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2月15日

そこはとある中学校の教室。クラスメイトの注目を集めているダイキの手には、前日ユウから譲り受けた赤い箱があった。


「見ろよこれ!昨日貰ったんだぜ!」


ダイキは右足を椅子に、左足を机の上に置き、右手の赤い箱を頭上に真っ直ぐ掲げている。


はたから見れば、天井の蛍光灯の交換でもするかの様な体勢である。


「これで俺にも彼女が出来るって訳だ!何てったって昨日はアレだったからな!」


ダイキは高所から教室を見渡す。


笑う者、嫉妬の愚痴をぶつける者、斜に構える者などが居たが、その中に一人だけ、明らかに様子の違う生徒が混じっていた。


「え…何で…」


誰にも聞こえない程小さく呟き、ダイキの掲げる赤い箱を凝視して口をパクパクさせている女子。二つに分けた後ろ髪は背中まで伸び、長めの前髪が目にかかっている。


「あれ…私の…何で」


動揺しているその女子生徒を、ダイキは見逃していなかった。


「あいつか…」


ダイキの大袈裟なパフォーマンスは、前日ユウにチョコを渡した唯一の送り主の対応を引き出し、特定するためだった。


放課後の帰り道で、ダイキは特定した女子生徒の後ろ姿に声をかける。


「おい、豊原」


ダイキの声に、豊原メグミは立ち止まった。メグミの方も、ユウに渡したチョコを何故ダイキが持っているのか疑問でならなかったから、ダイキが現れたのは彼女にとっても丁度良かった。


