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第二十七話 熱い夜

「もしこの施設を損壊するようなことがあれば、我々はあなた方に賠償請求をしなければなりません」


 その声を聞いたとき、外務大臣の握り拳はアマラの顔面すれすれのところで止まった。

 やがて、扉が開かれる。出てきたのは、この施設の受付嬢だった。


「ちなみにここ、キャピリス政府により重要文化財に指定されているので小さな町の年鑑予算額程度の金を請求しますよ」


 その言葉を受けて、外務大臣はおとなしく拳を引いた。

 敵を倒すことは重要だが、そんな大金請求されていいはずがない。そもそも、現政府はキャピリスとの国交回復を求めている。そんな中で重要文化財など破壊すれば国交回復は遠のいてしまう。そう考えると、少なくともこの場所では外務大臣は太郎たちに攻撃できなかった。


「命拾いしたな」


 そう言い残すと、外務大臣は苛立っていたのか速歩きで扉へと向かう。その気迫に押され、受付嬢は思わず道を開けてしまう。そして、外務大臣は扉を薙ぎ倒す要領で勢いよく開けるとそのまま去っていった。


「ふぅ……」


 アマラは強張っていた体が一瞬にして中身が抜かれたようにその場に尻もちをついた。

 相当怖かったのだろう。


「無事で良かった……。でも、交渉は決裂。どうするかな」


「とりあえず、帰りましょう」



 結局、太郎たちは特に収穫もなく散々散財した後ハインクフにある亡命政府に帰還することとなった。

 なお、帰りの交通費などあるわけもない。転移魔法を使い、無事に()()()ハインクフへと帰還した。


「久しぶりのハインクフですね。キャピリスは盆地なのでクソ暑くてたまったもんじゃなかったです」


「キャピリスはおいしいものがいっぱいあったのでよかったのですが、改めてハインクフってクソ田舎ですね」


 土地に対する罵倒を聞きながらピールスリン亡命政府のオンボロ小屋を目指した。


「あれっ? あんなに賑わってましたっけ?」


 遠方に見えるピールスリン亡命政府は、まるで人気ラーメン店のように行列ができている。外貨稼ぎにラーメン屋でも始めたのだろうか。

 太郎太刀は近くまで行ってみるが、別にラーメンの看板らしきものはかかっていない。


「おや、タローくんかな?」


 亡命政府の外観を眺めていた所、聞き馴染みのある声がかかった。オットーだった。


「久しぶりだな、タローくん。実はピールスリン解放準備は整った。隣国も支援してくれるらしい」


 そう言って、オットーは太郎たちを手招きし亡命政府の中へと入っていく。激狭料理店を彷彿とさせるような高人口密度の海をくぐった後、比較的人口密度の低いバックヤードへと入った。そこにあったのは大量の武具だった。


「あの、これは……」


 太郎は、大量の武器の意味がわからなかった。アマラも同様だが、カルラはどうやら思い当たる節があるようだ。


「ここにあるのは全て、我々がピールスリン奪還に用いる武具だ。そして、今受付の前で集まってくれているのは我々の友人たち。すなわち、義勇軍だ」


 全員が全員ピールスリン人だとは思えず、他国からも兵士を集めていたのだろう。


「でも、私たちが交渉をうまくまとめ上げていたら無意味じゃないですか?」


 カルラからの指摘は尤もだった。平和的に解決していれば、この大量の兵士たちも武具も徒労に終わってしまうのだから。それに、この大量の人数。生半可な額で集められるものではない。相当な高給を提示して来てもらったのだろう。


「たとえ君たちが交渉をまとめようとまとめれずとも、いずれにしろ反政府派は潰しておいて損はないからね。そのつもりだったよ。むしろ、君たちが交渉に言ってくれたおかげで共和国政府(向こう)は我々へのちょっかいを自粛してくれたからね。そういった意味でも君たちが行ってくれて良かったよ」


 要は、太郎たちが交渉に行ってくれたおかげで共和国政府の注意がそちらに向き旧政府は自由に軍拡できたのだという。


「え? 僕ら徒労っすか? 体よく利用されてただけっすか?」


「まあまあ、そんなことどうでもいいじゃないか。明日に備えようではないか」


 オットーは、特に何も考えていないようであり業務に戻っていった。


「まあ、そうですね。あした──明日!?」


 今までの文章の流れから察するに、明日ピールスリン解放を行うのだろう。もうちょっと準備があると思ったのだが。


「まあ、何事も早いほうがいいですからね。特に、貴族を全員倒すためには……」


 アマラは、悪に染まったかのように何かを呟いているが太郎は聞くべきではないと判断し聞かないことにした。


「よし、寝るか」


 明日戦うのであれば、できる限り早めに休んだほうがよい。太郎は、寝場所を確保するため亡命政府付近にある公園に来たのだが、そこには大量の寝袋が置かれていた。否、義勇兵たちが寝ているのだ。

 何が問題かって、ほぼほぼ男なのである。ざっと95%以上は。


「身体的にも、男性の方が戦いに有利なのは当然ですよ、タローさん」


 カルラはそう太郎に声がけをすると、唯一他の人とも一定の距離離れた場所へと趣寝袋に包まった。

 ちょうど太郎もそこにしようとしていたために、改めて場所を探さなければならない。


「もしかして、場所がなくて困っているのかしら?」


 繊細でありつつも、どこかたくましいような女性の声に太郎は振り返るが、そこにいたのはどう考えても可憐な女性とは言い難い人間で、典型的な男のような体をしている。


「そもそもの話、戦いに行くのだから筋肉質の女性はいるかもしれないけど可憐な女性なんて居るわけないでしょう」


 全くもって正論であった。


「さあ、私の隣が開いているわよ。私リリーっていうの。一緒に素敵な夜を楽しみましょう?」


 そう言って、太郎はリリー腕を掴まれた。


「え? あ? なんで!?」


 必死に脱出を試みるが、リリーの丸太のような太い腕には全く靡かない。結局、太郎はリリーの隣で素敵な夜を過ごしたのだった。

リリーの性別は不詳です。

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