第二十九話 悔恨
アイセン山。
それは、ダンティル西部にあるピールスリン最高峰であり隣国との境に位置する山。ブナの原生林などがあり、冬季にには豪雪地帯となることでも広く知られた山らしい。
一般常識が身に付けられなかったアマラ。一般常識が欠けているカルラ。そのそもこちらの一般常識がない太郎が知る由もないのだ。
「ここか……」
そんなわけで、三人はアイセン山の麓へと来ていた。
「美しい山ですね」
頂上付近は白くなっているが、それ以外は概ね青々としている。
「それにしても、よくこんな山に本拠地を移しましたね。確かに、守るならうってつけだとは思いますが上下山に一苦労ですよ」
アマラの言うとおりだった。となると、山に食料の自給自足できる施設かなにかを持っているのだろうかといろいろ考える。
「……ま、いっか」
太郎の目的は、アイセン山におかれているピールスリン共和国の臨時首都を完膚なきまでに破壊し、中尉の首を打ち取ることである。
太郎たちも、今思えば散々中尉たちに苦しめられた。今回は、この親元を直接たたきに行くのである。生半可な覚悟では決して倒せない相手だ。
太郎は大きく息を吸った。
呼吸を落ち着かせると、アイセン山を高く見上げた。
「よし! ……登山届出しに行こうか」
「はい」
「そうですね」
太郎は山から踵を返し、アマラとカルラも同じように踵を返すとそのまま近くにある駐在所に向かう。山によっては登山口などに登山届入れがあったりするのだが、アイセン山にはないようだ。
「あ、そうだ。文字書けないんだけど、アマラ頼んでもいい?」
「いいですよ。王国政府につけておくので」
アマラは上機嫌で答えた。理由としては、全て王国政府からの要請だということが挙げられる。つまり、経費は全て政府が支払ってくれるのである。代筆料は経費に入るのは疑問だが、太郎もアマラも敢えて考えなかったのは言うまでもない。
◇
翌日、太郎たちは改めてアイセン山の麓へとやってきた。
昨日は朝やってきたのに丸一日掛かった理由としては、内乱による混乱によってきちんと駐在員に給料が支払われていなかったらしい。また、駐在員からしてもこんな内乱ど真ん中でのうのうと山登りする猛者が現れるとは夢にも思っていなかったようだ。
そんなわけで駐在員はどこかへとでかけており本日の朝ようやく出勤したところで登山届を突き出しておいたのだ。
「いやー大変だったね」
駐在所の前で駐在員が帰ってくるのを待つためにずっと座りっぱなしだった太郎たちは、すっかり腰が痛くなっていた。
「全くですよ」
太郎は転移が使えるために登山届を提出してすぐに麓まで来れたが、本番はここからである。すでに山を登ったかのような疲労具合を呈してはいるのだが。
「じゃ、行くとしますか」
「はい」
「ええ」
二人もやる気だった。その決意を太郎はしかと受け取り登山口に第一歩を踏みしめたのだった。
しかし、問題は早々に起こった。
「うぅ……気持ち悪い」
太郎たちが登り始めてまだ一時間ちょっと。太郎に高山病の症状が出始めていた。
「かなり頻繁に登山道に吐いているので、登山道が吐瀉物まみれである」
「ちょっとタローさん? そんなに吐いてると胃液がなくなりますよ」
太郎を心配するアマラ。本気で心配しているのかは定かではないが、一見すると心配しているように見える。
「ありがとう、アマラ」
感謝を述べるも、会話をした衝撃で再び嘔吐感が遅い登山道を汚した。
「これじゃ埒が明かないですね」
そもそも、太郎たちは一時間も登っていない。高さ的にもそれほど高くなく、とてもじゃないが高山病の心配になるほどの高さではない。たまたまこちらの世界の酸素濃度が低いというわけでもなく、ただ太郎がとてもやわなだけである。
「まだまだ道半ばですのに……」
カルラは山の頂きを仰ぎ見る。麓にいるときと比べて、わずかに近づいているとは感じられるがまだほど遠い。一度本格的に休憩しようと、山の斜面を眺める。すると、山の斜面に巧妙に似せた無機質な壁があることがわかった。