「雨宮…君?」


メグミがゆっくりと振り返ると、雨宮ダイキが居た。彼の右手には、金のテープで飾られた赤い箱がある。


それは間違い無く昨日、メグミがユウの下駄箱にこっそり入れた物。


「これ、お前のか?」


ダイキが右手の赤い箱を差し出すと、メグミは数秒後、ゆっくり小さくうなずいた。


「ちょっと聞きたい事があってよ」


「私も…聞きたいんだけど…」


メグミは顔を傾け、目にかかった前髪を右手で整える。


「おう」


「それ…何で雨宮君が持ってるの?」


ダイキの持つ赤い箱を指差して、メグミが言った。ダイキは左手で頭を掻いている。


「話すとちょっと長くなるなぁ。とりあえず、これはお前ので間違い無いんだな?」


メグミがもう一度うなずくと、ダイキは「ちょっと待っててな」と言い残して駆け足で去っていった。


「はあ…訳分かんない」


メグミが電柱に背中を預け、体を揺らして待っていると、ユウがこちらに歩いてやって来た。思い人である男子、加村ユウの登場に、メグミの心臓がドクンと跳ね上がる。


「加村君…!?」


「えっと…豊原さん、だよね?」


「は…はい」


「ちょっと話したい事があるんだけど、外じゃなんだから。僕の家に来てくれる?」


「え、え!?」


予想外の展開に、メグミの思考が大きく揺さぶられる。ユウは少し困った顔をしていた。


「駄目かな…」


「いっ、いえ!行きます」


「そう。ダイキも一緒で良い?」


いつの間にか、ユウの側にはダイキが居た。ダイキの手には、もう赤い箱は無かった。


「良い…ですけど」


ユウが自宅の場所を簡単に説明した後、3人は別れてそれぞれの家に帰る。


ユウの家のインターホンが鳴った頃、夕日は殆ど沈み、空は暗く染まっていた。


扉の前で緊張し、体を強張らせるメグミ。彼女はピンクのアウターに青いジーンズで、靴下には星の模様が散りばめられている。髪型は、学校の時そのままのツインテール。


扉が音を立てた瞬間、メグミは全身をビクンと震わせる。


「おう!遅かったな。入れよ」


出迎えたのはダイキだった。メグミは脱力し、大きくため息をつく。


「お邪魔しまぁす…」


メグミがダイキに続いて入ったのは、ユウの部屋だった。勉強机に本棚、クローゼットにベット。他には特筆する物が無く、その分広く感じる。


勿論、ユウの姿も。


「いらっしゃい。豊原さん、座って」


ユウは既に座っていて、ダイキもその隣にドカッと座り込む。


メグミは「はい」と小さく返事して、扉の前付近にそっと正座した。


「ごめんね、ダイキが変な事しちゃって」


ユウは困惑の混ざった笑顔を作り、すぐ隣にいるダイキに軽く触れた。


「んだよ。チョコが一個だった事のが変だろ!」


「一個…」


メグミの呟きに、ユウが「そう、一個」と返し、更に続ける。


「自慢じゃ無いんだけど、去年のバレンタインでは沢山チョコを貰ったんだ。でも今年は君の一個だけだった」


ユウは一旦言い終わると、自分の学生カバンの中から赤い箱を取り出した。


「これ、本当に豊原さんがくれたんだよね?」


「はい」


「いつもなら俺が食っちまうんだけどさ、こうも激減すると気になるだろ?だから誰のなのかを確かめたかった訳よ。何てったってこいつはモテるからな」


ダイキの横槍の途中、メグミが「えっ?」と声を漏らしていた。


「食っちまう、って…雨宮君が?」


「ダイキ、先に言っておく事があるだろ」


ユウに睨まれ、ダイキは「わりい」と言って頭を下げる。


「実は僕、アレルギーが有ってチョコが食べられないんだ。でも直接チョコを断ると悪いと思って、受け取ったチョコをダイキに代わりに食べて貰ってたんだよ」


ユウは話しながら、まず自分の胸に手を置き、次にその手をダイキに向けた。ユウが言い終わった時、ダイキが右手の人差し指だけを伸ばして、自分の口元に当てる。


「ナイショだぞ?」


「知って、ました。アレルギーの事」


わずかにうつむきつつ、遠慮がちに放たれたメグミの言葉に、ユウとダイキの時間が凍り付いた。


「…へ?」


「豊原さん、知ってたの?」


「はい…たまたま、聞きました。多分加村君のお母さんだったんだと思います」


呆気にとられ、未だ凍り付いたままの二人。メグミは更に続ける。


「何日か前にすれ違った主婦のグループの雑談の中で、加村君の話題があって。うちの子実はチョコアレルギーなのよーっ、あら加村さん大変ねー、って…」


「それを君が広めたのかい?」


メグミはブンブンと、大きく首を振って否定する。ツインテールにした髪が、彼女の背中で散らばった。


「私じゃないです!多分一緒に居た友達が…」


「そうか。母さんからか…」


その場の誰に言うわけでもなく、自らの体に染み渡らせる様な面持ちで、ユウが漏らした。


「てっきり何かの理由で嫌われてるのかと思って気になってたんだ。良かった」


ユウは姿勢を崩しながら脱力し、微笑む。


「加村君が嫌われるなんて、とんでもないです!」


「だよな!何てったってこいつはユウだから!」


