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第二十八話 ピールスリン奪還

「ぎもぢわるい……」


 太郎は、船の甲板で柵に体を預けながら血色の悪い手で口を覆っていた。というのも、この太郎たちが乗っている船。とにかく揺れるのであった。当然ながら酔いに弱い太郎は悶え、甲板の柵に掴まるのがやっとだった。


「吐いたら罰金だからな? ちなみに、酔い止めもあるぞ」


 横から出てきたのはウィズインウィスタリア。悪名高き船乗りであると同時に、なぜか太郎たちと深い縁のある人物だ。

 当然のように、今回太郎が乗った船の船長も彼、ウィズインだった。


「あ、大丈夫です。一文無しなんで」


 何が大丈夫なのかはわからない。太郎はきっと酔いのせいで頭が回っていないのだろうと周りの人は考える。しかし、相手はあのウィズインだ。一筋縄ではいくはずもない。


「は? じゃあお前らの運賃どうするんだよ。降ろすぞ」


 金がないとわかるや否や、太郎たちを家畜以下の存在と考えたような目で睨みつけた。


「オットーって奴につけておいてください」


 太郎がそういうと、ウィズインの顔色が一八〇度変わった。


「引き続き海の旅をお楽しみください」


 ウィズインは、まるで太郎たちを貴族のような丁寧な所作で扱うと笑顔で運転室へと戻っていった。


◇


「ああ、気持ち悪かった」


「さて、ここからピールスリン政府は……。すぐ近くですね」


 ピールスリン港周辺はすでに旧政府により奪還されている。特に戦いもなく奪還できたのだという。

 太郎としても、敵を気にせずにいられるため好都合だった。旧政府から支給された藁半紙の地図を開いてみたのだが、ピールスリン政府のある公共施設群が非常に近い。


「元々ピールスリンはここら一円を支配する小国でしたからね。それに、遷都には金がかかります。国はなかなか動こうとしませんでした」


 カルラの解説を聞きながら道を探す。


「見事なくらい平野ですね」


 立ちふさがるものと言えば、人工的な建築物しかない。だが、それが問題だ。山なら容赦なく破壊できるが、人がいる建築物となれば話は別。兵士を殺すならまだしも、民間人を殺したくはなかったのだ。


「とりあえず、馬車の手配をお願いしてたんですけどね……」


 太郎たちは、旧政府から知らされている馬車乗り場へと向かう。戦闘により破壊されたのか、ついさっき造りましたと言われたほうがしっくりくるくらいの簡易設計である。


「心配だ」


 いくら名馬を連れてこようとも、この簡易設計の馬車乗り場では馬の価値が半減してしまうというものだ。不安になりながら奥に進み、その光景を見て太郎は呟いた。


「何だこれ」


 一応馬車自体はあった。太郎たちによる貸し切りのものである。しかし、それは馬と言うにはあまりにも小さかった。


「大丈夫ですかね。この馬」


 太郎の身長の半分にも満たない小さな馬。きっと、馬鹿力なのだろうと思い三人で馬車に乗り込むのだが──。

 馬は暴れるものの、馬車はびくともしない。


「タローさん? 馬を鞭で叩いてください」


「わかった」


 こんな小さな馬を叩くのに抵抗はあったが、走らなければ元も子もない。心を鬼にして鞭で馬を叩く。しかし、鞭の痕がつき悲鳴のように聞こえる鳴き声を聞くたびに太郎の良心は締め付けられる。そして、どんどん馬も暴れなくなっていき苦しそうに思えてきた。


「タローさん? どうしたんですか? 普段のあなたなら馬を鞭痕だらけにするところでしょう」


 全く進まないことに起こったのか、アマラが太郎のもとへと顔を出し急かしに来る。


「一体いつから僕はそんな鬼畜になったんだい? 貴族のこと批判できないじゃないか」


 異世界転生者にしては珍(・)し(・)く(・)人の心がある太郎だ。これ以上の追い込みは酷だった。


「よし、徒歩で行こうか」


 他の動物が傷つくくらいなら、だったら自分が傷ついた方がよいという考え方の太郎はおとなしく歩くことにした。一方のアマラとカルラは不満そうで、アマラは御者台へと座り牽引する馬を鞭で打ちまくっているのだが、実は操作が難しいと思うなり諦めてくれた。

