第十三話 レストランでの軋轢 後編
「ん?どこかで見た顔だな」
太郎がアマラの方を振り向くと、そこには怯えつつ腰を抜かし後退るアマラの姿があった。そして、その正面にいるのは黒尽くめの人物の一人だった。顔色は窺えないが、どうにもアマラが引っかかるらしいのだ。そして、ある結論を出した。
「お前。脱走奴隷か?」
アマラは何も答えなかった。何を言ってもどうせバレると思ったのだ。不快感を露わにし、密かに隠し持っていたナイフを背中で隠しながらゆっくりと後退る。ステフィーの様に物理攻撃が強いわけでもなく、太郎の様に魔法が強いわけでもない。どのみち自分一人では黒尽くめの人物たち敵わないことは分かっていた。それでも、自分なりに善処しようと考えていた。
「自分で言うわけないか。まあいい。奴隷は奴隷なりの使い方がある。殺しはせんよ」
息を殺しナイフを小刻みに震わしているアマラに、黒尽くめの男はゆっくりと近づく。
太郎も見ているだけにも行かず飛び出そうとするが、カルラに腕を引っ張られた。
「な、何をするんだ」
「死にますよ。太郎さん」
カルラの眼差しは真剣そのもの。太郎からはカルラは冗談では言っていないように見えた。
「基地で彼らと戦ったことがあるんですよ。社員食堂を利用しようとしたら『派遣は社員食堂使うな!』って言われて喧嘩になりました。私は一瞬でやられてしまいましたが。剣の腕も魔法も並々ならないほど強いんですよ。社員食堂は非正規でも利用可と書いてあったのに!」
カルラは自分と戦ったときの様子を思い出していることだろう。でも、魔法を展開する時間さえあればどうにでもなる。黒尽くめの人物たちの視線はアマラに固定されている。太郎が魔法を展開させるには好条件だった。
「考えがあるんだ」
「え?ちょっと……」
相手に感づかれないように付近を警戒し近づこうとした。しかし、周りを警戒するあまり足元に注意が回らず食卓の脚に激突する。
「うげっ」
「ん?」
机の脚に太郎の脚をぶつけた音、思わず痛みで上げた声、脚を抱える太郎が跳ねる音。警戒している黒尽くめの人物たちが気づかないはずもなかった。脚を抱えながら太郎が気づいた時には黒尽くめの人物たちは魔法を展開していた。グランドブレイクでも展開しようと思ったが、ここは食堂。しかも公的機関だ。命の危険があったとはいえ目をつけられることだろうと自粛し、簡単な雷撃魔法を展開する。能力アップのおかげか魔法陣を展開することなく、アマラを今にも追い詰めようとしている黒尽くめに直撃する。
「ぐあっ」
咄嗟に蹲るのを見ると他の黒尽くめにも同様の魔法を展開する。
だが、簡単な魔法だけあって気絶はしなかったようだ。直ぐに立ち上がる。
「なあ」
「何だ」
「威力がおかしいのも百歩ゆずっていいとして……お前、魔法陣はどうした?」
「……は?」
魔法陣?
確かに、使い始めた頃は魔法陣が出たが、慣れると短くなっていった。今回に至ってはかなり構造が簡単な魔法のようで無展開で行けた。
あれって、必要なのか?魔法兵レベルになると簡単な魔法なら無展開でもいけるのではないかと思う。
きっと雷撃でどこかおかしくなったのだろう。そう思い太郎はもう一発アマラを追い詰めている黒尽くめに直撃させる。
「な、なんて威力だ……マジモンの化け物かよ……」
……あれ?
