剣の狼は南に下り立つ
5年ぶりに訪れた南の地は、セバスティアーノの記憶にあるよりも肌寒く感じた。とはいえ、この季節は、もう雪の散らつき始めた東の公爵領とは大違いだ。伯爵領のそこには、明るい太陽が空にあり、穏やかな秋の陽気が街を包んでいる。
13日も、旅路に要した。
それだけの期間を費やした甲斐がある。南の伯爵領は、過ごしやすそうだった。
セバスティアーノは、東で産まれた。東の、いつだって冷たく凍えたの中で。3歳で剣を握ってみせろと言われて、そして、これは狼だと当主の目に叶った。
あっという間に、セバスティアーノは、ゼノン公爵家当主の、正統なる長男と認められた。
そんな経歴があるから、セバスティアーノは、極寒には慣れているが、暑さは堪える。着てきたコートはどう考えても南の気候に相応しくなく、たまらず薄手のコートを新調した。それすらも羽織る気になれないが、これから畏まった場に赴くので仕方がなく袖を通した。こうも暑いのに正装の準拠は東も南も似たり寄ったりだ。南部の民は我慢強いらしい。
とはいえ、それはお貴族さまたちの話だ。街を歩くセバスティアーノの視界を横切る市井の者たちは、みな過ごし良さそうな薄着である。
「ほら、伯爵領といえば、蜜柑だろ。うちのは新鮮だ!」
「皇都でも行列ができるスパイス料理!」
賑やかな街の市で働く平民たちは、よく肌が焼けていて健康的に見えた。東国との戦に出ずっぱりだった頃、セバスティアーノは、今より日に焼けていたが、この南の陽射しの下なら、すぐに、あの頃よりもさらに焼けることだろう。
しかし、もう死んだ義兄は、ーー魔法使いは、こんな晴れやかな土地を治めていたにもかかわらず、薄い色素を持っていた。銀の髪に、薄青の眼。妙な話だ。そんなことを何とはなしに思ってしまい、不快感にセバスティアーノは顔を歪め、足早に目的地へと歩き出した。
魔法使いの館への手土産は何が良いかと、思考を切り替える。己が仕える予定の主は、4歳だと聞いている。甘いものを与えておけば、子どもなんて適当に喜ぶだろう。
きっちりとラッピングされた高級品より、その辺の露店で売っている庶民的なものが、却って珍しいかもしれないと、柑橘の砂糖漬けなどを適当に見繕った。伯爵家の者に嫌な顔をされて、捨てられるならそれまでの話だ。
「ーーお兄さん、ひどく美男だなぁ。たっくさん、女を泣かせて来たんだろ? ……加えて、うちの砂糖漬けを贈れば、どんな美女も夜をともにしてくれるさ!」
下世話な会話の質は、東も南も同じようだ。露店主の言葉を否定せずに肩をすくめ、南の女は小柄な者が多く、やりづらそうだとセバスティアーノは思案する。どうせ飼っている衝動を抑えることは無理で、娼館へと通うに違いないが、怪我をさせるのは本意ではない。男なら、まだマシだろうか。
当然ではあるが、南の街並みは東部とはまったく異なっていて、建物には白が多用されており、洗練された印象を受けた。皇都に隣接する伯爵領は、皇都ほど都会的に街が発展している訳ではないが、綺麗な街並みを臨める利便性の良さそうな街だった。
伯爵領は、さほど広くない。店が立ち並ぶ街の中心部ではなく、外れにある伯爵邸にも、すぐに到着した。5年前に訪れたときも確か思った。おとぎ話と同じだ。やはり魔法使いとやらは喧騒から少しでも遠ざかりたがるらしい。賑やかなことが大好きだった姉は、何を考えてこの南の地で生活してきたのだろうか。白い伯爵邸は、姉の葬儀のときと同じく、静謐そうに佇んでいた。南では滅多に雪は降らないと聞く。なのに、南のフィンチ伯爵領は、何もかもが白い。雪のように。




