第30話「揺らぐ円卓」
三十日の期限。
その数字は、静かに協議会を締め付けていた。
グランデル領・国際会議室。
王国、ノルディクス、東方自治連合、小国カルディア。
代表たちが円卓を囲む。
空気は、以前とは明らかに違っていた。
「まず確認する」
王国代表として出席しているユリウスが口を開く。
「帝国は三十日後に再来すると明言した」
「武力を背景に」
沈黙。
ノルディクス代表が、低く言う。
「我々の海上保険料は既に上昇している」
「商船は航路変更を検討中だ」
数字は、恐怖より速く動く。
東方自治連合の代表が視線を落とす。
「我が国の民は、不安を抱いている」
「帝国教義を受け入れれば平和だと……そういう声も出始めた」
ざわめき。
カルディアの若い代表、リオネルが、硬い声で言う。
「我々は小国だ」
「守る力はない」
その一言が、空気を変えた。
“守れない”。
それは信用とは別の問題だった。
レオン=アルヴェインは、静かに口を開く。
「帝国の狙いは、即時侵攻ではありません」
全員の視線が集まる。
「恐怖を先に浸透させる」
「内部から分裂させる」
ノルディクス代表が問う。
「対策は?」
「三つあります」
レオンは、指を立てる。
「第一に、航路の分散」
「第二に、保証基金の拡張」
「第三に、情報公開の強化」
リオネルが、食い気味に言う。
「それで艦隊は止まるのか?」
痛い問いだった。
レオンは、即答しなかった。
「艦隊は止まりません」
正直な言葉。
「ですが、艦隊は国家を維持できません」
ユリウスが、静かに頷く。
「帝国は恐怖で従わせる」
「だが恐怖は、持続するのか」
ノルディクス代表が腕を組む。
「短期的には、十分だ」
その通りだった。
市場は短期で動く。
理性より先に。
レオンは、円卓を見渡す。
「今、帝国が最も欲しているのは」
一拍。
「離脱宣言です」
カルディアのリオネルが、視線を逸らす。
「誰か一国が折れれば」
「連鎖する」
東方自治連合代表が、低く言う。
「……我が国に圧力が来ている」
会議室がざわめく。
「帝国の使節が水面下で接触している」
恐怖は、既に侵入していた。
レオンは、ゆっくりと立ち上がる。
「ここで確認したい」
声は穏やかだが、強い。
「協議会は、理念で結ばれていますか」
沈黙。
「それとも、利益だけですか」
重い問いだった。
リオネルが、苦しげに言う。
「我々は、国民を守らねばならない」
「守るとは?」
レオンが問う。
「今すぐの平穏か」
「長期の自立か」
円卓が、静まり返る。
ユリウスが、静かに言う。
「帝国は恐怖で従わせる」
「我々は選択で結ぶ」
ノルディクス代表が、小さく笑う。
「理想だな」
「理想は必要です」
レオンは答える。
「だが理想だけでは足りない」
その言葉は、自身にも向けられていた。
「防衛について、具体策を提示します」
円卓の空気が、変わる。
知略だけでは足りない。
それを、彼自身が認めた瞬間だった。
「信用は、守られてこそ価値を持つ」
窓の外。
遠くの海は静かだ。
だが、向こうには黒い艦隊がいる。
三十日。
円卓は、揺らいでいた。
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