第34話「誰の理想だったのか」
円卓は、以前よりも広く感じられた。
カルディアの席は空いている。
その空白が、何より雄弁だった。
「結果が出たな」
ノルディクス代表が、低く言う。
「理想は現実に負けた」
東方自治連合の代表も、視線を落とす。
「我が国でも、帝国通貨の利用を求める声が出ている」
空気が重い。
ユリウスが、静かに口を開く。
「率直に言おう」
全員が顔を上げる。
「この協議会は、守れなかった」
沈黙。
視線が、自然とレオンへ集まる。
彼が理念を提示した。
彼が枠組みを設計した。
「……責任論か」
ガルドが低く呟く。
ノルディクス代表が言う。
「誰かを責めたいわけではない」
「だが事実として、帝国は恐怖で結果を出した」
東方代表が続く。
「信用は時間がかかる」
「帝国は即効性がある」
円卓に、静かな圧力が広がる。
レオンは、逃げない。
「私の見積もりが甘かった」
初めて、はっきりと認めた。
空気が止まる。
「帝国が、ここまで早く侵食するとは想定していなかった」
ノルディクス代表が、目を細める。
「つまり、読み違えた」
「はい」
即答。
逃げない。
「だが」
レオンは、ゆっくりと続ける。
「読み違えたのは、帝国の軍事力ではありません」
「何だ」
「恐怖の浸透速度です」
東方代表が、眉を寄せる。
「違いは?」
「軍事は港を押さえる」
「恐怖は、心を押さえる」
沈黙。
「帝国は艦隊を動かす前に、噂を動かした」
ノルディクス代表が小さく頷く。
「市場は先に崩れた」
「はい」
レオンは言う。
「信用は構造だ」
「だが恐怖は感情だ」
ユリウスが、低く問う。
「ならば、どうする」
その問いは、責任を伴う。
レオンは、わずかに間を置いた。
「信用を守る」
「どうやって」
円卓の全員が、答えを待つ。
レオンは、初めて明確に言う。
「防衛機構を設ける」
ざわめき。
「軍事同盟か?」
ノルディクス代表が問う。
「軍事“だけ”ではありません」
「共同海上防衛」
「債務救済基金の拡張」
「帝国通貨の流入制限」
東方代表が、低く言う。
「戦争になる」
「ならないよう設計します」
「保証は?」
「ありません」
正直な言葉。
「ですが、今のままでは確実に侵食される」
空気が、再び重くなる。
ノルディクス代表が言う。
「我々は商業国家だ」
「戦争は望まない」
「私もです」
レオンは即答する。
「だからこそ、防衛を制度化する」
ユリウスが、深く息を吐く。
「……信用は、守られてこそ価値を持つ」
その言葉は、重かった。
だが円卓はまだ揺れている。
東方代表が、最後に言う。
「一週間だ」
視線が集まる。
「具体案を提示せよ」
「それで判断する」
期限が、縮まった。
三十日ではない。
七日。
円卓は、まだ割れていない。
だが、ひびは入っている。
レオンは、静かに席に座った。
初めて。
彼は“追い詰められている側”だった。