 カルラは挑戦したのだが、どうやら傭兵時代に勉強したらしく難なく馬はカルラの言うことを聞いてくれてゆっくりとだが歩み始めてくれた。


「傷がひどいのでこのぐらいの速さが限界ですね。傷がもっと軽ければもう少し早く走れたんですけどね……」


 カルラの独り言が、太郎とアマラの心に突き刺さる。どこか心苦しい思いをしながらもピールスリン政府へと向かった。


◇


 旧政府軍と義勇軍が近くまで来ているのか、ピールスリン政府の庁舎がある地域に到着しても兵士の姿はない。

 太郎たちは、道路を不審に思いながら進んでいく。


「やけに静かですね……。戦闘になると想定していたのですが」


 いくら敗北が目に迫っているとは言え、仮にも本部の目の前である。さすがに兵士の一人もいないというのは軍事学に造詣がない太郎とてわかることだった。


「罠かもしれない。注意しよう」


 罠といっても具体的にどのような罠が仕掛けられているかすらわからない。むしろ、不安を煽ることにすらなりかねない言葉だった。

 しかし、事態は何事もおきない。官邸の前に到着するも、官邸の前からはなんの物音もしない。


「誰もいないのか……? まさか、すでに脱出しているのか!?」


 敗北が目の前に迫っている以上、ここから脱出して別の街に政府機能を移すというのは自然なことだった。


「逃げられたんでしょうかね? でもまあ、貴族の不祥事に関する書類が眠っているかもしれません。とりあえずこの官邸を漁ってみましょう」


 アマラの呼びかけに三人は同意し、恐る恐る官邸の門扉を開けた。案の定、中には鼠一匹いる気配はなく物静かだ。三人は官邸のあるさまざまな扉を開けて回ったが、誰もいないどころか書類は全て残されていなかった。


「書類どころかホコリ一つ見つかりませんね……」


 何か重要な書類があったのだろう。そのため、徹底的に情報を残さないように掃除してから別の場所に政府機能を移した。というのが太郎の推理だった。


「でも、敵が目の前に迫っている中掃除とかします?」


 カルラが尤もな反論を出す。


「テストの前とか掃除したくなるでしょ?」


 実はこのこと。『獲得的セルフハンディキャップ』などという若干の表記ゆれはあるもののそんな感じの名前はついていたりする。

曰く、万が一成績が奮わなくても『掃除をしていた』というハンディキャップがあったから奮わなかったんだと言い逃れができる。


「ああ、なんかわかります」


 派遣とはいえ昇給試験のあったカルラは、何やら思うところがあるようだ。一方のアマラは先程からずっと首を傾げっぱなしである。学校に行ったことがないとまあそのような反応になっても仕方ないだろう。


「残るは最後の部屋か……」


 太郎たち三人は官邸の最奥部にある部屋『大統領室』の目の前に到着する。今までまわってきた部屋よりも明らかに部屋の扉に重厚感がある。


「どうしたんです? 開けないんですか?」


 太郎がこの扉を開けるのにためらった理由。それは、別に扉の重厚感とは一切の関係はない。


「生体反応を感じる……」


 太郎は、この部屋の奥に一人人間がいることを感じ取っていた。もしこの人が中尉の側近などだった場合戦闘になる。太郎とカルラはいいとして、アマラは何ら戦闘手段を持たない。そのため、躊躇っていたのだ。