その場所は近い位置にあったため、カルラはその場所へと向かう。
「なんでしょう? これ」
触ってみるが、山の斜面特有の凹凸はない。凹凸が描かれて入るが、見事な平らだ。
「タローさん! ちょっと来てください」
胃液を撒き散らしている太郎を、カルラは強引に連れてきた。
「見てくださいよこれ!」
「……ぁぁ」
太郎はすっかりやつれており僅かにしか反応はないが一応は理解しているようだ。
「……グランドブレイク」
今にも朽ち果てそうな声でグランドブレイクを起こすが、その瞬間巧妙に隠された山の斜面に亀裂が入りそのまま崩壊を始める。
「お宝が眠ってそうですね! 探しましょう。間違っても胃液で汚さないでくださいね」
今まで消極的だったアマラも、この光景を見るなり何かが埋められているのか目を輝かせる。しかし、崩れた瓦礫が動いていることに二人は気がついた。
「何でしょう?」
カルラが瓦礫の直ぐ側までやってきて、瓦礫を動かしてみる。すると、瓦礫の下敷きになっている人物が血まみれでぐったりとしている。
「タローさん!? 誰かいます。 血まみれです!」
さすがの太郎も、人を見殺しにはできないということで瓦礫のそばまでやってくる。道中、瓦礫を踏んだときに「いてっ」という声が聞こえたが疲労による幻聴だと片付けることにした。
「これはひどい……。誰がこんなことを!」
下敷きになっている人物は意識を取り戻したのか、悲惨な光景を見て思わず声を漏らす。太郎たちは明後日の方向を見ながらも瓦礫下の人物に話しかけた。
「失礼、ここは一体?」
「ここはアイセン山にあるピールスリン共和国の軍事施設。アイセン要塞だ。一時的にピールスリンが奪われたのでここに閉じこもっていたんだがな……。何者かによってこの有様だ」
「な、なんてひれつな!」
太郎は棒読みだったが、兵士はあまり気にしていないように話を続ける。
「この有様じゃ、ピールスリン共和国軍は壊滅だな。ただ、中尉は山頂で人を待ち続けているから大丈夫かもしれないが……うっ」
兵士は突如意識を失う。
「タローさん? 聞きました? 中尉は山頂にいるようですよ」
太郎は中尉の元へ急ぐことにした。兵士のことも気がかりではあったが、もとより敵同士。助ける義理はないのである。
「わかった」
太郎は、瓦礫を跳ね除けて先へ進む。中尉の元まで急ぐとはいったが、先程まで太郎は胃液を吐き散らしまくっていたのだ。転移も使えないし速く移動する手段はない。おとなしくこの斜面を登るのかと思った矢先、カルラは瓦礫の中から金属質な物体を見つけた。
「タローさん! これ、何でしょう」
太郎はカルラの方へと向かい、何が見つかったのかと確認する。
カルラが見つけたのは金属質な巨大な箱であり、扉が備え付けられている。また、箱の上下からはワイヤーが出ておりどこまで繋がっているかわからないが相当な高さまで繋がっていそうだ。
「エレベーター……?」
太郎は、そう呟いた。
しかし、アマラとカルラに見覚えはないため首を傾げている。
「えれべーたーってなんです?」
二人はえれべーたーなるものがなんだかわからなかったが、太郎は何の躊躇いもなく扉を開けた。魔力で動かすようだったが、幸いにもグランドブレイクの影響から免れていたようで動くものだった。
二人がエレベーターの中に入るが、これから何が始まるのかと戦々恐々としていた。
「僕の予想が正しければ動くはず!」
太郎は自分自身の勘を信じ、三角形の形が描かれたボタンをタッチした。すると、その三角形が光り扉が閉まるとエレベーターが微かに動き始めた。
中にはガラスなどはないため、きちんと上昇しているのかは確認できない。実際、アマラとカルラは何が起こっているのかわからずに動揺していた。
そして数分後、エレベーターが動きを止めると、扉が開く。
「なんだこれ!?」
