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「シオン! ほら、この苺飴。子供のころ、大好きだったの。懐かしいわ」
「ああ。リゼットは、それをよく食べてたよね。久しぶりに一緒に食べようか?」
休日の市街地は、晴れ渡る青空の下、多くの人で賑わっていた。
私たちは朝から街を歩き、気になった店を覗いたり、露店でお菓子を買ったりしていた。
シオンは私が足を止めるたびに、嫌な顔ひとつせず付き合ってくれた。
「噴水広場の辺りも最近来ないうちに、知らないお店が増えてるのね。あ、あの服、見たことがないデザインね。色も鮮やかで素敵だわ」
「ん? ……ああ、あれは南国の服だね。あの国は、染織技術も高いから、布地に色々な柄や模様を入れることが多いんだ」
「そうなのね。昔、シオンのおばさんに着せてもらった東国の服も、紫陽花模様の素敵なデザインだったわ。国それぞれの個性があっていいものね」
私の言葉にシオンは顎に手を添え、何やら楽しげに口元を緩ませた。
「シオン? 急に、にやけたりして、どうしたの?」
「ああ、いや。……あの時のリゼットは人形みたいに可愛かったよね。淡い水色の浴衣が、リゼットの髪色にも映えてさ……。離したくなくて連れて帰ったら、母さんに叱られて、泣く泣く家に戻したんだよね。あれも、今となっては良い思い出だね……」
「ええっ! 連れて帰るとか私、全然覚えてないわよ!」
最近のシオンは、何かと私が照れてしまうようなことを平気で口にする。
嬉しい反面、どう反応していいのかわからず、少し困ってしまう。
彼に言わせると、今まで内に秘めていた思いが溢れているだけらしい。
聞かされる私としては、恥ずかしくて仕方ない。
……嫌じゃないけれど。
その後も私たちは、気になる店に立ち寄りながら、昔の思い出話に花を咲かせた。
気づけば、太陽も少し傾き始めていた。
懐かしい街をシオンと一緒に歩けることが、何よりも嬉しかった。
思わず笑みがこぼれると、シオンが不思議そうに見てきた。そんな彼を見上げて、口を開く。
「シオンと一緒にいられて、幸せだなって思って」
そう告げると、シオンは一瞬、目を見開いた。
それから、困ったように笑った。
「……それは、僕の台詞だよ」
「え?」
「君は、自分がどれだけ僕を幸せにしていると思ってるの? ホント、わかっていないんだよね」
彼は私の手を取り、お互いの指を絡めるようにして、しっかりと握ってきた。
「今日は、ずっとこうしていたいな」
「……ええ。私も……」
お互いの顔を見合わせ、微笑みあった。
ふと、シオンが何かを確認するように、後ろを振り返った。
「何かあった?」
「いや、何でもないよ。それより、歩き疲れたんじゃない? そこのカフェで休んでいこうよ」
「それはいいわね」
それから私たちは、噴水広場に面したカフェテラスへ入った。シオンが店員に声をかけ、広場を一望できる屋外のテラス席を案内してもらう。
注文したアールグレイティーを飲みながら、仕事中にあった出来事や、これからの予定など、尽きることのない会話を楽しんでいた。
「ねえ。東国にもこういったカフェとかあるの?」
「ああ、あるよ。こことは、かなり雰囲気は違って、もっと素朴な感じだけどね。この国でも見かけるようなメニューもあれば、抹茶やあんみつといった東国独自の品もあるね」
「抹茶は飲んだことないけれど、抹茶チョコレートは好きよ」
「ああ、あれね。リゼットが美味しいって言ったから、商会で取り扱うことにしたんだ」
「また食べられるのね、嬉しい。東国は美味しい食べ物が沢山あるよね」
「そうだね。東国は、食べ物の種類も豊富でどれも美味しいよ。それに、街並みもこちらとは雰囲気が違って、趣のある良いところなんだ。……近いうちに、リゼットも一緒に行ってみない? きっと気に入ると思うよ?」
「それはいいわね! シオンと一緒に、ぜひ東国に行ってみたいわ。二人で食べ歩きも楽しそうよね」
私の言葉に耳を傾けていたシオンが、少しだけ真剣な顔になった。
「……本当に、一緒に行ってくれるの?」
「もちろん! シオンから話を聞くたびに、東国に行きたいと思っていたのよ。それに、シオンが生まれ育った場所を私も見てみたいわ」
そう答えると、アッシュグレイの瞳に熱を宿して、私をじっと見つめた。やがて、そっと私の手を握り直して言葉を紡ぐ。
「……ありがとう、リゼット。必ず、一緒に行こうね」
その声が、いつもより優しく響いた。そんな彼の手を握り返す。
この先も、こんなふうに一緒に笑い合っていたい。こんな二人だけの時間が、何よりも幸せだった。
その日の巡回は、いつもと変わらないはずだった。
グレアム・コードウェルは、同僚の騎士たちとともに商業区を巡回していた。
だが、噴水広場へ差しかかった時、彼の足が突然止まった。
「……リゼット?」
魂に染み込んでいた、優しい香りがグレアムの鼻腔に届いた。
香りの先は、広場に面したカフェテラスの屋外席。
そこに、ずっと会いたかったリゼットが座り、
楽しそうに笑っていた。
自分と恋人だった頃にも、彼女はよくあんなふうに笑っていた。
