第十二話 レストランでの軋轢 前編
「さて、これからどうしようか」
太郎はそんなことを呟きながら壊れた馬車を見つめた。馬も怪我はなくどうにか修復できないかと太郎は近づいてみる。扉は破壊され、内装もかなり荒れているが、扉と内装についている機械を破壊すれば充分利用できるものであった。太郎は独自に修復を試みるが、引きこもりでゲーム三昧でそういった知識のない太郎には到底不可能だった。
諦めて太郎はアマラたちの方を見ると、そこにはカルラを警戒しているアマラとシャドーボクシングをしているステフィーが居た。
「本当に良いんですか?スパイとかだったらどうするんですか?そもそも、本当に派遣なんですか?」
奴隷を経験したことがあるアマラだからこそ、他人に対して疑り深いのも無理はなかった。アマラの視線からは信じようとする気配が全く感じられず、ただただ訝しげにカルラを観察している。
「本当ですよ!まず、非正規兵士にスパイなんて務まりませんよ!」
「そもそも、兵士に正規も非正規もあるんですか?」
「ありますよ!このご時世、働き方は多種多様なんです!」
二人の会話の応酬は全く終わる気配が見えず、加熱していくのみであった。どうしようかと太郎が考え込んでいると近くを通った馬車を捕まえウェステスに向かい始めた。ステフィーを座席に乗せると運転手への信託が延々と続くだろうということで、貨車に乗ってもらうこととなった。そして貴族に座らせるほど馬車も広くはなかったので貨車となった。
貨車ではステフィーが貴族に相手に延々と信託を述べ続けて賑やかだが、車内の空気はとても気まずかった。アマラ、太郎、カルラの順番で座っているが、互いに目線を合わせようとはせずにそっぽを向いている。太郎もなんとかしようと藻掻いてはいるが、女性経験の皆無な彼に女子の気持ちがわかるはずもなく諦めた。
そんな気まずい雰囲気に耐えられなかったのか運転手が話し始めた。
「皆様、昼食はお召し上がりましたか?」
太郎が思い返してみれば、食事を摂るためのレストランで奴隷脱走のポスターを見たのだ。結局食事はまだ食べていなかったのだ。
「いえ、途中で食べ損なっちゃって」
「左様ですか、でしたら途中のリハウセドで食事をされてはいかがでしょうか?リハウセドは高級住宅街ということもあり物価は高めですが、セレブの味覚を満たすために世界中の食材が集められていますよ」
ずっと馬を操作していたからか、車内の不穏な空気を感じ取ったからなのか運転手の全身から汗が出る。
「どうする?」
「私は良いと思いますよ?」
「不本意ながら私も賛成ですよ」
二人の険悪な空気に包まれつつ程なくしてリハウセドにあるギルド直営の大衆食堂についた。それもそのはず、リハウセドに建っている食堂はどこも高所得者向けなのだ。1000ネスしか持っていない以上、ここでしか食べられないのだ。
馬車を待機させるように告げ、貨車に貴族を拘束する。その際貴族が「あのぉ。私の昼食は……」と貴族とは思えない謙虚さで問いかけてきたが、アマラが「は?お前はドッグフードで我慢しとけ」と険悪な顔で告げた。貴族は恐れ慄いたのか「ひぃ!」と似合わない高い声をだし貨車の床に染みができていた。
「貴族も一応人間ですし、もう少し優しくしても良いんじゃないですか?トイレにすら行かせないのはどうなんでしょう?」
カルラが蔑むような冷ややかな目線と言葉ををアマラにぶつける。元貴族親衛隊ということもあり、あまり貴族に対して無碍には扱いたくないらしい。
豪華な装飾が施された扉を開ける。中に見えたのは貴族の屋敷を彷彿とさせる金色の壁紙の壁だった。公的機関とあろう施設にこんな形で税金が投入されるほどウェステスは財源が豊からしい。
調理場から出てきた店員がこちらを見つけると小走りで駆けつける。
「いらっしゃいませー。ピールスリン直営料理店リハウセド店へようこそ。何名様でしょうか?」
「よんめ──」
四名だと伝えようとすると、アマラが軽く肩を叩きカルラを睨みつけ店員の方を見る。
「三名で。そこの彼女とは別の席でお願いします」
歪んだ笑顔をしながら店員に伝えると、店員は少し怯えた様子で「は、はい」と答えた。
「どっちにしても、食事はタローさんの奢りなので」
特に慌てた様子もなく、カルラがアマラに憐れみの視線を返す。そうして彼女は魔法を展開した。
──こっち側なら君に負担を強いないよ。こっち側に来ないか?素敵な人生になると思うよ?給料も食事代も寝床も衣服も充実度も僕たちに任せば全部OKさ!流行にも乗り放題だよ!