アイセン山の山頂は吹雪であり、雪が太郎たちに殴りかかってくる状態だ。日中なのだが猛吹雪の影響で日光は遮られ数メートル先の視界を確保するのがやっとだ。そんな中、太郎たちが前に進んでいると一人の人影が見えた。
「……遅いぞ」
太郎はその声の主の姿はよく見えなかった。だが、声だけで誰かはすぐにわかった。
「中尉……」
さらに近づくが、中尉は全身を防寒装備で固めながらも本気で体を震わせて寒そうにしていた。
「や、やっときたか……。た、太郎。おまえをここで、ころさねばならん」
太郎に対する決闘の宣言なのだろうが、本気で寒そうでありあまり本気には聞こえなかった。
「ファイアーボール!」
太郎は、親切心でちょっとしたファイアーボールを中尉へと打ち出した。
「あぁー。暖かい……」
中尉はそのファイアーボールで体を充分に温めた後、改めて鞘から剣を引き抜き太郎に構えた。
「太郎……。行くぞ!」
そう言うと、中尉は目にも留まらぬ速さで太郎に襲いかかった。いくら太郎が能力値アップを受けているとはいえ避けるのがやっとだった。
「早いっ!」
なんとか避けられるも、中尉の攻撃は続く。太郎は正直な所避けるのがやっとであり、魔法などを撃つ余裕などなかった。
「埒が明かんな。それにしても、仲間を連れてきたのか……」
中尉はアマラとカルラに狙いを変更する。
中尉の速さは太郎とほぼ互角。アマラとカルラが避けられるわけもなかった。
「まずいっ!」
中尉が二人の方へと襲いかかるとの同時に、太郎も二人のもとへ向かう。速度はほぼ同等なため、速く出た中尉の方が速かった。
「ファイアーボール!」
太郎は地獄の業火を連想する。ファイアーボールといっても、先程のとは比べ物にならないほどに大きくて熱いものだ。
だが、中尉は後ろに振り向くなりそのファイアーボールを一刀両断した。
「この程度か。小僧」
太郎は、ファイアーボールを撃ったのは二人を守るためだ。最悪攻撃が当たらなくとも二人を守れれば充分だった。しかし、中尉はこともあろうかそのファイアーボールを切り捨ててしまった。さすがに切り捨てられるとは太郎も予想しておらず、一瞬の隙ができてしまう。
「馬鹿め」
太郎が気がついたときには中尉は太郎の直ぐ側まで来ており、中尉は太郎の腹部めがけて渾身の一突きを放った。
こういうときたいていうめき声が出るものだが、そんなうめき声を出す余裕がないほどに強く。そのまま太郎は崖を滑り落ちながら途中の鞍部まで転がり落ちた。
「強い……」
中尉は間違いなく強敵だ。能力値アップを受けているというのに、太郎と中尉の能力はほぼ互角。様子からして炎魔法は出せないようだが、魔法に対する防御も一通り身につけている。おまけにこちらはアマラとカルラを抱えている。
「アマラ! カルラ! 逃げろ!」
太郎は、二人に向かって叫んだ。ただでさえ遠くに飛ばされたのだ。アマラはいいとしても、カルラは割と耳が遠い様子がある。本気で届いているか心配だった。
「ん? 何でしょうかタローさん……」
何か言っていることに気がついたアマラは太郎の口元をよく見る。口の形からして、太郎が発生した言葉は母音が『ieo』の文字だ。
「いえお……? 『ひでお』でしょうか……?」
アマラが勘違いに悩んでいる中、カルラはそもそも聞こえていなかった。
「くそっ。動いてくれない。多分聞こえていないのか」
本格的に悩む太郎。このまま中尉が二人に攻撃すれば勝ち目はないというのに。
「どうしたら……」
しかし、太郎がそんなことを考えている間にも太郎が考えた最悪のシナリオ通りにことは運んでいた。そう、中尉は再び二人を狙ったのだ。まず先に狙ったのはカルラだ。
「おわっ!?」
カルラは傭兵時代の勘が生きたのか間一髪のところで避ける。しかし、避けれたのは一発だけ。中尉はカルラを蹴り飛ばすが、カルラはそれを避けられなかった。そのまま崖の下へと落ちていった。
「次はおまえだ」
中尉はアマラを睨む。
