「そもそもが或る程度の大きさで発掘されることが殆どだから、一カラットのカオスライトっつーのはまずまず存在しねえ。俺も今のところ取り扱ったこたねえが、仮に一カラットのカオスライトってモンがあったとして、そいつが市場に出たとする」
幾らかの沈黙を、デュランはハレたちに与えた。それは多分、想像を膨らませる為の時間だった。ダイヤモンドが十から十五万ベイなのだ。住む場所や物価にも当然よるが、十万ベイという金額はそれだけで、一ヶ月くらいなら不自由のない生活が送れる程度のものではある。デュランがここまで話を盛り上げている以上、カオスライトの価値は恐らく、それよりは上ということになるだろう。然し、一粒の石に十万の値が付く世界の価値観というものは、日頃自分たちが身を置く環境の感覚とはあまりにもかけ離れており、ハレには最早、それを想像することすらも出来なかった。
「十万だ」と、デュランは沈黙を破って言った。
十万。ハレはその言葉を、頭の中で反芻してみる。勿論石の一粒にかけるには途方もない金額ではある。が、ハレはそれほど大きな衝撃を受けはしなかった。もっととんでもない金額が飛び出してくるものと、ハレは何となく思っていたからである。「……そんなもん?」とハレは思わず聞き返した。「ふん」とデュランは鼻で笑う。
「言っただろ? 一カラットのカオスライトなんてモンはそもそもこの世に存在しねえ。カオスライトは小さくとも十五カラット、上を言うなら六〇〇カラットを超える大物が発掘されたこともある! あんまりデカいものは取引の相場を破壊しかねないんで、市場に卸すことはしねえがよ。並のカオスライトは、大体十五カラットから五十カラットほどの大きさで発掘される。こいつらの取引額が、カオスライトの基本的な相場ってことになるわけだ! 実際には、ほんの小さい十五カラットのカオスライトでも――」
一拍の間を設けた後で、デュランは続きを引き取った。「百万ベイはくだらねえ」
デュランの言葉に、ハレは今度こそ言葉を失って息を飲んだ。単純にその金額への驚きと、自分たちがそれを手に入れることに対しての絶望感とでも言うべきものが、ハレの中には巻き起こっていた。
旅の中に身を置くハレたちには、そのような大金を用意する術は勿論ない。言葉による説得も、デュランを前にしては意味を持たないであろうことはハレにも分かった。彼を納得させるのは言葉でもないし、態度や行動でもない。金銭だ。そしてその事実は、デュランが冷たい人間であるということを意味しているわけでもなかった。
今まで自分たちは、周りの人々の助けに頼りすぎていたのだ。シンやドボロ、ルチカに始まり、クリス、ピエトロ、ヨーク、そしてバーンズとジャンヌ。或る部分に於いてはギブアンドテイクの関係であったとはいえ、彼らの多くはハレたちの頼みを、凡そ躊躇うこともなく受け入れてくれていた。どちらかといえば、それらの人々が優しすぎたのだ。そして自分たちは、その優しさに甘えすぎていた。今この瞬間、ここにいる自分たちに、そのツケは回ってきたのだろうとハレは省みた。
無言で唇を噛むハレを尻目に、デュランは椅子から立ち上がると「道具なら貸してやる!」と怒鳴るように言った。
「欲しいモンならテメーの意志と、その手で掴み取りやがれ。それがここのルールだ! ここはよ、坊主。一攫千金、イカれた博打打ちどもの集落だぜ。それが嫌なら、今すぐここを出ていきな!!」
そう言い切ると、デュランは家屋の玄関に向かって足早に歩き出した。このまま黙って彼を見送るわけには、ハレにはいかなかった。
自分たちには(とりわけ自分には)プリマギアを目覚めさせ、ノアを助けるという使命がある。その為にはカオスライトが必要だ。これ以上、ノアを孤独で脆弱な世界に置いておくことは、ハレの中のあらゆる感情が許さなかった。バーンズもジャンヌも、自分たちに協力してくれている。こんなところで諦めては、自分たちを応援してくれている人々や、ここまで付いてきてくれた仲間たちの意志を、自分は無駄にすることになる。然し――。
「頼む! この通りだ!」
地に膝をつき、この家の床に額をこすることの他には、ハレにはもう出来ることがなかった。そのようなことでデュランが首を縦には振らないことは、多分ハレにも分かっていた。当然、ハレにはプライドもある。然し、一パーセントでも彼を頷かせる可能性があるのなら、そこに賭けずに行動を起こさないことのほうが、ハレのプライドは許さなかった。
「仲間の命が懸かってるんだ……!! 頼む……!」
但し、それで現実が理想に転じるというわけでは勿論ない。玄関へと急ぐ足を止め、地に伏すハレを振り返って一瞥をくれると、ふん、と鼻で笑ってから、「命が懸かってる? 上等だ」とデュランは嘲るように言った。
