憎しみの女神像
姉が嫁がされると聞いた日、俺はひどく憤った。
さんざ、俺たち姉弟を軽んじて痛めつけ、愚弄した挙句に、遠方へと売り飛ばすのか。俺は、公爵家に命じられた通りに剣を振るってきたというのに。いっそすべて殺せば、自由になれるのだろうか。今にも剣を持って飛び出しかけた俺を、姉の手が引き止めた。
ーーいいのと、姉は、はしゃいだ。
「ねえ、バスティ、私がお嫁に行く、伯爵さまは、本当に魔法使いなのよ。おとぎ話ではね、魔法が使える人は、産まれつき色素が薄いって言うでしょう? 伯爵さまは銀の髪をしているらしいわ。きっと大魔法使いね!」
東の公爵領に、狼はいても魔法使いはいない。人々は、魔法なんて夢物語か何かのように考えている。目にする機会もなく、存在するかも疑わしい。しかし、遠い首都には魔法使いと呼ばれる者たちが確かに存在するのだと、知識としては知っていた。
剣技を重んじる東の公爵家から、魔法使いが治める南の伯爵家へ、姉は花嫁として売られて行った。
姉のいない公爵領で、しかし、それでも、セバスティアーノは励んだ。命じられるままに、誰よりも剣を振るった。多くの命を奪って、それでも、剣の働きによって、遠くに嫁いだ姉の安全と幸せを保証してもらう、それだけがセバスティアーノに残っていたすべてだったから。
姉が死んだと聞いて、セバスティアーノは愕然として、やはり憤った。
ーー魔法使いに嫁いだんだろう。魔法はどうした。
葬儀のため、はじめて南を訪れて、魔法使いとやらにお目にかかることが叶った。確かに銀髪で、ひどく冷たい無表情をして妻の葬儀を取り仕切っていた。姉の幸せが、この暖かい南の地にあったとは思えなかった。空っぽだ。幸せも、愛情も、ーー姉の棺の中も。
姉は馬車の落石事故で死んだらしい。魔法使いの救助は間に合わず、健闘虚しく亡くなったと。
ーーその非業の死を、葬儀に集った伯爵家の者たちは歓迎している。戦場で何度も己を助けた直感がそう叫んでいた。
魔法使いに、同じく銀髪の若い女が寄り添い、ふたり手を握って何事かを唱えると、どこからか白い花びらが舞い降りてきた。花びらたちは白く楽しげに揺れている。ーーこれが、魔法か。まるで祝福のようだと、その美しい景色を俺は睨んだ。
姉の生の答えも、姉の死の真実も、棺桶の中には納まっていない。魔法とやらで棺の中身を誤魔化すことさえしなかった者たち。姉を弄んだ者たちの苦しみと血で、その空虚を満たしてやろうと、そう誓った。
女神像を見上げる。どこか微笑むような公爵家のものと違って、伯爵家の女神像は、少し怒りを滲ませるような、いかめしい表情をたたえていると感じた。いや、ーー違うな、セバスティアーノに唯一残った、生きる理由と同じだ。きっと背を押してくれている。
憎しみの、背を。




