第94話「崩れない中心」
「続ける」
その一言が、港の空気を押し返した。
ざわめきが止まる。
完全ではない。
だが――
止まりかけていた流れが、わずかに動き出す。
「……もう一隻来るぞ!」
見張りの声。
全員が振り向く。
水平線。
もう一つ、影。
「基準船だ!」
歓声。
だが今度は違う。
その船は――揺れている。
「……遅いな」
ガルドが眉をひそめる。
船が接岸する。
甲板の船員たちの顔は青い。
一人が叫ぶ。
「……危なかった!」
静寂。
「途中で“危険”って情報が来た!」
エリスの心臓が跳ねる。
「……でも?」
「進んだ!」
その一言。
だが。
「半分は引き返した!」
沈黙。
現実。
完全ではない。
揺れている。
「……それが今だ」
レオンが静かに言う。
完全な勝利じゃない。
だが。
崩れてもいない。
エリスはその光景を見つめる。
(……守れてる?)
分からない。
だが。
「……まだ立ってる」
小さく呟く。
その時。
記録院の男が一歩前に出る。
「興味深い」
静かな声。
「崩れない」
視線が港全体をなぞる。
「だが」
目が鋭くなる。
「限界はある」
その言葉。
次の瞬間。
別の伝令が駆け込む。
「報告!」
全員が振り向く。
「保険組合、支払い不能!」
空気が凍る。
エリスの顔が一気に青ざめる。
「……何?」
伝令が続ける。
「返金保証が急増!」
「資金が追いつきません!」
沈黙。
理解が遅れてくる。
「……保証」
エリスの声が震える。
自分たちが出した条件。
「……破綻する」
ガルドが低く言う。
「そりゃそうだ」
「全部当たるわけじゃない」
現実。
冷たい現実。
レオンは動かない。
ただ。
「どれくらいだ」
伝令が答える。
「このままだと、三日で枯渇します!」
三日。
短すぎる。
エリスの手が震える。
(……私のせいだ)
提案した。
保証。
透明化。
それが今。
「……崩れる」
中心が。
この港が。
その時。
レオンが言う。
「止めるか?」
一瞬。
時間が止まる。
エリスが顔を上げる。
「……え?」
「保証を止める」
静かな声。
「今なら間に合う」
現実的な判断。
損失を抑える。
だが。
その瞬間。
エリスの中で何かが弾ける。
「……ダメです」
はっきりと。
レオンを見る。
「それをやったら」
一歩前に出る。
「終わります」
沈黙。
「信じた人を裏切る」
声が震える。
だが止まらない。
「それは……」
言葉が詰まる。
だが。
「一番やっちゃいけない」
その一言。
レオンはしばらく彼女を見る。
そして。
「分かった」
短く言う。
「続ける」
決断。
だが。
ガルドが言う。
「じゃあどうする」
現実は変わらない。
金は減る。
止まらない。
エリスは息を吸う。
頭が回る。
必死に。
(……何かある)
その時。
視界に入る。
港の人。
商人。
船員。
彼らの顔。
「……あ」
小さな声。
レオンが見る。
「何だ」
エリスは言う。
「……分散」
沈黙。
「全部を保証しない」
「一部だけ」
ガルドが眉をひそめる。
「どういうことだ」
エリスは続ける。
「優先順位をつける」
「重要航路」
「重要物資」
「そこだけ保証する」
理解が広がる。
「……絞るのか」
カイナが言う。
エリスは頷く。
「はい」
「全部は無理」
「でも」
一拍。
「崩さない部分を作る」
レオンの目が細くなる。
「中心を守る」
「そうです」
エリスは言う。
「ここが崩れなければ」
「他は戻る」
沈黙。
レオンは頷く。
「採用する」
即決。
「優先航路を設定」
「保証を集中」
指示が飛ぶ。
動き出す。
その時。
記録院の男が笑う。
「なるほど」
静かな声。
「選別か」
一歩下がる。
「だが」
目が鋭くなる。
「それは切り捨てだ」
エリスの心が揺れる。
だが。
「違う」
はっきりと言う。
「守るためです」
沈黙。
男はしばらく彼女を見る。
そして。
「……いい」
小さく呟く。
「なら次は」
その瞬間。
空気が変わる。
「そこを潰す」
一言。
凍る。
「……何?」
ガルドが低く言う。
男は微笑む。
「優先航路」
一拍。
「そこを壊す」
その宣言。
完全な対抗。
エリスの手が震える。
(……来る)
次は。
逃げ場のない戦い。
「中心」を巡る戦いが。
始まる。
「全部守る」から「守る場所を決める」へ。
ここで戦いの質が一段変わりました。
そして敵も、それに正面からぶつけてきます。
面白いと感じていただけたら、
ぜひブックマーク・評価で応援いただけると嬉しいです。
次話、中心が狙われます。