さすがのアマラも中尉から狙われているということは気づいている。しかし、攻撃手段は何も有していない。ただ野生の熊と目があってしまった時のように一歩一歩後ろに後ずさることしかできない。
「雑魚め」
中尉はアマラの元まで瞬時に移動するとそのままアマラを崖の上から蹴り飛ばした。
「なんてことを……」
太郎は鞍部から必死に山頂まで戻ってきたのだが、ちょうどアマラが蹴り飛ばされることを目撃していた。
「足手まといが消えたんだ。もっと嬉しがりなよ」
だが、太郎にとっていろいろと問題ばかりであったがなんだかんだ二人との冒険は楽しかったのだ。途中でもうひとりいたような気がするが、とりあえずおいておくことにする。
そんな大切な仲間を足手まとい呼ばわり。さすがの太郎も許せなかった。強く拳を握りしめて全身全霊をもって中尉に襲いかかる。しかし、中尉は太郎の攻撃を避けるとそのまま蹴り飛ばす。
「弱いね。君。本当に弱い。まあ、頑張った方じゃないかな?」
貶しているのか褒めているのかわからない批評をしながら、中尉は太郎に近づいていく。しかし、太郎は本気で中尉の倒し方が思い浮かばなかった。
「どうしたら……」
太郎の前の前が真っ暗になった時、中尉は剣を太郎の首へと振り下ろした。
だが、太郎の首に当たる直前に、別の何かに刺さった。
生々しい音を聞き、太郎が目を開けるとそこにいたのはリリーだった。
「リリー……?」
リリーの腹部には剣が突き刺さっている。
だが、太郎が感情に駆られる暇もなしに中尉はリリーから剣を抜くと崖からリリーを蹴り落とした。
「邪魔が入ったな。今度こそ」
再び中尉は剣を太郎の首へと狙いを定めるがそれよりもまえに猛スピードで突撃してくる何かによって中尉の攻撃は阻まれた。
「ふんっ……。我の敬虔な信徒を殺す? 冗談も存在だけにしておくがよい」
猛吹雪の中、吹雪や寒さの影響を何ら反映していなさそうな人物。ステフィーだった。
「ちっ」
舌打ちするよりも前に太郎は必死に拳を中尉の顔に狙うも避けられる。だが、それと同時にステフィーの猪突猛進も起こった。さすがに二つの同時攻撃には避けられなかったのかステフィーの攻撃をもろに受けて吹き飛ぶ。
「今だ!」
太郎は、アマラとカルラ。リリー。三人の敵討ちのため魔力を込めた拳で、中尉の腹部を殴りつけた。
「まだだ……。グランドブレイク」
グランドブレイクは地面や建築物を破壊しかねない大変危険な魔法だ。間違っても人体に使用してはならない。
魔法発動の瞬間、とてつもない衝撃波が太郎を襲ったが中尉は避けられなかった。
中尉の腹部には丸い穴が開いており五臓六腑はほとんど消えてしまっていた。
「負けたか……。ポ○モンのレ○ドの気持ちってこんな感じだったのか」
中尉は前世における国民的RPGを思い出す。だが、その独り言に反応したのは太郎だった。
「ポ○モン? もしかして転生者……」
ポ○モンなどこちらの現地人が知っているわけがないのである。話しかけると、中尉は驚いた顔をした後笑顔になった。
「何だ、君も転生者だったのか。……。もっとはやく会いたかった……」
中尉は、そう言い残すと息を引き取った。
◇
アマラとカルラは崖から落ちたが、ちょうどその時下にリリーとステフィーがいたため事なきを得たようだった。
また、ピールスリン共和国政府は解体されて王国政府の統治に戻るという。なお、王国は多少は今のやり方を改善するらしい。
とはいえ、課題は山積している。
それでも──。
「これで、一段落つきましたね」
アマラは、復興のために尽力している人たちを見て、何か思うところがありつつもその言葉を飲み込んだ。
「うむ。そうだな。我の神託の布教はまだ始まったばかりだがな」
「お腹すきましたー」
太郎は何か聞こえたが、何も聞こえなかったふりをして一言言葉を漏らした。
「そうだね」
第三章終わりです。
中尉は、元自衛隊員の転生者で神様から能力値アップを受けてました。
だから太郎の速度と同等だったんですね。
2023/06/13 ラストシーンを31話に移動。