声を荒げるメグミにダイキが乗っかり、ユウの微笑みが苦笑に変わった。


「ダイキ、それは理由になってない」


「ん?ちょっと待てよ豊原。アレルギー知ってんなら何でチョコ渡したんだよ」


「それは…中の手紙を見てもらったら…分かってもらえるかと」


恥ずかしさを思い出し、ちぢこまるメグミ。


「て言うか、まだ開けてないんですね…それ」


メグミがそれと呼んだ赤い箱は、座る3人の中心に置かれていた。


「僕はダイキにそのまま渡したから、開けてないね」


ユウがダイキを見て言った。


「俺はなーんか気になってさ、手ぇ付けなかった」


「見たら分かるって言ったよね。豊原さん、今開けて良い?」


メグミはどこを見るわけでもなく目線を沈め、しばらく躊躇した後「どうぞ」と言った。


「それじゃあ…」


ユウは箱を痛めない様に気を使い、金のテープを必要最小限だけちぎり、丁寧に包装を外していく。


中の箱は真っ白で、蓋を開けると、まず折られた紙が入っていた。


「これを読めば、分かるんだね」


メグミはうつむいて目をそらし、小さくうなずく。頬がわずかに赤くなっている事に、残りの二人は気付いていなかった。


ユウが紙を開いて顔を寄せ、そこに書かれた文字を読んでいる。ダイキも手紙を読もうと体を近付けるが、ユウがそれを押し返した。


「…えっ?」


疑問符を上げながらも、ユウは読み終えた。手紙を持ったままの両手を下ろし、真っ直ぐにメグミを見つめる。


「これ…本当に僕が食べても大丈夫?」


「は?だからユウはチョコアレルギーだろ?何言ってんだよ」


ダイキに構わず、ユウは繰り返した。


「豊原さん、これ、本当かい?」


メグミはユウと目を合わせ、ゆっくりと、しかしはっきりとうなずいて見せた。


ユウが目線を落とした先の、白い箱の中。ハート型に固められ、透明なラップでやや乱雑に包まれているそれは、どう見てもチョコレート。一口では食べきれないサイズの、茶色いチョコレートだった。


ユウはそれを手に取り、ラップの包装を解いていく。すぐに、まろやかな甘い香りがユウの鼻に届いた。


「おい、ユウ…」


勢いを無くしたダイキの言葉は、決意を固めたユウには届かない。ユウは静かに唾を飲み込んだ。


「いただきます」


ユウがチョコにかじり付いた。パキッと音を立て、半分ほどになったハートがユウの手元に残り、もう半分がユウの舌の上で溶けていく。


高級感がある風味、乳製品由来のコク、病み付きになる甘み。


「…美味しい」


ユウの一言で、まるで花が開く様に、メグミの表情がパアアっと明るく咲いていく。


「豊原さん、これ…すごく美味しい!」


メグミに見せたユウの表情は、感動の二文字を表している。余程美味しかったらしく、残りの半分もすぐに口に放り込んでしまった。


「美味しいのは良かったけどよ、本当に大丈夫かよ?何てったってお前チョコアレルギーだろ?」


「ダイキ、これはチョコレートであってチョコレートじゃない」


「は?」


眉をひそめるダイキに、微笑むメグミが説明した。


「普通のチョコレートにはカカオが入ってて、アレルギーの人はそのカカオが駄目なんです」


「はあ…」


「私のチョコレートにはカカオが入ってなくて、代わりにキャロブが入ってるんです」


「キャロブ?」


初めて聞く言葉に、ダイキが再び眉をひそめた。


「日本語ではいなご豆って言います。コーヒーやココアの代用品になってて、チョコレートにも使えるんですよ」


「これなら僕も食べられるね。ああ、チョコレートってこんなに美味しいんだね!」


未だに興奮が収まらないユウ。ふわふわととろける様な、恍惚とした表情をしている。


「豊原さん、本当にありがとう」


ユウはメグミの両手を自分の両手で包み込み、顔を近付けた。メグミの顔がみるみる赤くなっていく。


「良くキャロブなんて知ってたね。君がこうして作ってくれなかったら、僕は一生チョコレートの味を知らなかったかも知れない。本当にありがとう」


メグミはゆっくり、ゆっくりと、ずり落ちる様に顔を下げながら、「どう、いたしまして…」と返事をした。


「良く分かんねえけど、カップル成立みたいだな!」


ダイキが中腰で二人の横に移動し、それぞれの肩をポンと叩いた。


「へっ」


ダイキに向かって顔を上げ、小さく、そして異様に高い声を上げたメグミ。


「何てったってバレンタインチョコだろ?今更義理でした~なんて言わねえよな?」


「でも、私なんか…ブスだし…」


メグミはユウから両手を引き、だんだんと縮こまっていく。ユウは右手をアゴに当て、「うーん」

と唸った。


「女の子と付き合うのは初めてだから、うまくやって行けるかは分からないけど…とりあえず、友達みたいな感じからで良ければ…」


メグミの鼓動のギアが上がり、激しくなっていく。「それって…」と言いながら、重い頭を持ち上げた。


「これからもよろしくね、豊原さん」


メグミの知る限りの、最高の笑顔がそこにあった。

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