↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
エンデラの森の黒き魔女  作者: 暫定とは
四章『混沌』
PR
40/77

40

 「シンの仲間で、リリの父親のバーンズだ。よろしく頼む」そう言って、バーンズはごつごつとした左手をハレへと差し出した。「ハレだ。よろしく!」と、ハレはバーンズの手を握り返す。

 ハレたちがここ、鉱山の街・ルドニークへと辿り着いたのは、クラスィア大陸に上陸してから八日目の、十五時頃のことであった。赤土の地面からは湧き上がるような灼熱が、ハレたちの身体を焼いている。嫌になるくらいに青い空には、太陽がギラギラと燃え滾(たぎ)っていた。

 「鉱山長のジャンヌという女性を当たってもらえれば、バーンズまで案内してくれることになっている」とシンは言っていた。街行く人々にジャンヌの居所を訪ねながら、ハレたちは街の奥の方へと歩みを進めていった。

 世界最大の活火山としてその名を世に馳せるルドニ火山は、内部に豊潤な鉱脈(こうみゃく)を持つことでも有名な鉱山だった。この鉱山を中心に栄えたのがルドニークの街であり、街はルドニ火山の中腹に現れる、大きく開けた平坦な地形を中心に、山の斜面にまで及んでいる。

 硬い赤土の地面に立ち並ぶ、木造の民家や工場らしき建築。その煙突から噴出され、もくもくと空を昇っていく白煙の大群。階段状に削られた山の斜面には、坑道と見られるトンネル状の穴が無数に空けられており、各坑道は街全体に敷き詰められたトロッコのレールによって繋がっていた。街を行く人々はその多くが、褐色の肌をした屈強な男性で、殆どが頭に白いタオルを巻いている。駆け回って遊ぶ子供や、買い物に出かける女性の姿は少数だった。トロッコの走行音や、土の壁を削っているのであろう掘削音、鉱山作業員と見られる男たちの、怒鳴り声にも似た会話の応酬で、街は大変に騒がしかった。

「暑い! 暑すぎる!」

 体中の汗腺から大量の汗を吹き出しながら、うんざりとした面持ちでハレは言った。眼鏡のブリッジをくい、と指で押さえながら、トーマが答える。「赤道近くでただでさえ高い気温が、火山からの熱気で更に底上げされるんだそうだ。むやみに大声を出して体力を消耗すると、日が暮れるまで持たないぞ」

「なんでもねーみたいに言いやがって……。そういうお前は暑くねーのかよ! トーマ!」

 後ろを歩くトーマを、振り返らずにハレは言った。「いや」とトーマは襟元を広げてパタパタと扇ぎながら、消え入りそうな声でそれに答えた。

「……暑くて死にそうだ」


 ハレたちがジャンヌの住まいに辿り着いた時、家の前で一組の男女が話をしていた。男性のほうも女性のほうも、高身長でスタイルが良く、また筋肉質であった。二人は共に褐色の肌を持っており、髪と瞳は共に黒い。男性は学生ランダを思わせる、白い長裾の上衣を腕をまくって着用しており、女性はぴっちりとした黒いタンクトップと、作業着風の青みがかった鼠色の下衣を着用していた。結論から言うに、彼らがハレたちの探している、バーンズとジャンヌであった。

 バーンズもジャンヌも、とてもではないが優し気な顔立ちをしているとは言い難い。寧ろその逆で、二人の顔は見る者に、どちらかというと「怖そうだ」とか「怒らせてはいけない」、或いは「触らぬ神に祟りなし」という言葉を思い起こさせる。そんな二人が揃い踏みして、目的地である家屋の入り口を塞いでいるのだ。気さくに話しかけることは、ハレにすら躊躇われた。

 一分ほど、ハレは遠巻きに二人の動向を観察した。そして彼らがしばらくはそこを動くつもりがないということを推知すると、気持ちを奮い立たせるべく、自らの頬を両の掌でパシパシと叩いてから、ハレは恐る恐る二人へと近付き、そっと話しかけた。「あのー……、失礼。この家のジャンヌって人に用があるんだけど」

 怪しむように細めた目を、ジャンヌはハレへと向けて答える。ギロリ、という擬音が実際に鳴るとしたら、それは今だろうとハレは思う。「ジャンヌはあたしだよ。あたしの顔が分からないなんて、アンタたち他所(よそ)もんだね」

