第41話「優しい融資」
カルディア王城。
応接室の空気は、奇妙に穏やかだった。
窓から差す光。
茶器の香り。
そして、微笑む男。
「お困りでしょう」
ヴェルド・アスト=ゼルディアは、柔らかな声で言った。
帝国財務卿。
軍服ではない。
武器もない。
あるのは、書類だけ。
リオネル・カルディアは、疲れた目で彼を見る。
「小麦の価格暴落」
「塩の高騰」
「商会の撤退」
ヴェルドは指を折りながら言う。
「資金繰りは、厳しい」
「……なぜ分かる」
「数字は嘘をつきません」
穏やかな笑み。
「帝国は友好を望んでいます」
机に置かれる契約書。
「低金利融資」
「十年据え置き」
「返済猶予条項付き」
甘い言葉。
リオネルの側近が息を呑む。
「条件は?」
ヴェルドは首を傾げる。
「大したことではありません」
一枚の紙をめくる。
「港湾使用権の延長」
「帝国通貨決済の優先化」
そして最後に。
「債務保証の一部を、帝国管理へ」
リオネルの喉が鳴る。
「管理?」
「万一の場合の保全です」
優しい声。
だが意味は明白。
借りれば、逃げられない。
「我が国は独立国だ」
リオネルは低く言う。
「もちろん」
ヴェルドは微笑む。
「形式上は」
沈黙。
「砲弾は一度で終わります」
ヴェルドは静かに続ける。
「ですが債務は、世代を超える」
その言葉は、重かった。
「帝国は、安定を提供します」
「恐怖ではなく、安心を」
その頃。
グランデル。
レオンの元にも報告が届く。
「カルディア、帝国融資を受諾の可能性」
エリスの声は低い。
「港湾使用権の延長が含まれています」
「実質的な支配ですね」
「はい」
ガルドが吐き捨てる。
「笑顔で縛る気か」
レオンは、静かに机を叩いた。
「帝国は、次の段階に入った」
「恐怖で揺らし」
「融資で縛る」
エリスが問う。
「止められますか」
レオンは、少しだけ黙る。
「止められません」
正直な答え。
「我々には、即時に貸せる資金がない」
「保証基金は?」
「不足です」
帝国は速い。
書類は即日。
資金は即時。
信用は、まだ手続き中。
夜。
カルディア王城。
リオネルは、契約書を見つめていた。
民は不安だ。
市場は崩れかけている。
「守るためだ」
震える声。
ペンを握る。
ヴェルドは、静かに待つ。
「焦る必要はありません」
優しい声。
「帝国は急ぎません」
だが期限は迫っている。
リオネルは、ついに署名する。
インクが、紙に染み込む。
ヴェルドは微笑んだ。
「賢明な選択です」
その頃。
レオンは、窓の外を見ていた。
黒い艦隊は動かない。
だが帝国は、確実に広がっている。
撃っていない。
だが奪っている。
「恐怖は価格になる」
「そして債務は鎖になる」
レオンは、静かに呟いた。
経済戦は、次の段階へ進んだ。
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