第86話「見えない船」
「……消された」
その言葉が、頭から離れない。
エリスは塔の窓から海を見つめていた。
どこにいるのか分からない船。
確かに存在するはずの船。
それが――“見えない”。
「全船、目視確認を優先!」
下の階から怒号が飛ぶ。
港全体がざわついている。
「霧が出てるぞ!」
「見張りを増やせ!」
だが問題は霧じゃない。
“見えているのに認識されない”
それが今起きている。
「……そんなこと」
エリスの手が震える。
「理屈が合わない」
だが現実は合っている。
レオンの声が背後から届く。
「合わなくていい」
振り返る。
「現実に合わせろ」
短い言葉。
だが重い。
エリスは息を吸う。
吐く。
「……はい」
顔を上げる。
「通信を切ります」
ガルドが振り向く。
「全部か?」
「はい」
エリスは答える。
「今は邪魔です」
一瞬の沈黙。
だがレオンは頷く。
「やれ」
その一言で決まる。
「全通信、一時停止!」
塔の中の音が止まる。
光信号も。
旗も。
すべてが止まる。
静寂。
異様な静けさ。
「……これでいい」
エリスは呟く。
「もう偽情報は入らない」
だが同時に。
「本物も来ない」
ガルドが言う。
エリスは頷く。
「はい」
「だから――」
窓の外を見る。
海。
ただの海。
「目で探します」
その頃。
海上。
第七船団。
漂う船。
「……誰も来ない」
船員が膝をつく。
疲労。
恐怖。
何度も信号を送った。
何度も叫んだ。
だが――
返事がない。
「見えてるはずだろ……」
船長が呟く。
「こんなに近いのに」
水平線。
遠くに船影。
だが気づかれない。
「……終わりか」
その瞬間。
「待て」
見張りが叫ぶ。
「……あれ」
全員が顔を上げる。
遠くの船。
動きが違う。
まっすぐこちらに向かってくる。
迷いがない。
一直線。
「……来てる」
誰かが呟く。
「見えてる」
その船の甲板。
カイナが立っていた。
目を細める。
「……あそこだ」
ガルドが驚く。
「分かるのか?」
カイナは笑う。
「海だよ?」
「匂いが違う」
意味不明だ。
だが彼女は間違えない。
レオンは静かに言う。
「進め」
船が加速する。
風を読む。
波を読む。
情報はない。
だが――
感覚はある。
数分後。
「いた!」
ガルドが叫ぶ。
目の前。
霧の中から現れる。
傷ついた船。
「第七船団!」
歓声が上がる。
「生きてるぞ!」
ロープが投げられる。
船員たちが泣きながら掴む。
「……見えた」
エリスが呟く。
その目に、わずかな光。
「見つけた」
通信なし。
情報なし。
それでも――
見つけた。
それが答え。
レオンが言う。
「記録されなくても」
一拍。
「存在は消えない」
その言葉が、静かに広がる。
エリスは強く頷く。
だが。
その時。
別の船員が叫ぶ。
「待ってくれ!」
全員が振り向く。
「もう一隻……!」
空気が止まる。
「何だと?」
「途中で別れた船がある!」
「……通信が途絶えて」
沈黙。
エリスの顔が固まる。
「……まだある」
レオンの目が細くなる。
「どこだ」
船員が震える指で示す。
さらに奥。
霧の深い場所。
「……あの先です」
風が強くなる。
視界が悪くなる。
カイナが低く言う。
「……嫌な場所だね」
レオンは迷わない。
「行く」
エリスが顔を上げる。
「……はい」
だがその目は、まだ不安を抱えている。
見つけた。
だがまだ終わらない。
霧の奥。
そこにはまだ、
“見えない何か”がある。
「見えないもの」をどう扱うか。
ここがこの章の核心に近づいてきました。
そして、まだもう一段階深く落ちます。
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次話、霧の奥へ。