 勘弁してくれ、とでも言いたげな表情を浮かべながら、ハレはブルブルと身を震わせる。「ウヒョー、想像の百倍くらいヤンキーだぜ。ジャンヌさん」

 「何の話だい、坊や」とジャンヌ。何かに気付いたようにバーンズへと目をやると、「ああ、バーンズさん、アンタの客か」と納得したように彼女は言った。

 当のバーンズはと言うと、シンやルチカがそうしたのと同じように、彼はハレの顔を視認すると驚いたように目を見張って、一度は硬直した。数秒を以て事態を把握し、納得の表情を浮かべると、然しハレの後ろに立っていたバロンの姿を見つけるなり、バーンズは再び固まった。蛇の髪を持つ魔女に睨まれたみたいにだ。出ない言葉を絞り出すように、彼は言った。

「バロン……、本当にバロンなのか……?」

 「ばーンず、久しぶリ」とバロンは何食わぬ顔で答える。感慨深そうに一秒間、バーンズは強く瞼を閉じると、再び開いた黒の眼(まなこ)にバロンの姿を映して、「よく還ってくれた」と微かに震える声で言った。その言葉と声は、ミドとバロンがバーンズにとっても、失い難い存在であったことをハレたちに物語っているようでもあった。

 「ということは、お前たちが」と、バーンズは今度はハレたち三人へと、順々に視線を向ける。「ハレにトーマ、それにノアだな」

 ここで、会話は冒頭の台詞へと戻る。「シンから話は聞いている。シンの仲間で、リリの父親のバーンズだ。よろしく頼む」


 お互いに簡単な自己紹介を済ませたハレたちは、ジャンヌの家へと招き入れられ、早々にカオスライトについての説明を受けることとなった。気温という観点のみに関して言えば、部屋の中は外よりも幾らかは涼しかった。一方で、屋内で滞留し醸成された空気は、どんよりと籠っている感もある。

 木製のベンチに腰を掛けながら、「本で読んだことはありますが、こんなに大規模な鉱山があるとは知りませんでした」とトーマは言った。「この鉱山の中に、カオスライトは眠っている――そういうことですよね」

 申し訳のなさそうに首を振るって、「残念ながら違うんだ」とバーンズは答えた。その続きを引き取る形で、ジャンヌが説明を開始した。男声とも取れるようなハスキーな低音を、ジャンヌの声はしていた。

「クラスィア大陸の大地には、『地脈』と呼ばれる膨大なエネルギーの流れがある。火山の持つ熱のエネルギーと、火の大精霊サラマンダーの力が合わさって出来た、フォルスの流れの変化形、みたいなもんだね。地脈はこのルドニ火山より生まれ、クラスィア大陸の全土にエネルギーを運んでいる。流れが飽和して溢れ出たエネルギーの結晶みたいなもんが、ルドニ火山の内部に於いては、鉱脈という形で具現化しているってわけさ」

 説明の内容を理解出来ているか確かめるように、ジャンヌはハレたちへと目配せをした。ハレたちは頷き返す。

「地脈のエネルギーの大部分は、火と土のフォルスによって構成されている。これらのフォルスから生成されるのは、鉱物――つまり金や銀なんかが主だ。だからルドニの鉱脈からは、基本的には鉱物の類しか出現しない。宝石が出るのは極稀だね。カオスライトみたいな激レアは、少なくともあたしは見たことも聞いたこともない。この先の未来に於いても、恐らくそれは同じだろうよ」

