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番に捨てられた少女を、幼馴染は逃がさない  作者: 崎子


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3

シオンの家に泊まった翌日、私は気分転換を兼ねて散歩に出ることにした。


「リゼット、本当に大丈夫? 疲れたら言ってよ。すぐに帰るからね?」


「大丈夫よ。外の空気を吸いたい気分なの」


シオンと二人で、いつもの商店街へと出向いた。

通りには、焼きたてのパンや、仕込み中の料理の香りが漂い、街行く人々の食欲をそそっていた。

いつもなら心が浮き立つような光景も、今は気分が晴れない。

それでも、日常の風景の中をシオンと並んで歩いていると、少しだけ前向きな気持ちになれた。


「あ、新しいお店ができてるわ。可愛い外観ね」


「焼き菓子のお店だよ。オーナーが西国で学んだレシピなんだってさ」


店のガラス越しに、色とりどりのお菓子が並んでいるのが見えた。


「色が綺麗で美味しそうね」


「マカロンだよ。少し、中をのぞいてみようか?」


彼が微笑み、私も笑顔で頷いた。その時だった。


「……リゼット?」


聞き覚えのある声に、身体が凍りつく。

振り返ると、眉間に皺を寄せたグレアムが立っていた。

その隣には、赤い髪の美しい女性が腕を絡めている。二人は恋人同士であることを見せつけるかのように、身体を寄せ合っていた。

グレアムの金色の瞳が私を捉え、そのまま隣に立つシオンへと滑った。


「俺の前に二度と姿を見せるなと、言ったはずだ!」


「偶然です。私はただ、散歩に来ただけです」


「偽物の分際で、見苦しいとは思わないのか」


「そんな……」


「まさか、パルミナに危害を加えるつもりではないだろうな!」


私を睨みつけながら、グレアムが一歩前に出る。

そこへ、シオンが私を隠すようにして間に立った。


「ただの偶然ですよ。リゼットも、そう言っているではありませんか」


それでも睨み続けるグレアムに、赤髪の女性がしなだれかかりながら声をかけた。


「グレアム様が守ってくださるから、私は大丈夫ですわ」


そう言ってから、彼女は私に微笑みかけた。


「リゼットさん、でしたか? 私はパルミナ、グレアム様の番(つがい)です。お辛いかとは思いますが、グレアム様のことは、もうお諦めください。私たちの絆は、誰にも崩せませんわ」


「……分かっています」


「それならよいのですが」


今度は、彼女の視線がシオンへと移った。


「あなたにも、もう新しい方がいらっしゃるようですし、安心しましたわ」


シオンは私を背に庇ったまま、いつもの飄々とした笑顔で答えた。


「僕は、彼女の友人ですよ」


「そうなのですか? かなり親密そうに見えましたので……」


含みのある笑顔を見せるパルミナに、シオンは肩をすくめた。

ふと、パルミナは数回瞬きをし、改めてシオンを見つめる。


「あなた……どこかで会ったことがあるかしら……?」


「さあ? 今日みたいに、どこかで偶然、すれ違ったことがあるのかもしれませんね?」


興味がなさそうに答えるシオンに、パルミナは少し考え込むような素振りを見せた。

そんなパルミナを腕の中に抱き寄せ、グレアムは目を細めてシオンを見た。


「シオン・カブラギか。相変わらず、リゼットの周りをウロチョロしてるんだな」


「そんな言い方をしないでください……」


声が震え、涙が滲(にじ)む。

そんな私の肩を、シオンが優しく抱いた。そして、グレアムに冷えた視線を送る。


「そこまでにしてもらえますか?」


「何をっ」


「番(つがい)が誰であろうと、リゼットを傷つける理由にはなりません。僕たちに構わないでもらえますか」


「貴様……。平民風情が……」


さらに一歩、グレアムが踏み出した。その腕を、パルミナが掴む。


「もう行きましょう、グレアム様。これ以上の騒ぎは禁物ですわ」


パルミナの言葉に、グレアムの動きが止まった。

いつの間にか、街行く人々が遠巻きにして、こちらの様子を窺っていた。


「リゼット、行こう」


シオンは私に向き直ると、私の手を強く握り、そのままグレアムたちとは逆の方向へ歩き出した。

彼に引かれるようにして、私もその場を離れた。


一瞬だけ、シオンの視線がパルミナへと移る。

パルミナの胸元では、銀の鎖に繋がれた小瓶が揺れていた。

それを確認したシオンの唇の端が、わずかに持ち上がった。






それから数日が過ぎても、私は外出する気になれなかった。


グレアムには、もう私への気持ちが残っていない。その事実をはっきりと自覚したことが、思いのほか辛かった。

憎みたい気持ちもある。

けれど、ふとした瞬間に彼の眼差しや声が蘇り、恋しくてたまらなくなる。

同時に、あの冷たい声も思い出され、冷水を浴びせられたような気分になった。


グレアムを思う心に、私は少しずつ疲れていった。

心を乱されるのは、もう限界だった。

彼への気持ちに胸を締めつけられるのも、心のどこかで期待してしまうのも、もう終わりにしたい。


私の好きだったグレアムは、もういないんだ。

私だけが番の絆に囚われていても、彼はすでに別の道を歩んでいる。


それなら、番の絆なんてもういらない。


思い出も愛も、全部いらない――。




心を決めてすぐ、私はシオンを訪ねた。

彼は机の上の書類から顔を上げ、私を見つめた。


「どうしたの、リゼット?」


私は一度、深呼吸をして、シオンを真っ直ぐに見つめた。


「薬を飲みたいの」


シオンの手が止まり、手にしていたペンが机に落ちた。


「番の絆を切る薬?」


「ええ」


彼は私の真意を探るように、目を細めた。


「本当にいいんだね?」


「決心したの。もう迷わないわ」


「リゼットが決めたのなら、僕は何も言わないよ」


シオンは、強く握りしめた拳に爪が食い込んでいることにも気づかず、目の前の私を見つめていた。


「すぐに手配するよ」


「ありがとう、シオン。あなたには迷惑をかけっぱなしね、私」


困ったように笑う私に、シオンは首を横に振った。


「迷惑だなんて、思ったことはないよ」


シオンは立ち上がると、私の頭をそっと撫でた。


「君が自分の人生を取り戻せるなら、それでいいんだ。なに、アイツに会う前のリゼットに戻るだけだよ。なんの問題もないね」


そう言って、シオンは泣き笑いのような表情を浮かべながら、私の頭を撫で続けた。


「シオン、髪が乱れるわ」


「ちょっとぐらい、我慢しなよ」


シオンはくしゃりと相好を崩し、目を細めた。

そんな彼を見つめながら、脳裏に浮かんだグレアムの姿に、そっと蓋をした。

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