女の情念(前編)
コンドーさんからのオーダーはこうだ。
『日本で撮影してね……カイ君に頼むってことは瀬戸内になるのかな?
日本をルーツに持つアメリカ国籍のダンサーを向かわせたよ。
彼女、里帰りもしたいんだって。
ラスト、神社を背景にして男優さんと向き合ってツーショット。
それ以外はカイ君に任せた』
それ以外の『以外』が意外にデカい……相当だよね。
監督、脚本、行政と神社の偉い人とのネゴどうすんの?
もう締め切り決まっちゃってるし。
ダンスに実績のある制作会社、ダンス……ダンス……ガイダンスって違うじゃん!
そんなところから始めて面白いぐらいに横やりが入ってくる。
しかもこの時期を逃すと自動的に俳優さんキャンセルされてしまうと来た。
コンドーさんへの恩返しはこれが最後だ。正直そう思った。
そういえばスマホで映像作れる時代だよな。
地元の学生さんに頼もうかな。
記憶があるのは始めのうちだった。
「宿がおさえられない? じゃあ全員ホームステイで。アットホームでいいじゃん」
「男優さんがドタキャン? ラストシーンだけでしょ? じゃあ僕で」
「照明が足りない? 学校から持ってきて」
「もうお金がないですって? それはコンドーさんに振り込んでもらおう」
あまりにも忙しすぎて何をやっているのかさえ分からなかった。
記憶にあるのは舞台を女傑で知られた大山祇神社と大三島藤公園の藤棚にしたことぐらいだった。
ハリウッドスターがお忍びでやってくるなんて、
誰かが流したデマのお陰で当日は見物人が多くなっていた。
主演のダンサーの人は『ホームステイ』に満足してくれたようで、
彼女のSNSは楽しげな写真がアップされていた。
地元の人から理解を取り次ぐことに一役買ってくれたのは、
広島でスタジオを経営しているチヅルさんだった。
チヅルさんは海外へ遠征に行くほどの猛者で主演の人とは話が盛り上がっていた。
チヅルさんは僕のサポートもしてくれた。
だから一緒にお弁当を食べる機会も増えていった。
彼女は人から話を聞きだすのが上手で、さすが経営者って感じだ。
「じゃあカイさんは永遠の旅人だね」
「それ良い表現ですね。
言われてみれば子供のころから引っ越し多かったし」
「好きになった人とはどうなったの?」
「んー、そういえばサヨナラ言わずにそのままだ」
「あーっ、それ男としてヒドイ」
「いや、それ小さい頃のことだし。その後、何度も引っ越したからね」
「じゃあ、今は?」
僕はチヅルさんと視線が一つになってしまった。
一秒だけ時間を誰かが止めたような感覚に襲われた。
「いませんけど」
「ふーん、そうなんだ」
生まれて初めて女性と会話するのが楽しかった。
いつもだと気を遣って、楽しませないといけないって無理をするんだけど、
チヅルさんはそうじゃなかったみたい。
会話がある時も、ない時も穏やかに自然体でいられた。
「ねえ、カイさん。藤の花言葉って知ってる?」
「えーっと知らないです」
「なんだと思う? この神社に関係あることだよ」
「鶴姫の話だよね……高貴なアマゾネス」
「アハハ、それ面白い!」
そう言うとチヅルさんは視線を僕からそらした。
自分で調べるってことなんだろうか僕はスマホを取り出した。
潮の香りが風と一緒にやってきた。さっと藤の花を揺らした。
「花言葉は……いろいろあるね」
「カイさんならどれにするの?」
チヅルさんは少し距離を寄せて言った。
僕は思った。これは居酒屋のオーナーに言われたアレだ。
アレに違いない。さすがの僕でもわかる。ほぼ確イベントだ。
「チヅルさん」
「なあに?」
「結婚してください」
後日聞いたんだけど、撮影中だったから笑いをこらえるのに必死だったらしい。
自分でもどうしてだろう。これが『口をついて出る』ということなんだろうと思った
「やっぱりカイさん面白いね。
じゃあ連絡先の交換からだね」
「ですね」
僕だけなのかも知れないし、彼女もかもしれない。
その後は黙ったままずっと藤の花が風に揺れるのを眺めていた。
優しい、甘い香りだった。
本当はすぐに連絡先を交換すべきだったんだけど。
藤の花が、きれいだったんだ。
もう二度と戻って来ないと思ってしまう程、きれいだった。
それはチヅルさんも同じだったはず。
だから僕らは静かに、藤の花が風に揺れるのを眺めていた。
「ありがとう」




