第40話「揺れる財布」
安いはずなのに、安心できない。
市場の空気は、そんな矛盾に満ちていた。
帝国産小麦はさらに値を下げた。
銀貨二枚半。
協議会産は三枚を切れない。
「どうして下げられないの?」
主婦の問いに、農民は答えられない。
下げれば赤字。
下げなければ売れない。
その日の午後。
別の異変が起きる。
「塩が高い?」
魚屋が眉をひそめる。
塩は帝国経由で入ってくる。
だが帝国商人が、突然価格を引き上げた。
小麦は安い。
塩は高い。
帳尻は、合わない。
ミラ・ヴァーリエは店先で、帝国通貨と協議会決済証を見比べる。
「……帝国通貨の方が早い」
客が小声で言う。
「帝国通貨なら、すぐ支払える」
「協議会のは、確認に時間がかかる」
その“時間”が、不安を生む。
夜。
商人たちの集会。
「帝国通貨をもっと扱うべきだ」
「いや、協議会を裏切るのか」
「裏切りじゃない、生き残りだ」
言葉が鋭くなる。
翌日。
給与支払い日。
労働者が手にした賃金は変わらない。
だが。
「昨日より買えない」
塩が上がり、道具が上がり、
小麦だけが下がる。
均衡が崩れている。
グランデル領政庁。
エリスが報告する。
「物価が乱高下しています」
「帝国は操作しています」
レオンは静かに問う。
「意図は明確ですか」
「はい」
エリスは言う。
「安くして感謝させる」
「高くして不安にさせる」
恐怖を、財布で感じさせる。
「農民の離農が始まっています」
ガルドが低く言う。
「このままでは自給率が落ちる」
それは、長期的な敗北だ。
「帝国は長期戦を想定している」
レオンは呟く。
「恐怖を一瞬で与え」
「依存をゆっくり深める」
その時、ノルディクスから緊急通信。
「我が国の商会が、帝国と長期契約を結んだ」
沈黙。
協議会内部の信用が、削れる。
ミラは、帳簿を閉じた。
客が減っている。
帝国通貨を持つ者だけが、余裕の顔をしている。
「怖くない方を選ぶ」
その言葉が、頭から離れない。
夜。
レオンは、机に向かう。
価格表。
為替表。
倉庫在庫。
すべてが、揺れている。
「撃っていない」
だが削っている。
信用は、理念では守れない。
守られなければ、速さに負ける。
レオンは、初めて強く自覚する。
「我々は、遅い」
帝国は速い。
恐怖は即反応。
市場は即流動。
信用は、審査がいる。
確認がいる。
時間がいる。
その“時間”が、今は致命的だった。
窓の外。
市場の灯りが、いつもより少ない。
財布が揺れる。
生活が揺れる。
そして――
協議会の土台が、静かに軋んでいた。
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