同心円状幸福論(後編)
「ねえ、次の休みっていつになりそう?」
「次の日曜日だよ」
「ふーん。また食事しようか」
「うん、良いよ」
前回と文脈が同じだ、またあのカオスの中に放り込まれるんだな。
しかし当日になっても全く出掛ける準備をしない。
チヅルさんに確認してみた。
「ねえ、出掛けないの?」
「出掛けないよ。こっちに来るからね」
なんだか胸騒ぎがする……これは不可避なやつだ。
彼女が行動派であることを僕はすっかり忘れていた。
気付けば、僕の目の前にチヅルさんのお父さんとお母さんが座っていた。
「初めまして、カイと申します」
お父さんは少し笑って立ち上がり、キッチンの方に行ったり来たり。
これは『かかあ天下』の典型的な行動パターンだ。
つまり攻めるべきはお母さんの方だ。
チヅルさんのお母さんは早速、口火を切った。
「カイさん。結婚すんでしょ?」
そう言って式場のパンフレットを差し出してきた。
僕は無意識のうちにそれを手にしてしまった。
「すみません。本当なら私の方から挨拶に伺うべきところ申し訳ございません」
チヅルさんはどこだ……助けてくれないのか?
多分、ゴメンねで終わらせようとしている。
自力で終わらせるにはどうしたらいいんだろう。
僕はそのように考えるようになった。
「いいのよそんなこと、それよりいつにするの?」
「いやー、時期については彼女と相談しないと」
「チヅル、今年のうちにやっちゃいなさいよ」
ええっ、お母さん。
結婚ってやっちゃうもんなのかい。
チヅルさん、そろそろ助けてください。
そう思い、僕はじっと彼女に視線を送った。
「母さんはみんなと一緒にシーパセオ2に乗って、
温泉行きたいだけなんでしょ?」
はっ!
温泉って、道後の温泉だな。
ヒラノさんとタンデムで四国横断して、温泉行ってしかも部屋同じでした。
実は……なんて、絶対そんなこと言えない。
また、チヅルさんがトラウマに引きずり戻されてしまう。
いやまて、チヅルさんと出会う前だし何もなかったよね。
言わないことが罪みたいな……忘れたことにしとくとか。
どうしよう……かな。
僕はお母さんよりも重要案件を見つけてしまい、後悔していた。
* * * * * *
当初の目的だった食事も終わり。
お母さんも式場のパンフレットを渡すというエゴも満たされ、
部屋にはチヅルさんと二人きりになった。
「せわしいでしょ、私の母」
「チヅルさん、ちょっと座ってもらっていい?」
「いいけれど、どして?」
僕はバックハグを軽めに決めて、更に足を絡ませ
彼女の自由を奪った。
「チヅルさん、冷静に話を聞いてくれる?」
「ちょっと、このどこが冷静な状況なのよ!」
「さっきはこじらせたくなかったから言わなかったんだけど、
道後にはチヅルさんと知り合う前にある女性と道連れになったんだ。
何もなかったんだ。お金を節約する必要があって……あったんだよ」
「それ道後だけじゃないよね!」
「えっ!どうして……岡山からバイクで」
「密着二人旅じゃないの!」
「だからこうして情報共有してるでしょ!」
「ふーん」
「だからその『ふーん』がコワい」
「つまり今は何もないってことよね」
「はい、おっしゃる通りです」
「わかった、これ解いてくれる?」
チヅルさんは二回タップして優しく僕に声をかけた。
「いやー、事なきを得たね。
一時はどうなることやら……あれ?」
どうして女性は簡単に男性を軽蔑できるのだろう。
僕は少し疑問に思った。
「スマホだして」
そこから小一時間ほど秘密警察と化したチヅルさんに捕まってしまった。
「へー、連絡先は消さないんだ」
「あ」
「さぞかし思い出深い旅だったんだろうねー」
まだ嵐が去りそうにない。
この調子だとヒラノさんとやり取りし始めちゃいそうだ。
そして、案の定な展開に至った。
チヅルさんは時差もお構いなしにヒラノさんとやり取りし始め、お友達になってしまった。
「よし、今日はこれくらいにしとこう」
明日もあるのでしょうか?
チヅルさん、そりゃ他の男性だったら窮屈な気持ちになると思うよ。




