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僕の愛しいご主人様  作者: ひかり
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10*宰相シズ

表題にも書きましたが、題名と本文を手直ししました。本当にすみません…。

 カインデルに案内され虎鉄が向かった先は、人気の無い城の外れのとある一室。狭くはないものの、蔵書やら書類やらがいくつも山となって積まれているその部屋には、彼が待っていた。


「ほほっ、わざわざご足労じゃったアレス様」


 机上の山からひょっこり顔出したのは、目元まで癖の強い髪が伸びている、深い森のような濃緑色の髪と知性を秘めた穏やかな目をした、明朗な老年の男性。


「お元気そうで何よりじゃな」


「あなたもね」


 まだ年若い王を支え実質この聖獸国の政経を担っている、宰相のシズが己のデスクから腰を上げ、対談用のソファーへと腰を下ろした。


「本当に汚くて申し訳ない…色々問題が山積みでの」


 彼はローテーブルを占領している書類を適当にどけ、虎鉄に座るよう促した。


「すまぬがカインデル、ちょっと席を外してくれぬか」


 一瞬だけカインデルはマルーアと視線を交わし、そしてすぐに無言で軽く会釈をし、部屋を出ていった。


「さてと…ああ、面白い茶と菓子をもらってのう。『りょくちゃ』と『まんじゅう』というものなんじゃが、どうじゃ?」


「べつに僕は良いよ。それより何故呼んだんだい?」


 腰を上げかけたシズは、なんじゃつまらぬと少々残念そうに再び腰を下ろした。


「ああ、そうじゃったそうじゃった。単なる儂の我が儘なんじゃが」


 長い髭を撫でながら、ほほっとシズは明朗な笑い声を上げた。


「この国のため、王のために尽力してくれるかの?」


 あくまでもシズは穏やかに問う。そして虎鉄もあっさり返す。


「別に良いよ。一応これでも聖獸王の生まれ変わりだしね。この国のために働いても良い。ただ、一つだけ条件があるけど」


 だがその表情とは裏腹にスッと、まるで猛禽類のような鋭い眼光に変わった。初めてそれを見る者は、あまりの鋭利さに顔を青ざめ口をつぐんでしまうというが、虎鉄はにこにこと笑顔を崩さない。


「…あの少女のことかの」


「そう、彼女の身の安全と自由を約束してくれるなら」


「ううむ…身の安全なら保証できるが…自由はのう…」


 万が一を考えると、シズは首を縦に振りたくなかった。


「もし彼女の正体が明かされれば、排斥しようとする輩が出てくるじゃろう。だがあなたは彼女を守ろうとする。さすれば本当に人間から国を守った聖獸王の生まれ変わりなのかと皆、疑問をもつ。そして…」


「僕を喚んだ王やその周りにもとばっちり、ってとこかな」


「なんじゃ。やはり分かっておったか。今、王は危うい立場に立たされておる。なんとか王位は継いだものの、まだ成人しとらんというだけで、毎日のように意見書が届くのじゃ」


 もう王直系の血を受け継ぐのは現王と、その兄しかいない。だが兄はとある事件により、身分を剥奪されてしまっている。建国から続く『王位を継ぐのは直系の者でなければならない』という伝統を終わらせないと、シズは前王と固く誓っていた。


「へぇ、大変そうだね」


「大変なんてレベルではないわい!王は確かにお若いが聡明で心優しい、きっと御父上ような良い王になられるじゃろう。じゃが第2継承者だったあの悪名高い侯爵が王位に付けば…」


 考えるだけでも恐ろしいと、シズは大きな溜め息を付いた。魔獸国が台頭してきている今、本来は身内で争っている場合ではないのだ。


「…とは言っても、あの少女をずっと閉じ込めておくのも気の毒なのは確かじゃ。分かった、すぐにはとは言えないが何か策を考えておく」


「ありがとう、その言葉信じるよ」


 もし反したらどうなるか分かってるよね?と言わんばかりのその笑顔に、一年前から思っていたが、やはり一筋縄ではいかないとシズは改めて思うのであった。


「ならばこれから、この城内で過ごしてもらおうかの。三日後の建国祭の前に、王や大臣たちにも会ってもらはなけばならぬし」


 すると、すっと虎鉄の表情が変化した。


「ああ、そういうことだったんだ。僕をここに呼んだワケ」


 笑顔が消え、その氷のような冷々とした眼差しで睨む虎鉄に、シズは少々困ったように苦笑いを浮かべた。あの屋敷からここへ来るまで、使用人から役人、兵士と多くの人とすれ違ったが皆、目を丸くし虎鉄を穴開くほど見つめていた。騎士団隊長のカインデルに親しげに話しかけ、この世界では珍しい聖獣王と同じ金髪をもつ美丈夫。魔獣王の生まれ変わりがいるのなら、きっと聖獣王の生まれ変わりだっているはずと、まことしやかに流れていた噂。それが事実となったと、もう口々に伝わっていることだろう。


「変装しようとも夜中であろうとも、これで僕は他人の目から逃げられなくなった。彼女の身の安全を考えると、どこに目があるか分からない以上、会いに行くのは得策ではない…か。足が悪いから来てくれって言われたのに、普通に元気そうだったからおかしいと思ったんだよね」


「それはそれは、すまぬのう。じゃがこうでもしなければ、あなたはあの少女の側から離れようとせんだろ。この城の敷地内は転移禁止の術もかけられておるしな。それと、あなたには一応護衛をつけさせてもらうぞ」


「護衛?見張りの間違いだろう?」


「ほほっ、そうとも言うな。しかし安心してくれ、別に人質にとったという訳ではない。ただこの三日間は王のため国のために尽力して欲しいだけなんじゃ。終わったら、いくらでも会えるようにしとくからの」


 しばらく二人は無言で、お互いの腹を探り会うように視線を交わしていたが、先に折れたのは虎鉄だった。


「…分かったよ。君の思い通りになるのは何だか癪に触るけどね」


 ため息をつき、ソファーに深く寄りかかった。恐らく離されることになるだろうとは予測していたが、三日間とはいえ葵に会えなくなるのは寂しかった。


「…あの約束、絶対に守ってくれよ」


「そう疑うものではない。心配するな」


 見た目に反して子供みたいなところもあるなと、思わずシズは忍び笑いを溢していた。


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