第二十六話 会議の本題
「我々ピールスリン共和国政府は、貴公らを認めない。それは決定事項だ。そして、速やかに我が国に帰還せよ」
外務大臣が述べたのは、予想通りの言葉だった。
「それは断る。ピールスリン亡命政府は、貴公らを認めない。我が亡命政府こそ、正当なピールスリンの統治機構だ。そもそも、民を虐殺している貴公らが、人々を統治できる存在だと到底思えない」
太郎もまた、事前に用意した文言を言ってのける。
「虐殺だ? 貴族の屋敷を破壊しておいてよく言えるなぁ!」
外務大臣は、旧政府が貴族の屋敷を破壊したことを非難したいようだ。事実、中には大勢の人がおり、太郎らは認識してないが負傷者だって大勢出ている。かろうじて死者は出ていないが。
なお、太郎は自分がやったことだが敢えて何も言わないでおいた。
「き、貴族はあなた達のパトロンでしょう。貴族に操られているんじゃないんですか!」
貴族は悪の枢軸。そんな強い印象を抱いていた太郎は、外務大臣に指差し非難する。しかし、外務大臣はさして取り乱すわけでもなくただ目を細めた。
「パトロンの意を汲むのは当たり前だ。逆に聞くが、旧政府は政府の最大の納税者である市民に対して何を施してくれた!」
思わず、太郎も言葉が詰まってしまった。しかし、奴隷解放以上の英断もない。
「奴隷解放があるだろ! 出自は誰にも変えられない。変えられない身分で差別するのは間違っている。それに政府は気がついたんだ!」
太郎は真面目に宣言したつもりだったのだが、外務大臣は失笑していた。
何が面白かったのか。そんなことを考える余地はあったが、一向に思い浮かばない。
ただ笑い声が響く中、笑い終わった外務大臣は説明を始める。
「夢を見るのは勝手だ。しかしな、今まで奴隷として扱ってきたのに突然人権を尊重しろなんて言われても無理な人にとっては無理なのだ。それが民主主義の結果だとしてもだ。そもそも、大多数の奴隷には学がないし能力もない。競争社会にいきなり放り出されたことで何ができる? 浮浪の民に落ちるだけではないか。治安は悪化し、浮浪の民は子をなし非識字者は増大。さらなる治安の悪化を繰り返す。経済奴隷の中には学があるやつもいるかもしれんが、身分奴隷は何の役にもたたない。労働力が増えた結果、失業率はさらに高まる。労働の価値が根本的に低下するんだ」
労働の価値が低下すれば、あらゆるものの人件費が低下する。その結果、導き出せるのが社会全体のデフレだ。高失業率も相まって、人件費の大幅な下落は免れない。
一般の家計は、いずれ価格が下がるものを買おうとはしない。したがって、総消費額は減少する。店からすれば、大問題だ。さらに価格を下げても買ってもらおうと躍起になるだろう。
ただ、需要が安定している食品はそれほど下がらないだろう。農家からすればいざとなったら諸外国へ売ればよいのだ。ないと困るものである以上、必然的に割高な価格だったとしても需要は下がらない。
そうなると、そこまで深刻なデフレは起きない。それに、経営者側からすればいい事ずくめである。より低賃金で働く意欲の人が増えるのだから。
「解放された奴隷を支援するのも国の役目だ。それに、分配の役目は市場ではない。政府だ」
太郎はこの世界に来てからというもの、社会保障制度について詳しく知ろうとはしなかった。それでも、なければ作れば良い。そんな考えが太郎を動かす。
しかし、外務大臣の顔に浮かんだのは憐憫の情である。
「お前は奴隷解放宣言を読んだことがあるのか?」
「いや、文字読めないし」
外務大臣は顔を引きつらせた。いくらこの世界の識字率が低いとはいえ、重要な国際会議において識字できない者が代理人として出席したのだから。
「……。ただ奴隷を競争社会に放り出すだけだ」
そう言って、全文を提示するも太郎からすれば読めないものは読めない。おとなしくアマラに代読してもらった。
曰く、ピールスリンにおける全ての奴隷を解放する。
曰く、解放奴隷については政府は一切救済策を用意しない。
曰く、富裕層のフィランソロピーに期待する。
「代読代払ってくださいね」
「ああ、亡命政府に請求して」
「おかのした」
アマラが契約に納得するとおとなしく去っていく。太郎としても、改めて代読された文章を反芻する。
確かに、自由放任がすぎるというのは納得できる話だった。それでも、一応は民主制なのだ。
「それでも、いずれは」
政府関係者にあってはならない何の裏付けもない希望だ。それでも、良心により、ピールスリン民はよい選択をしてくれるものだと期待している。
だが、外務大臣の様子がおかしい。静かながらも激昂しているのが目に見えた。
