第42話「市場の裏側」
朝の市場は、いつもより早く開いた。
理由は簡単だ。
「今日も値が動くかもしれない」
その一言で、人は並ぶ。
ミラ・ヴァーリエは店の帳簿を開き、帝国通貨のレートを書き直した。
昨日より、また上がっている。
「……なんで?」
隣の商人が、苛立ち混じりに言う。
「帝国通貨が強い」
「みんな持ちたがる」
「協議会決済は?」
「確認待ちだと」
その“待ち”が、客を逃す。
昼前。
一人の男が駆け込む。
「聞いたか!?」
「ノルディクスの商会が帝国に買われた!」
ざわめきが広がる。
事実かどうかは分からない。
だが“噂”は事実より速い。
「じゃあ協議会は危ないのか?」
「通貨が紙切れになる前に替えろ」
誰かが叫ぶ。
その瞬間、列ができる。
帝国通貨への両替。
ミラの手が震える。
「待ってください、上限があります」
「知らん!」
声が荒くなる。
「怖いんだ!」
怖い。
それが本音だった。
グランデル領政庁。
エリスが駆け込む。
「市場が騒然としています」
「帝国通貨への両替が急増」
レオンは、静かに立ち上がる。
「取り付け前兆か」
「はい」
「まだ実際の破綻はありません」
「ですが」
エリスの声が低くなる。
「信じなくなっています」
信用が、削られている。
市場。
老夫婦が小さな袋を握る。
「これ、全部替えてくれ」
「生活費なんだ」
ミラは唇を噛む。
協議会決済は安全だ。
裏付けもある。
だが“今すぐ使える”のは帝国通貨。
速度の差。
恐怖の速度。
夕方。
両替窓口の金庫が軽くなる。
「補充を」
「間に合いません」
市場の空気が重くなる。
その時、遠くで怒号が上がる。
「金がないってどういうことだ!」
まだ破綻していない。
だが、崩れ始めている。
夜。
レオンは、市場の様子を直接見る。
人々の顔。
怒りではない。
不安。
それが最も厄介だった。
「帝国は撃たない」
彼は呟く。
「撃たなくても、崩せる」
エリスが隣に立つ。
「止めますか」
「止める」
即答。
だが方法はまだない。
市場は感情で動く。
理屈では戻らない。
ミラは、閉店後に座り込む。
「怖い方に流れる」
昼間の言葉が頭を離れない。
帝国通貨は安心に見える。
協議会決済は、確認がいる。
待つ時間が、不安を育てる。
夜空の下。
港では、黒い艦隊の灯りが揺れる。
撃たない。
だが削る。
市場の裏側で、戦争は進んでいた。
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