「まあいいです。私が開けます」


「ちょっと!?」


 アマラは、太郎の制止の呼びかけにも耳を傾けずにその扉を開けてしまった。


「何もない……?」


 生体反応を感じると太郎は言ったが、少なくともアマラからしてみればどこにでもあるただの執務室のようにしか見えなかった。

 その光景に安堵したためか、アマラは警戒を解いて室内の奥へと向かう。ピールスリンを一望できる窓の近くまで行ったものの、特に何も起こらなかった。


「タローさん。何もないですよ」


「ならよかった」


 徒労に終わってくれたことを嬉しく思い太郎が部屋に入った瞬間だった。太郎は即座にその場から跳ね除ける。

 その直前に太郎がいた場所には、剣が刺さっていた。


「さすがだな」


 天井から声が聞こえると、すぐに黒い影が天井から部屋へと降り立つ。


「おまえは……誰だっけ?」


 太郎が必死に思い出そうとするも、思い出せない。顔はどこかで見たことがあるのだが、太郎の小さな脳みそで考えてみるが出ないものはでない。


「あなたは、外務大臣?」


 アマラが外務大臣を見て驚いたように声を上げる。


「そうだ! ピールスリン共和国政府の外務大臣だ! というか貴様、つい先日あったばかりだろう」


 自分を覚えていないことにひどく不機嫌な外務大臣だったが、そんなことには目もくれず太郎は外務大臣に話しかけた。


「で、何のようだ?」


「愚問だな。貴様を殺す以外に目的はあるまい?」


 外務大臣は短剣二本を構えるとそのまま太郎と対峙する。

 そんな様子に、アマラとカルラは手出しできない。そんな空気が流れていたのだ。


「ん?」


 太郎は、違和感を覚えた。


「よそ見とは余裕だな!」


 外務大臣は太郎に向けて突撃を始める。その瞬間、外務大臣の頭部からは鮮血が溢れて外務大臣が倒れた。即死である。


「……。結局何だったんでしょう?」


 カルラは窓の方を見るが、何かが太陽光によって反射しているように見えた。目を細めて見てみれば、義勇軍の狙撃兵がこちらに向かって狙撃銃を構えながら誇らしげな顔をしている。


「ああ、なるほど。奴に殺されたんですね。というか、学習能力ないですね。この組織」


 過去に同じような手法で殺された幹部がいたような気はしたが、先日出会った人の名前すら忘れる太郎である。とっくに忘れていた。


「全くだね」


「はい」


 太郎の同調に、さらにアマラが同調する。カルラは、内心太郎も人のこといえないのでは? と思ったりもしたが、心の内に潜めておくことにした。


「さて、これからどうしよう」


 太郎はこれからのことを思案する。外務大臣は倒したため、残る敵は中尉のみとなった。どうやって中尉を倒すのかを考える。


「タローさん! こいつ、大臣のくせに財布に金が入っていません。失望しました! なら、この高そうなスーツをパンツに至るまで売り捌きましょうか。でも、血がついていると価格が下がりますね……」


 金目を物を漁っているアマラと同じく、カルラも外務大臣を漁っているようだが金目の物が目当てではなさそうだ。


「タローさん? こいつ、なんか重要な書類を持っていますよ?」


 カルラが探し当てたのは、一枚の封書。太郎はその封書を受け取ると、親展と書かれていることを気にもせずに破り捨てた。


『タロー氏へ。君のことだから親展と書かれていても平気で破るのだろう。一応言っておくが、親展とは受取人しか見てはいけないということだ。まさかそこまで馬鹿ではあるまい?

 さて、本題に入ろう。この書を読んでいるということは外務大臣を倒したということだ。君はそれだけ強いか、もしくは卑怯な手を使って殺したのだろう。殺し方はともかくとして、私は現在ピールスリンを放棄してダンティルにこもっている。私は、いずれ再びピールスリンを奪還するつもりだ。

 君のことだからゴキブリをその都度対峙するのではなく、ゴキブリの巣にナパーム弾でもぶちかますのだろう。我々は、アイセン山を本拠地としている。いつでも自殺しに来なさい。全身全霊を持って君を殺してあげるよ』


 太郎は、全て読み終わるとアマラとカルラの方へと向いた。


「……。アイセン山ってどこ?」


「知らない」


「知らないです」


 アイセン山の場所を突き止めるために、三日ほどかかった。

次回が三章最終話です。今年中に投稿できるように頑張ります。もし無理だったらごめんなさい。

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