「いいか、坊主! この集落じゃどいつもこいつもが、テメーの魂張ってここに居やがんだ! このナボネブラが形になる前に、志半ばで死んでった奴だって大勢いる! 俺たちはそうやってこの場所まで辿り着いた! そうやってこの集落を作り上げてきた!! ここの奴らはな、……みんな仲間の死体の上に立ってんだよ」
強い意志と意味を持ったデュランの言葉を前にして、やはりハレには、黙するほかにはなくなった。その発言は事実なのだろうし、それを言い負かしてまでカオスライトを手に入れる気にも、ハレはならなかった。そしてそもそも、デュランを言い負かすことの出来る言葉など、初めからハレの手元にはなかったのだ。
玄関から見て右手側、二階へと上がる階段に向かって、「チコ! 居るか!」とデュランは呼びかける。「はーい」という返答に被せるような形で、デュランは続けた。「客を案内してやれ! 道具小屋と地脈穴と、しばらく滞在するつもりなら東の端にある空き家を使うように言っとけ!! 俺は仕事を片付けてくる」
デュランが家を出て行って間もなくして、チコは二階から降りてきてハレたちの前に姿を現した。上下がつなぎになったカーキ色の作業着に、彼女はその身を包んでいた。肌は父親に似て黒っぽい褐色で、顔立ちは凛としている。眉毛の形がかなりはっきりとしているのが特徴的だった。やはり血縁ということもあってか、無表情な時の顔の造りに関しては、ハレたちの脳裏にジャンヌを思い起こさせるものもあった。
「お客さんなんていつ以来だろう。こんなところに来るなんて、あなたたち相当変わっているね」と、開口一番チコは言った。
デュランに言われた通り、チコは始めにハレたちを、『道具小屋』なる建物へと案内した。外は既に暗くなり始めており、チコは道中、集落中の松明に火を灯して回った。年齢にしては落ち着いた言葉遣いと振舞いを、彼女はしており、火の扱いについても手馴れているようで、穏やかな所作に終始した。
「ここが道具小屋。そのままだけど、採掘作業に使う道具が一式揃ってる。余分はあるし、手入れは係の人間が交代でやってるから、そのまま使えるはずだよ。今の時期なら採掘は、朝の八時から夕方十八時までなら好きなように行っていい。但し、使った道具は十八時までには必ず道具小屋の、元あった場所に戻しておくこと。持ち出す時と戻す時、入り口のボードに記名とチェックをつけること」
道具小屋の中は割に広々としており、室内には作業道具の数々が、箱に詰められたり、壁から吊るされたりして並んでいた。中にはバーンズが仕事で使うものと同じような種類の道具もある。その種類と量の豊富さに対して、細部にまで手入れの行き届いていることに、バーンズは驚いた。
道具小屋の説明を終えたチコは、次いで「採掘場を案内する」とハレたちに告げて小屋を出た。ハレたちが連れていかれたのは、集落の入り口にあった白い岩肌を持つ丘だった。丘の下からでは分からなかったが、その上へと登ったハレたちは、丘の上部凡そ中心から、地下へと潜る大穴が空いていたことを知ることとなる。大穴の口は直径五メートルほどの円状で、内部は複数の小さなランタンによって明るく照らされていた。内壁に沿って掛けられたロープの梯子を伝って、ハレたちはこの縦穴へと足を踏み入れた。
穴の内部は外見と同様、白い岩の壁で覆われており、壁からは結晶化した半透明の石が、幾百幾千と突き出ていた。青、赤、黄、緑、紫。大きいものから小さいものまで、種類、大きさ共に豊富であり、ランタンの光を反射して輝く結晶石の数々は、一様に美しかった。
「なあチコ」とハレは自身の真下で梯子を下るチコへと呼びかける。「これってもしかして、全部……」
「うん、全部宝石だよ」チコは何でもなさそうに、そう言って頷いた。「数百種類の宝石が、この採掘場では日々生成され、採掘される。それがここ――『ミカーレ地脈穴』」
慣れた足取りで梯子を下りながら、チコはこの大穴について、淡々とした口調で解説をしてくれた。結論から言うに、ここがハレたちの探し求めた地脈の収束地点、まさにその場所であった。
「宝脈とか、地脈の収束地点とか、色んな呼び名があるけど、あたしたちはここをミカーレ地脈穴って呼んでる。ミカーレっていうのは、この地に残る古い言葉で『天の穴』という意味。でも古人の史跡に残された文脈の中では、同じくミカーレという言葉が、『夜空の星』という意味を持っていることもある。古人は星の光のことを、空に開いた穴だと思っていたのかも知れないってお父さんは言ってた。そして彼らはこの穴倉のことも、同様にミカーレと呼んでいた。その理由は、これを見れば分かるでしょ。……よっと」
そこまで言って梯子を下り切ったチコは、目の前に広がる光景を、ハレたちに手で指し示して見せた。「ほら」順々に梯子を下りてきた四人は、その手が指し示す先の場景へと、それぞれ視線を向ける。