さっきの、威力がおかしいと呆れられた魔法と、それほど変わらない威力だと思ったのだが。
もしかして……。
「なあ。さっき言ってた『僕の魔法の威力がおかしい』って、弱すぎておかしいって意味だよな?」
「強すぎておかしいって意味だ!」
太郎が質問をすると、即座に勢いよく返事が返ってきた。能力アップを受けているとは言え、相手は魔法兵。能力アップを受けずとも鍛錬によって太郎並の能力を授かった者もいるだろうと思っていた太郎は改めて能力アップの凄さを思い知った。
「早く料理を食べたいんだけど良いかな?蹴散らしても。正規か非正規かで差別するような輩は居なくなったほうが社会のためにもなるしね!」
太郎が中級の雷撃魔法を展開しようとすると、黒尽くめは一斉に逃げ始めた。太郎は、戦闘に物足りなさを感じながら黒尽くめの方を睨む。
黒尽くめは防御魔法を複数人で一斉に展開し雷撃に備えながら扉の方へ向かう。しかし、そこで彼らは剣を構えたカルラと対峙する。
「誰かと思ったら非正規じゃないか。俺たちを止めに来たのか?」
黒尽くめのリーダー格も剣を構える。
「生憎、今は転職したの。だから非正規だの言われる筋合いは無いわ。まさか強いと思っていたあなた達がこんなことで慄くとはね」
「どけ、さもなければ前回の二の舞だ」
「逃げるあなた達に何ができるの?」
「逃げるのではない。戦略的撤退と呼べ」
「どっちでもいいわっ!」
強いと思っていた相手が思ったより強くなかったことに希望を持てたのか、カルラはリーダー格に剣を振り翳す。しかし振り下ろされる剣に対し、構えている剣で振り払う。カルラは後ろへ飛び退くも、着地と同時にその場に来ていたリーダー格の剣撃がカルラを左から襲う。直ぐに剣で防ごうとするも、間に合わず左腕に傷を負う。
「もういいだろう。邪魔だ!あやつは空気を読んで展開を終えてるのに撃ってこないが、いつ撃たれるかわからん。このことを上に報告しなければならない」
「カルラ、もういいかい?怪我もしたようだし、早くケリをつけないと。そこにいると雷撃受けちゃうよ?」
何を言われようとも食堂を使わせてもらえなかった恨みは忘れないカルラが、ここで下がる訳にはいかなかった。闘志を燃やし、再び剣を振り翳そうとするも別の黒尽くめの水魔法が直撃する。怯んだカルラを横目に黒尽くめは去っていった。
キッチンが破壊されたようで、昼食を取ることは叶わなかった。また、窓やら食卓やらが破壊されたので直ぐに立入禁止となった。
「ああ、お腹空いた……」
昼食を食べていない上に、あんな激しい運動をしたのだから極端な空腹になるのは自然なことだった。
「あ、あの。これもしよかったから」
レストランに居た客が、何かを持ってきていた。手に取り目を凝らす、鯵の様な魚の干物が何枚か入った紙袋だった。
「ありがとうございます」
アマラが太郎に代わり礼を言う。すると四人は一斉に紙袋を開く。そこに入っていたのは、干物三枚。
「三枚か。貴族にはそこらへんの何かで良いとして、どうやって分けるか……」
「一人当たり0.75枚で良いじゃないですか?」
カルラの提案通り四人分に分けようとするが干物は相当乾いており、砕こうとすると粉々になってしまう。
「じゃあ、食べましょう。粉々になったやつはカルラさんが食べるということで」
「は?なぜですか?アマラさん?」
「提案通りした結果の産物なのですから、言った張本人が食べるべきでは?」
「一般的な教養を身につけた人なら誰しも3÷4という発想になると思いますが?」
二人共剣幕で口論になる。そこにステフィーが近づいてきた。
「こんなことで争うとは。争いの火種は我が頂くとしよう」
紙袋を漁るステフィーに二人から拳と剣撃が贈られ、近くに吹き飛ばされる。
太郎は紙袋から二枚の干物を取り出すと、一枚を貴族に分け、黙々と食べ始めた。かなり乾燥しているようで直ぐに粉々になってしまったが、味は悪くなかった。それでも、二人の口論は続いており仕方なくステフィーと馬車の運転手に渡し、口論は収束した。
「乗りますか?」
呆れた顔をした運転手が声を掛ける。
「乗ります」
恐る恐るベルトを装着し待っていると、運転手がこちらを振り向く。
「そういえばお客さん。気を付けたほうがいいですよ」
「何がです?」
「お連れの御犬様のことですよ。あなた方が食事している間、ピールスリンから大勢の人が逃げてきたんですよ。なんでも、ピールスリンの方で奴隷制の存廃についての暴動があったと。僭越ながらあなた様もお気を付けたほうがいいですよ」
ピールスリンでの出来事も気になったが、取り敢えず奴隷の収容施設の解放を優先するため、ウェステスに向かった。




