居酒屋のカウンター(後編)
僕は毎週金曜日になるとツムギさんの話し相手になった。
茶々を入れていたオーナーやお店のみんなは慣れてしまったのか、
あれから何も言わなくなっていった。
最近のツムギさんの話題は磯焼けだ。
「この問題って百年以上前からの話らしいのよ」
「へー、ツムギさん。お詳しいんですね」
「水産庁に載ってますよ。だいぶ前から」
「どうしてそんなに熱心なんですか?」
「それは母が海女をやってたし、私が帰るべき場所だから」
私はカリムさんが砂漠に沈む夕日を見ながら語ってくれたことを思い出していた。
この人は、せとうちの景色の中で生きて来たんだ。
そしていつでも帰れるようにしているんだ。
同時に僕は自分に尋ねていた。
僕が帰りたい場所って……帰るべき場所って、どこなんだろう。
ナギさんも、ツムギさんも、叔父さんも、母も、それを教えてはくれなかった。
母の実家に帰省した時もはっきり言われたことある。違うと。
僕はせとうちが好きだ。
多分、母方の血が濃いのだと思う。
ツムギさんも同じなのだろう。彼女の『今』は、彼女の血がそうさせているのかも知れない。
私の母はどうなのだろう。行きついた先で自分の人生を終わらせようとしている。
恐らく私も自分が行けるところまで、進み切ったところで終わるのだろうと思った。
その後、ツムギさんは居酒屋に来なくなった。
淡路島に帰ったんだと思った。
「カイ君って押しが足りないよねー、ミスター・ゼロだね」
「オーナーが居酒屋恋愛ダメって言ったじゃないですか」
「ダメって言われても突き進むのが漢じゃん?」
「後でなら何とでも言えますよね、それ」
「カイ君、気になるの? 好きなの? 愛しちゃったのかな。
まだ、何も始まっちゃいないけど。案件オッ立てちゃおうか!」
「なんですか、その昭和な卑猥ワード」
「夏の赤ウニは淡路島から直送で」
「でたっ、強権発動」
「あれっ、確かお客さんの中でさぁー淡路出身の子いたよね?
なんかカイ君と仲良かったような……もちろん連絡先ぐらい知ってるよね」
「だから知らないですってば」
「へー、彼女さぁー淡路島観光のホームページでインタビュー受けてたよ。
島の発展に貢献したいですって、良い娘じゃないか。ほっとけないなー」
もう調査済なのか!暇、持て余してるな。
「いやいや、地元の漁業組合に問い合わせればいいじゃないですか」
「そう言われればそうだね。カイ君、どのみち会えるだろうからね」
「あまり期待しないでくださいね、ウニって傷むのが早いので」
漁業組合に電話をした。コールバックはツムギさんからだった。
「お久しぶりですツムギさん……はい、ウチの店で季節もののメニュー考えてまして。
ええ……そうです。お魚と一緒にっていうのもアレだなって思うんですよね。
規格外の赤ウニをそちらでオリーブオイル漬けってできそうですか?
トマトと一緒に炒めてパスタで使おうかなって思ってるんです。
はい……気軽に淡路を楽しんでもらうっていうのが主旨です。
できればキスも同じようにお願いしたいです」
規格外の赤ウニとトマトにアンチョビじゃなくキスのオイル漬けを使ったパスタ。
これを『淡路パスタ』ってネーミングでメニューに加えて、トッピングは乾燥玉ねぎにしよう。




