↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
4/5

第四話 兎耳の兜

 兎耳を付ける。


 兜に。


 ……。


 レオノーラは、作業台の上に置かれた黒鉄の兜を見つめていた。その左右には、細長い金属板が二枚、仮止めされている。星うさぎの耳を模したものである。


 もちろん、原典の意匠をそのまま再現することはできない。あの柔らかく優美な耳を、無骨な黒鉄の兜へ取り付けるのだ。


 実戦では、突出した装飾が敵に掴まれる危険もある。そこでレオノーラは、一定以上の力が加われば耳だけが脱落する構造を考案した。重量も極力抑えた。視界への影響もない。


 実用上の問題は、ほぼ解消できた。


 ……。


 解消できたのだ。


 レオノーラは、完成した兜を手に取った。


 兎耳は、頭頂から左右へ向かって伸びている。


 どう見ても、兎耳である。


 ……。


 彼女は、兜をゆっくりと回した。


 やはり、原典の頭飾りとは似ても似つかない。金属板で作った耳など、あの柔らかな曲線を再現するには限界がある。


 しかし。


 この先端の、わずかに内側へ垂れた形状。


 元となったあの星うさぎの耳の、なんとも言えぬ愛らしさを思い起こさせる。


 ……。


 ……いや、今考えるべきはそこではない。


 兜だぞ。


 それも鬼の猛女隊長と恐れられる私の兜だ。


 その兜に私は、いったい何を付けているのだ。


 レオノーラは、兜を被って姿見の前に立った。


 黒鉄の重甲冑。桃色の胸飾り。そして、頭頂から伸びる二本の兎耳。


 ……。


 彼女の脳裏に、いつもの訓練場が浮かんだ。


『貴様ァ! そのクソみたいなうさぎ耳は何だ!!!』


 ……うっ。


 今度は、声だけではなかった。


 腕を組み、仁王立ちし、憤怒の形相でこちらを睨みつける自分の姿が、はっきりと見える。


『貴様は兎か!? それとも騎士か!!!』


 ……。


『何だその耳は! 敵に自分の頭の位置でも教えてやるつもりか!!!』


 ……。


『そもそも貴様ァ! 兜に耳を生やす暇があったら剣の一本でも磨かんか!!!』


 ……。


 レオノーラは、無言のまま鏡を見つめていた。


 想像上の自分は、実に生き生きとしている。怒鳴る際の顔の皺。唾を飛ばさんばかりの勢い。相手の装備の欠点を、瞬時に見抜いて罵倒するあの手際。


 どれも、あまりにも自分らしかった。


 ……。


 しかし、その直後、いつもの言葉がよみがえる。


『いいか!! 貴様らに必要なのは、立派に見える装備ではない! 生き残るための装備だ! わかったか!!!』


 ……。


 レオノーラは目を閉じた。


 兎耳を取り付けることで、祝福の効果は確かに向上している。剣を握る力も、身体の反応速度も、鎧の強度も。すべてが向上する。


 ならば、これを外すことは、戦闘能力を自ら低下させることに等しい。


 ……。


 理屈は明白である。何ひとつ、間違っていない。


 ……。


 レオノーラは兜を脱いだ。そして、兎耳を固定している留め具に手を伸ばした。


 ……。


 その手が止まる。


 ……。


 しばらくして、彼女は留め具をしっかりと締め直した。


*


 翌朝。


 副官セルマは、隊長の姿を見て足を止めた。


「……隊長」


「何だ」


「その兜は……」


「……」


 セルマは、兜を見つめた。


 黒鉄の重甲冑。桃色の胸飾り。そして、兎耳。


 ……。


「……」


「……」


 長い沈黙が流れた。


 やがてセルマは、静かに視線を戻した。


「……本日の訓練予定について、ご報告いたします」


「……うむ」


 レオノーラは頷いた。それ以上、何も言わなかった。


*


 そして、その兎耳の兜は、実戦において驚くべき効果を発揮した。


 以前にも増して鋭く振るわれる大剣。重甲冑をまとっているとは思えぬ俊敏な動き。通常ならば致命傷となる一撃を受けても、傷一つ付かぬ鎧。


 魔王軍の兵士たちは、兎耳を生やした黒鉄の巨人が戦場を駆け抜ける姿に、恐怖した。


 もっとも、恐怖した理由が兎耳そのものにあったかどうかは定かではない。


 ともかく、レオノーラの戦果はさらに向上した。


 そして、しばらくの間、事態は順調に推移した。


 だが、魔王軍もまた、無能ではなかった。


 レオノーラとの正面衝突を避け、各地へ戦線を広げるようになったのである。彼女の重装騎士隊が勝利を重ねる一方で、王国軍全体は徐々に劣勢へ追い込まれていった。


 そして、ある日のこと。レオノーラは、魔王軍の有力な将と遭遇した。


 その魔族は、それまで彼女が戦ってきた敵とは一線を画していた。巨大な戦斧を軽々と振るい、分厚い鎧を打ち砕くほどの怪力を持っていた。


 レオノーラは激戦の末、これを討ち取った。


 勝利である。無敗の戦歴は、また一つ積み重ねられた。


 しかし、戦闘を終えた彼女の胸には、ある確信が生まれていた。


 危うかった。


 兎耳の強化がなければ、あの一撃を防ぎ切れなかったかもしれない。


 そして、あの魔族は、魔王軍の最高戦力ではない。その上に、魔王がいる。伝え聞く魔王の力は、今回討ち取った敵将をはるかに凌ぐという。


 現在の装備では、到底及ばないだろう。


*


 その日の夕刻、王都から緊急の使者が到着した。


 魔王自らが大軍を率い、王都へ向けて進軍を開始したという。


 レオノーラは、報告を聞き終えた。そして、静かに目を閉じた。


 現在の装備では、勝てない。


 これまで積み重ねてきた改良では、まだ足りない。


 ……。


 だが。


 さらに強くなる方法を、彼女は知っている。


 ……。


 知っているのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。