「おいおい、嘘だろ……」とハレが呟くと、「綺麗……」とノアが続いた。トーマとバーンズも同様に、驚きと感銘に思わず声を漏らす。ハレたちの眼前には、やはり白い岩肌を持つ、高低差に富んだ巨大な空洞が広がっており、その壁や天井には無数の結晶石が輝いていた。弓なりになった空洞の天井は高く、ランタンの灯りは僅かにしか届いていない。その灯りを反射して光る結晶石群の壮観たるや、まさに星空そのものであり、古人がこの場所を『夜空の星』と形容するのも頷けると、ハレたちに思わせるようなものであった。
空洞の中ではあちらこちらで、チコと同じようなつなぎの作業着を着た男たちが、採掘作業に勤しんでいた。地上でも聞いた採掘音はここから鳴っていたのか、とハレは納得する。「確かにすごい」とトーマは頷きながら、チコへと視線を向けて言った。
「が、ちょっと待ってくれ」
「うん、いいよ」とチコ。
「この地に残る古い言葉、と言ったよな。それに古人の史跡だって? まさかとは思うが、この場所に文明があったとでも言うのか? にわかには信じ難い」
トーマの問いに対して、「まあ、そういうことになるよね」とチコは答えた。涼しい表情を造形する顔面筋群を、彼女はピクリとも動かすことをしなかった。チコの表情は起伏に乏しかった。あの父親の血が、どういう風に突然変異を起こしたらチコのような子供が生まれてくるのか、ハレには不思議だった。チコは続ける。
「あたしは生まれてなかったから、当時のことは話に聞く限りだけど、この地脈穴を見つけた時、お父さんたちも驚いたって言ってた。地脈穴を発見出来たこと以上に、そこに人間が生活をしていた痕跡があったということに。それがいつごろの年代のものなのかは分からないけど、少なくともそこには文字の文化が確認出来た。集落の建設が終わった後、お父さんたちは取り急ぎ解読班を結成して、この古代文字の解読にあたらせた。それから十五年が経った今でも、解読は一割も終わっていない。ナボネブラには人員も知識も不足しているからね。僅かに解読出来た情報からお父さんが立てた仮説は、ここがかつては水の底ではなく、地上に聳え立つ、クラスィア大陸もう一つの火山だったのではないか、ということ。そして、史跡を遺したのは火山の火口内部に暮らす、特殊な民族だったのではないか、ということ。いずれも確証はないけどね」
チコの説明に、トーマは顎を擦りながら、納得したような、していないような表情で頷いた。地脈穴の内部を歩き回りながら、チコは引き続き、この洞穴での採掘のルールや注意点について、ハレたちに解説をしてくれた。
尚、この間も件の轟音は、やはり三十秒ほどの間隔を持って鳴り響き続けていた。それどころか、ここに来て轟音と地響きは、地上にいた時よりも更に大きな音と揺れとなって、ハレたちの足元を鳴動させている。地響きには強い揺れの前に、兆候とでも言うべき微かな振動があった為、ハレたちはそのタイミングを或る程度は予測して、転ばぬように身構えることが出来た。然し逆に言えば、身構えなければ転んでしまいそうになるほどの振動が、ハレたちを襲っているということにもなる。そんな状況下でも平然と採掘を続ける作業員たちや、落ち着いた口調で説明をするチコの姿は、或る意味では異常な存在として、ハレたちの目には映った。彼女たちにとってはそれが日常茶飯事の出来事なのか、或いは初めから、彼女たちにはそれを感じられていないみたいにだ。勿論、後者である道理というものは、基本的にはない。もし仮にそんなものがあるのならば、それは轟音と地響きも霞むほどの異常事態だ。集団催眠や集団幻覚の可能性を、ハレたちは疑わなくてはならなくなってくる(彼女たちか、或いは自分たちの)。
然しながら幸か不幸か、バーンズの質問によってそれらの可能性は閉じられた。チコによる一通りの説明が落ち着いたところで、「なあ、一つ聞いてもいいか?」とバーンズは切り出した。
「うん、いいよ」とチコ。
「多分、チコを含むここの住人達には当たり前のことなんだと思うんだが」とバーンズが言ったところで丁度良く、洞穴内を件の地響きが揺るがした。例によって、靴の裏を岩の地面に貼り付けるみたいに踏ん張って、揺れが収まるのを待ってから、バーンズは人差し指を天へと突き立てて問うた。
「この、世界が終わるみたいな音はなんなんだ? チコたちは普段から、こんな轟音と振動の中で生活しているのか?」
バーンズの質問に対し、「ああ~」とチコは顎を押さえながら、か細い首を曲げて地脈穴の天井を仰いだ。感嘆詞らしい響きを持ったその言葉には、『バーンズに尋ねられて初めて、それが客人に対しては説明すべき事柄だった』という気付きの意味が含められていた。それから少しの沈黙があった。カードゲームのプレイヤーが、複数枚ある手札からどれを切るかを吟味するような(それはハレの苦手とする種類の沈黙だった)。難しい表情をして、チコはしばらく虚空を見つめた後、バーンズを向き直ると言った。
「あたしたちは普段から、こんな轟音と振動の中で生活をしている。この、世界が終わるみたいな音が何なのかは、……あたしにはちょっと言えないかな」




