ヒラノさんもアブダビへ(前編)
なぜって、それは最後のお楽しみってことで。
僕とヒラノさんは愛媛の松山で別れたんだけど、
次にヒラノさんを見た時はアブダビのリングの上だったんだ。
格闘技とかMMAとか良くわからないから本人から聞いたことをそのまま話すとこうなる。
「生き返ったんじゃない。
生まれ変わったんだよ」
私はカイさんと別れ、四国をぐるっとバイクを走らせていたの。
穏やかな瀬戸内海とは違って波が高かった。
「ねえ、それ私にもやらせてよ」
サーフィンは少し先の変化を体でとらえるスポーツみたい。
私は波に飲み込まれて上も下も分からなくなった。
海底まで行ってみると穏やかだった。
海面まで上がるとまた波が私を襲ってきた。
軽く顔面にパンチをもらった感じで、周りが見えなくなった。
結局、お兄ちゃんたちに助けてもらって一安心。
「今日はもうやめときなよ、あんたヒラノさんでしょ?」
「だったら何なの?」
「次も応援してますよ」
どうしてあの時、『私もう辞めたの』って言わなかったんだろう。
多分、それが後になって続く話の始まりだったのかも知れない。
「ここの宣伝になるからインストラクターやれ」
師匠に挨拶しに行った最初のセリフがこれだった。
私のことを気にかけてくれてたんだと思う。
断る理由もなかったから子供相手に悪者役で遊んでたのね。
子供と私、ここまで身長差があると顔面へのパンチは無理なのよ。
だから太ももに向かってパンチしてくるわけ、それが意外に痛いのよね。
私が蹴りの素振りをするとサッと引いたり、逆に踏み込んで打ち込んできたり。
MMAでローブローがNGなのは股間のみ。
「どのスポーツも巨人化してるんですよ、観ててつまらなくなる。
だからルール見直して、身長差を埋めるような流れがあるんだと思います。
だって高身長の人しかスポーツできませーんってなったら闇深くなりますよね。
ヒラノさんだったらわかるでしょ?」
師匠は当時としては先進的な人で、大学の先生に頼んで日本人が世界で勝てる方法を探っていた。
プロテインではなくアミノ酸、体鍛えるより頭鍛える。
そんな人だった。
「例えば今、ヒラノさんが戦うってなると厳しいですよ。
速さが以前の比じゃないし、15~20センチの高さって威力違いますよね。
ちょうど相手にとっては打ちごろの高さにヒラノさんの顎があるってことです。
この時点で無理ゲーですよ。普通にやったら……ムエタイスタイルって意味です」
「じゃあ、クレイジーなやり方で分析してみてよ」
「ヒラノさん……主流派っていうのは勝つ確率が高いから主流派って言うんですよ」
「いいから、そのためのトレーニングメニューと戦術を出してみて」
「トッププロの試合動画取り込んでAIに分析させるので時間かかりますけど。
ちゃんと教授に計らって下さいね。」
「ちゃんと教授の論文に君の名前が入るように言っとくよ」
「ヒラノさん、ビックリドッキリな戦い方って分析されたら即、あの世行きです。
何パターンか用意しますけど無理しないでくださいね」
「ありがとう、暇な学生君」
「暇じゃないってば!」
何か月か経ってクレイジーなトレーニングメニューが出て来た。
「今日から四つ足の生き物のように、這う生活をしてください」
「高身長のファイターが使うコンビネーションをロボットで再現しました。
工学部の友達に作ってもらったんですよ、下半身だけで避けてください。
フェイスガードをかぶってもらうので目は絶対に閉じないでくださいね」
「太ももの内側を打撃した後のコンビネーションをフルパターンやりましょう」
「最後にロシアンフックなんですけど……」
「じゃあ、今までやった内容をマシーンを使って統合します。
感圧センサーでヒラノさんと相手の打撃を数値化して表示しますね」
こうして今までの自分、それが知らない間に上書きされていった。
師匠から私は目が良いって言われたことがある。
多分これができるのは私ぐらいなのかもしれない。
新しいおもちゃを手にすると遊びたくなるのは誰でも同じだ。
私はもう一度、と思うようになっていった。
「国内の大会ではそれをやるなよ」
「そうですよヒラノさん、見せびらかさないで下さいね」
「国内の大会には出ないわ。知り合いに相談する」
そう、そこで登場するのがコンドーさんだ。