しかし、その笑顔は、自分ではない男に向けられている。
「……クソッ」
グレアムの喉から、かすかな声が漏れた。
リゼットは男——シオンを見上げていた。
シオンがリゼットの髪にそっと触れ、そのまま額に唇を寄せる。彼女は恥ずかしそうに頬を染め、幸せそうに微笑んだ。
その光景を目にした瞬間、グレアムの胸の奥で何かが音を立てて崩れた。
「触れるな……」
彼は一歩、踏み出した。
「……俺のリゼットに、……触れるな——っ!」
「おい、グレアム?」
隣にいた同僚が、怪訝そうに声をかけた。
しかし、グレアムには聞こえていなかった。
目の前の光景から、目を離せない。
彼女は、あんなにも幸せそうに笑っている。
自分がいなくても。自分ではない男の隣で。
「リゼット!」
グレアムは我を忘れ、彼女の名前を叫んでいた。彼女しか、目に入らなかった。
その異様な様子に、通りを行き交う人々が一斉に振り返る。
リゼットも声に気付いて顔を上げ、グレアムへと視線を向けた。
目が合った瞬間、グレアムは彼女の元へ駆け出そうとした。
「何をやっているんだ、グレアム!」
同僚に腕を掴まれ、行く手を阻まれる。
「離せっ! 俺の番だ、邪魔をするなっ!」
別の同僚も駆け寄り、彼の肩を押さえた。
「グレアム、正気に戻れ!」
「番がっ! 俺の番なんだ! 返せ、俺のものに触れるんじゃないっ」
彼は狂ったように叫んだ。その声に、かつての誇り高い騎士の面影はなかった。
押さえ込もうとする同僚たちの手を、乱暴に振り払う。
グレアムが自我を失ったかのようにリゼットへ向かおうとするのを、騎士たちは必死に食い止めていた。
驚いたように目を見開いたリゼットの手を、シオンが強く握りしめた。
「リゼット、大丈夫だ。僕がいる」
シオンは彼女を自分の側へ引き寄せ、グレアムとの間に立ちはだかった。
巡回の騎士たちに加え、いつの間にか街の自警団も駆けつけていた。
複数の人間に取り押さえられたグレアムは、手足に枷をかけられ、地面に膝をついていた。
それを確認したシオンが立ち上がり、リゼットの手を引く。
「行こう、リゼット。ここには長居はしない方がいい」
「え、ええ……」
「……っ!」
グレアムの顔から、血の気が引いた。
「リゼット! 待てっ!」
グレアムは枷を外そうともがきながら、なおもリゼットから目を離せないでいた。
「おい、何をしている!」
「離せ! 俺を離せと言っている!」
「グレアム、正気に戻れ!」
「番が! 俺の番を奪うな——!」
シオンはリゼットの肩を抱き寄せ、足早にその場を後にした。
二人の去っていく背中を、グレアムが目を見開いたまま、視線を外さない。
すると、シオンが肩越しに振り返った。
グレアムと目が合うと、シオンは冷たい視線で彼を射抜き、片方の口角を上げた。
——皮肉げな、いつものアイツの笑い方で。
瞬間、グレアムの絶叫が一段と激しくなり、狂ったようにもがき始めた。
その叫びは広場中に響き渡り、周囲の人々は息をひそめ、騎士の常軌を逸した姿を遠巻きに見ていた。
そして、叫び声がまだ響く中、二人の姿は人混みの中へ消えていった。
「ヴアァァァッ———!リゼット……俺の、俺の番が——ッ!」
「グレアム、いい加減にしろ!」
同僚の騎士が、彼を地面に強く押さえたまま怒鳴る。
「お前が自分で手放したんだろう!」
その言葉に、グレアムの動きが止まった。
「……違う」
グレアムは首を振った。
「俺は……そんなつもりじゃ……」
声が震え、目の前が滲んだ。
「リゼット……お願いだ……戻ってきてくれ……」
もはや抵抗する力も残っていなかった。
同僚の騎士たちは、取り乱したグレアムを抱えるようにして詰所へと連れていった。
この一件は騎士団の上層部へ報告され、グレアムの処遇についても、早急に検討されることとなった。
街中での騒動に加え、以前から問題視されていた素行も考慮された結果、王宮を守る騎士として相応しくないと判断され、グレアムは騎士の職を解かれることになった。
さらに、コードウェル伯爵家でも今回の一件は重大な問題とされ、グレアムは家から籍を抜かれることとなった。
「父上、それだけはっ! 今後は、このようなことがないよう、心を入れ替えますので……」
「グレアム、言ったはずだ。次は無いとな。お前一人の言動が、コードウェルの名を穢したのだ。お前には失望した」
こうして、グレアムは騎士の地位を失い、家族からも見放された。
そして、番さえも。
「……リゼット」
かすれた声で名前を呼んでも、もう応えてくれた彼女はいない。
グレアムは、力なく目を閉じた。
その後、屋敷を追われた彼は、行く当てもなく街を出た。
その姿がリゼットの視界に入ることは、二度となかった。
「……というわけで、騎士団を解雇され、伯爵家から籍を抜かれたそうです」
商会の執務室でリーから報告を受けると、シオンは椅子に腰かけたまま、軽く頷いた。
「概ね筋書きどおりだね」
「どこまで想定されていたのですか?」
訝しげに尋ねるリーに、シオンは悪戯っぽく目を細め、ほくそ笑んだ。
「……いえ。愚問でした」
リーは小さく息を吐き、これ以上の詮索を諦めた。
シオンは口元の笑みを残したまま、報告書を引き出しの奥へと収めた。