 「それじゃあ」とハレが口を挟む。「カオスライトは一体どこにあるってんだ? ジャンヌさんよ、俺たちゃ茹でダコになる為に、砂漠を越えてきたわけじゃねーんだぜ?」

 「失礼だろ」トーマがハレの後頭部を叩く。「あだッ!」とハレは頭を押さえて表情を歪ませた。「言葉を弁えろ」とトーマが言うと、バーンズとノアがクスリと笑った。

 「話は最後まで聞くもんだよ、坊や」とジャンヌ。咳払いを挟むと、彼女は続けた。「火山より生まれし地脈のエネルギーは、クラスィアの大地を巡りに巡って、或る地点へと収束する。収束したエネルギーは再び地下深くの回廊を通ってルドニの山へと還ってくるわけだけど、それはまた別の話。今回の話で重要なのは、この収束地点だ。地脈は始め、火や土のフォルスをその主成分としているが、クラスィア大陸のあちこちを回るうちに、水や風のフォルスをもその流れの中に取り込んでいる。再び火山へと戻ってくる前に、地脈はこの収束地点で、余分なエネルギーを削ぎ落していくのさ。地脈は、エネルギーの濾過装置のような役割も果たしている。収束地点まで残っているような連中は、とびきりに純度の高い特別仕様のフォルスってわけ。でも地脈からしてみればそんなことには何の意味もない。地脈が火山へと持ち帰るべきは火や土のフォルスだけだからね。出発地点のルドニ火山にすら、巨大な鉱脈を生み出すほどのエネルギー群だ。収束地点で純度の高まったフォルスが、まとめて打ち捨てられた時、そこにどんな光景が生まれると思う?」

 分厚い唇の口角を上げて、ニヒルな笑みをジャンヌは浮かべた。これだから旅はやめられない、とハレは思う。

 『純度の高いフォルスの流れが鉱物や宝石を生む』、というのは、このアシリアに於いては周知の事実だ。実際に、そのようなフォルススポットの付近には、宝石の採掘で栄える街や、採掘場などの景観の良さを売りにする観光スポットなども複数存在するという。

 そのような話を本で読んだり、耳にすることはあったものの、それを自分の目で実際に見たことは、ハレにはなかった。そして、ジャンヌの話が誇張でなければこの『収束地点』とやらは、どうやらそういったものの中でも最上級の部類に含まれるらしい。期待に胸を膨らませずには、ハレにはいられなくなった。ジャンヌは続ける。

「収束地点――『宝脈(ほうみゃく)』と呼ばれることもあるが、これは或る集落によって管理されている。集落はクラスィア大陸の北側、砂漠の向こうの湿林(しつりん)地帯の中にある。内容が内容なだけに、基本的には集落や宝脈の存在は、一般には隠匿されていて知られることはない。情報が公開されりゃ、一攫千金を狙う金の亡者どもが集まってきて、争いにも発展しかねないからね。アンタたちもこの話を、何処かに漏らしたりはするんじゃないよ。バーンズさんからの頼みじゃなけりゃ、あたしも易々と喋っちゃいない」

 そう言いながら、ジャンヌはバーンズへと目をやった。首だけの軽い辞儀でバーンズが答える。本の終わりに注釈を付け加えるみたいに、ジャンヌは言った。「カオスライトがそこから取れるという確証はない。ただ、そんな伝説じみた宝石が本当に存在するのなら、原産地はこの宝脈以外には有り得ないと思う。それが、曲がりなりにも三十年弱、鉱山業に身を置いて土を掘ってきたあたしの見解だよ。行ってみる価値は十分にあると思う」

 ジャンヌの話には、或る程度の信憑性があった。それに加えて自分たちは、今のところ彼女の話以上に有力な情報を持ってはいない。カオスライトの有無が定かではなかったとしても、ひとまずその場所には行ってみるべきだとハレは考えた。何よりも、自身の脳裏に思い描かれた、色とりどりの宝石の山への並々ならぬ関心を、簡単に消し去ることはハレには出来そうにもなかった。

 トーマとノアの二人へと、ハレは目配せをする。『行ってみよう』という共通の意志を確認し合うように、三人はお互いに頷き合った。次いで、ジャンヌへと視線を向けたノアが不思議そうに、そして興味深そうに首を傾げて次のように尋ねた。

「ですが、そのような機密性の高い情報を、どうしてジャンヌさんは持っていらっしゃるのですか? やはり、鉱山を治める長としての役割に就いていることと、何か関係があるのでしょうか?」

 ノアの問いに、ジャンヌは「あはは」と乾いた笑いを零した。そこには何かしらの(どちらかというと憂うべき)事情がありそうだった。両手を腰に当ててニッコリと微笑むと、「そう! 鉱山長たる者、極秘情報の一つや二つ、常に懐に備えておくべし、ってね」とジャンヌは明るく言った。一拍の間を設けたかと思えば、一転して悩ましい表情をその顔に浮かべて、彼女は続ける。「というのはあたしの願望として」

