第43話「取り付け」
夜明け前から、列はできていた。
協議会中央銀行・グランデル支部。
まだ扉は閉じている。
だが百人近い人々が並ぶ。
「全部引き出す」
「帝国通貨に替える」
声は小さい。
怒鳴らない。
だが切実だ。
ミラは、震える手で窓口を開けた。
「順番に対応します」
最初の老人が袋を差し出す。
「これ、全部」
銀貨が数える音。
次の人。
次の人。
金庫の音が、軽くなっていく。
昼前。
行列は倍になった。
噂は広がる。
「もう金がないらしい」
「帝国通貨に替えた方が安全だ」
事実ではない。
だが噂が事実を作る。
政庁。
エリスが報告する。
「中央銀行支部、現金流出急増」
「保有準備率が危険域へ」
ガルドが拳を握る。
「帝国は何もしていないのに」
「している」
レオンは静かに言う。
「恐怖を育てている」
午後。
ついに窓口で叫び声が上がる。
「今日はここまでです」
金庫が空になったわけではない。
だが即時交換分が尽きた。
一瞬の沈黙。
次の瞬間、怒号。
「やっぱり破綻してるじゃないか!」
「だから言ったんだ!」
扉が叩かれる。
兵が前に出る。
暴動ではない。
だが一線を越えた。
“信用”が、目に見えて揺れた。
レオンは現場に立つ。
群衆の視線が刺さる。
「領主様、本当なんですか」
「もう金はないのか」
その問いは、剣より重い。
レオンは、はっきりと言う。
「破綻していない」
「十分な裏付けがある」
「ですが即時現金は有限です」
その一言が、さらに不安を生む。
群衆がざわつく。
「ほら見ろ!」
その時。
遠くで馬の音。
帝国商人の馬車が、通りを進む。
銀色の円環旗。
わざとらしく。
荷台には袋。
「帝国通貨、即時交換」
叫び声。
列が、分かれる。
ミラの喉が乾く。
「……速い」
帝国は、待たせない。
恐怖は、即時に応える。
夕方。
中央銀行は扉を閉める。
人々は帝国商人の列へ流れる。
グランデルの空気が、重く沈む。
政庁。
ガルドが机を叩く。
「終わりだ!」
「協議会は終わる!」
エリスも、顔色を失う。
「明日も続けば……」
レオンは、しばらく沈黙した。
初めて。
明確な敗北の匂い。
帝国は撃っていない。
だが。
信用は、崩れかけている。
夜。
静まり返った通り。
ミラは座り込む。
「守れなかった」
涙が落ちる。
レオンは窓から市場を見下ろす。
「遅い」
小さく呟く。
「我々は、遅すぎる」
帝国は速い。
恐怖は速い。
信用は、審査がいる。
確認がいる。
時間がいる。
その“時間”が、命取りだった。
残り四日。
協議会は、崩壊寸前に立っていた。
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