太郎がカルラをこちら側に引き込むときに使った台詞だった。言質を取られていたことにアマラは為す術もなかった。中には昼時から少し過ぎてはいたが冒険者が大勢おり、安い料理に舌鼓をしていた。店員によりテーブル席に案内されると、アマラとカルラが真逆の席に座った。
周りのことを考えないステフィーでさえも二人の険悪な空気に不安を感じているようで、いつものように出しゃばらずゆっくりとメニュー表を確認している。皆がメニュー表を見て真っ先に決めたのはカルラだった。
「私はこの『トリュフ入りタピオカミルクティーシフォンフルーツパンケーキ。濃厚なミルククリームとココアクッキーを添えて』と、『苺モンブランソフトクリーム』にします」
カルラは引き込むときの台詞『流行にも乗り放題だよ!』に則り、流行りの食材を使った料理を堂々と注文した。
「我はこの、最高級ピールスリン牛ステーキごひゃ……300グラムを貢物して頂戴しようぞ」
二番目に決めたのはステフィーだ。途中で言い換えたのは食べられないと判断したのか、或いは二人の険悪な雰囲気によって胃を痛めたのかはわからない。
「僕は麻婆豆腐定食中辛にします。アマラは決めた?」
「はい。ジャージャー麺で」
太郎は直ぐに通りかかった店員に注文した。配膳を待っている間はただただ重たい空気が流れ、ステフィーは胃痛に耐え切られなくなったのか席を外してトイレに向かっていった。
太郎はステフィーは利己主義者だが、周りが全く見えていないという訳でもないことを知ると少し安堵した。
「そ、そういえばさっきから外が騒がしいね。何かあったの──」
二人を刺激しないように、太郎が二人に恐る恐る冷や汗をかきながら話しかけようとした。実際、外が騒がしいのだ。人の声もあるだろうが、どんぱちしている感じの音だった。高級住宅街で警備員も多く居るため太郎は心配していなかったが、どうも不安を拭えないでいた。
言い終わろうとした時、扉が爆発によって吹き飛んだ。それほど大きな爆発でもなく、付近の被害も少ない。店内の客の大部分が冒険者ということもあり、直ぐに冒険者たちは武器を取り出し警戒する。僕も剣を手に取ろうとはしたが馬車の中に置き忘れてしまったことに気づいた。護身用に座っていた椅子を投げれるように準備をすると、扉から黒尽くめの人物が七名入ってきた。
彼らはこちらを見るなり一斉に魔法を展開した。展開中に一人の冒険者が剣を構えて突撃したが、黒尽くめの人物の一人が隠し持っていたナイフで首元を刺され倒れた。
調理場やバックヤードを中心に爆破させるとリーダー格と思われる一人がこう宣言した。
「我々は奴隷制度の恒久化を目指す。そのために奴隷肯定派の実力を見せつける。奴隷解放などという愚策を実現しようとする現政府は言語道断。我々がこのピールスリンに新秩序を齎さなければならないのだ!死にたくなければ動くな!我々は何の罪もない平民を殺す趣味はない。大人しくしていれば命の保証はするぞ」
そういって残りの六人が客を見て回り始めた。
「彼らは一体?」
太郎がふと漏らした問にカルラが反応した。
「ウェステス周辺で活躍している奴隷肯定派の武装組織です。奴隷制を存続させようとしている貴族から大量の支援を受けています」