 聞けば、ジャンヌには今では唯一の肉親となった、二つ年下の弟が一人いるのだという。弟の名はデュラン。本来であれば今頃は、長であるジャンヌの補佐として、デュランはこの鉱山で手腕を振るっているはずだった。まだ十代だった或る日、まさに一攫千金を夢見て彼はルドニークの街を飛び出し、その数年後、それまでは正確な場所が分かっていなかった地脈の収束地点を見事に探し当て、夢を叶えてしまったのだとか。仲間と共に収束地点を管理する集落を興し、早二十年ほど。彼は今では、その集落のリーダーを務めているという。

「親の死に目にも会わなかった、馬鹿で恩知らずな弟だけどね、最近は数年に一度は顔を見せて、近況を報告してくれている。宝脈を掘り当ててからは、地道に勉強もしたみたいでね。今や宝石類なんかについては、認めたくはないけどあたしよりあいつのほうが詳しいくらいだ。カオスライトについても、何か知っているかもしれない」

 説明を終えたジャンヌは、確認をするようにバーンズへと問う。「集落への案内は、バーンズさん、アンタがやってくれるってことで良かったね?」

 バーンズは頷いて答える。「まずはジャンヌさん、改めて情報提供に感謝する」

 次いでハレたちへと視線を移しながら、「クラスィアの北側は俺にとっても初めての土地だ」とバーンズは続けた。「案内と言えるほどのことが出来るかどうかは分からないが、収束地点のある集落まで、責任を持ってお前たちを送り届けよう。シンが言うには俺たちのほうも、どうやら三人には世話になっているみたいだしな」

 威厳のある低い声を、バーンズはしていた。喋りや立ち振る舞いについても厳格な雰囲気を彼は持っており、実年齢よりも幾らか高い印象を、ハレたちには抱かせた。

 「世話なんてそんな」とトーマ。「俺たちのほうこそ、皆さんにはお世話になりっぱなしで。ありがたい限りです。よろしくお願いします、バーンズさん」


 ハレたちはこの日、ジャンヌの家に滞在していたバーンズと共に、この家の一部屋を借りて夜を過ごすこととなった。ハレたち三人が寝静まった深夜、再びここから旅立つバーンズへの餞別として、ジャンヌはルドニークの地酒を振舞っていた。

 「前回に引き続き、色々と世話をかけて済まない。礼を言う」左手に持った、濃い赤紫のワインが注がれたグラスを傾けながら、バーンズは言った。「それはあたしだって同じだよ」ジャンヌが答える。「アンタたちがサラマンダーを目覚めさせてくれてから、鉱物の出も良くなったんだ。取るべきもんが取れるか取れないかが、この街とあたしたちにとっちゃ死活問題だからね。出来る限りの協力はするさ」

 「ありがとう」バーンズは微笑みながら返事をした。

 二人は見た目通りの酒豪だった。二時半を回った現在でも、バーンズとジャンヌは共に呂律も意識もはっきりとしている。自分の肉体が、どのような種類の、そしてどの程度の量のアルコールを欲しているのかということを、二人は熟知していた。

「四年前かい? アンタが子供三人連れで、初めてここに来た時も驚いたけどさ。今度は一人で来たと思ったら、出ていく時にはまた三人連れとはね。これも何かの縁かねえ」

 冗談交じりに笑いながら、ソファに腰掛けたジャンヌはそう言った。細まった彼女の目は少しだけ眠たそうに見える。窓際で風に当てられながら、バーンズは静かな声色でそれに答えた。

「縁かどうかは分からないが――」

 四年前、自分たちの前に立ちはだかった一人の男とその支持者たち。彼らと自分たちが相見(あいまみ)えることになったのは全くの偶然ではあったものの、その関係性はまるで、運命の悪戯とでも形容すべきものであった。男はそんな双方の関係を、『宿命』と呼んでいた。言い換えればそれは『縁』ということにもなる。旅が終わった時、宿命(或いは縁)による繋がりも同様に終わったのだと、バーンズは思っていた。

「確かに言えることがあるとするのなら、それは」

 本来付け加えるべき幾つかの言葉の、その殆どをバーンズは省略した。今夜の空はよく晴れ渡っている。いつ誰が何処でどのような意図を持って、聞き耳を立てているかなど分からないのだ。語る必要のない情報は、口には出さずに秘めておくほうがいい。取り分け静かで雲一つない、こんな夜には。

「俺たちにはまだ、やるべきことが残っていたということだ」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。