「理想論の押し付けはもうたくさんだ。冒険者ならわかるだろう? ありとあらゆるところでありもしない費用を毟り取られる。職員は、こうでもして稼がねばやっていかないのだ。犯罪行為をしてまで日々の衣食住に困窮するくらいだったら、奴隷になり安定した衣食住を得たいと思っている者もいるのではないか?」
その言葉を受け、太郎は反論する言葉がでなかった。
おそらく、彼の言っていることは事実なのだろう。カルラだって、派遣兵士とかいう意味のわからない存在だった。
「我々は、ピールスリンの未来のために今一度原点に帰り舵を切らねばならないのだ。そもそも、我々は民衆からも支持を得ている。それが何故かわかるか! 機能していない民主政、汚職まみれの政府、極端な貧富の差に市民はとうに信頼を失っているのだ! それでも、政府は何もしなかった。一部の貴族の影響もあっただろう。だが、貴族の影響下にない土地なんてたくさんある。貴族に対し、何の害もない市民救済策もあっただろう。政府が何かしたか? 反論があるならお前じゃなくてもいい。言ってみろ!」
その言葉に、太郎は勿論、カルラは反論しなかった。
「待ってください!」
声を上げたのは、アマラだ。彼女は、目に涙を貯めて、両手を握りしめて外務大臣に向かって叫んだ。
「それは、奴隷がどんな扱いを知っていての発言ですか!?」
アマラは、奴隷として生活していたことがある。だからこそ、奴隷ならではの苦しみも理解しているのだ。必死の訴えにもかかわらず、外務大臣は煙たそうに目を細める。
「ああそうだよ。でも、全体が等しく不幸になるよりかは一部の人が絶望を味わい残りが幸せな方がいいんだよ」
外務大臣は持論を展開する。確かに、その理屈も決して間違ってはいない。否、政治に正解なんてなければ間違いなんてない。決めるのは市民なのだ。どんなにその政治が人を殺し、環境を破壊したところで市民が正しいといえばそれは正しい。
「あなたに奴隷の気持ちがわかるわけないじゃないですか」
奴隷を軽々しく扱う言葉が平然としゃしゃり出てくる辺り、彼は全く奴隷のことなんて考えていない。少なくともアマラはそう思えた。
「わかるよ、奴隷のことは──」
「いえ、微塵もわかりません。わかる気がないですよね!」
アマラは、外務大臣の言葉を遮ってまで叫んだ。そして決めつけた。
「仮に知ってるんだったら、あの惨状を知っているのであればまた奴隷に戻りたいなんていう奴隷がいるとは思えません。奴隷がどんな生活を送っているのか知っていますか? 知っているんですよね! だってわかるんですよね? じゃあ言ってくださいよ!」
今度は、アマラの心に火がついてしまったようだ。饒舌にも、奴隷の日々を思い出し外務大臣について迫る。
さすがの外務大臣も、アマラの気迫に押されている。
「奴隷の処遇を決めるのは所有者本人だ。確かに、君の所有者はひどい扱いをしていたのかもしれない。だが、それは極一部に過ぎない。中には、幸せだという人もいる。実際にこの目で見てきた。奴隷の処遇において、残虐な行為を禁止する法律を作る。約束しよう」
外務大臣のこの発言。太郎は、単純にアマラの激昂を抑えるための姑息な手段だとは思えなかった。本当に考えているとも思えてしまい、太郎はただ歯を食いしばりながら二人の口論を見ている他ない。
「ついでに我の信託を国の標語にするというのであれば、我は貴公らの政府を唯一の政府だと認めよう」
「納得いきません。問題は貴族です! この法案は、貴族は相当反発するでしょうし施行されても貴族の地域が強い地域ではただの形骸です。貴族がいくら処罰されようとも、一度受けた傷はもう治らないんですよ!」
「君の言い分もわかるが、それでは大多数の人間は納得いかない。我々は、多くの支援者から奴隷制の復活を要求されてきた。我々は、支援者に恩を返さねばならないのだ」
その言葉を受け、アマラは外務大臣を見下すような目線で悲観した。
「なら交渉は決裂ですね……」
外務大臣を同様だった。
「非常に残念だ……」
「おかしいな、代理人は僕のはずじゃ……?」
いつの間にかすっかり代理人としての役割がアマラに移っていたことに戸惑いを覚えるも、今の状況で太郎を気にしているものは一人もいない。
外務大臣は懐から短剣を取り出し、アマラに身構える。
一方のアマラも、握りこぶしを作り戦闘態勢に入る。
外務大臣の攻撃力は未知数だが、少なくともアマラに戦闘能力などない。太郎はとっさに飛び出すも、外務大臣はアマラに飛びかかった。
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