やがては倀鬼になる
「あーあちい、少し水浴びするね。ゾンビは洞窟には寄ってこないから、エスも遊ぶといいね」
洞窟の奥には自然に形成された穴に古い祭祀場が作られてあった。その前に清らかな清流の川が流れている。
そこだけは普通の、正常な時間が流れているように思えた。
数多の燭台と、鳥居と――炎を背負った仏像に見える、異形神。どこかで似たような仏像を目にしたことはあった。
「不動明王に似ていますでしょう。まあ、違うのですが……かなり昔のものなので、私も分かりかねません」
「不動明王……。聞いたことはありますケド――あ! グー子、せ、背中」
「ん? 何? 背中に何かついてるか?」
ワイシャツを脱ぎ捨てたグー子の背中には自らと同じ痣ができていた。それもかなり広がり、虎の模様そのものだ。
「痣に驚いただけですよ、ね? キュームさん」
「は、はあ」
「これは蒙古斑ね。だれでもあるだろ」
そう言うと、エスと水浴びをし始めた。肝心のエスは四つん這いでバシャバシャと水に入って駆け回っている。
「あーあ、服が……」
カヂが小さくつぶやくと、キュームに耳打ちする。「虎に操られた者を倀鬼というのです。グー子さんはもう、虎の操り人形なんですよ」
「倀鬼……虎、会雲の」
「ええ。貴方も手遅れになる前に気をつけてくださいね」
気をつけろとは……どう気をつければ?
やはりかの三つ編みオンナは大家の手籠めにされ、言いなりになっているのだろう。背中にある痣を剥がせるのなら、今すぐ剥がしてしまいたい。
「倀鬼になったらどうなっちゃうンですか? 教えてくれませんか?」
「古代中国からの伝承ではありますが、虎に食われた人間は倀鬼となり、絶対服従、そうして虎の狩りの手助けをすると言われています。……言われてみれば馬耀さんにグー子は一度も逆らっていませんね」
「……ど、どうしよう」
馬耀に逆らえなくなるのは嫌だった。いや、自我が残るかすら怪しい気もしてきた。
「そこまで怖がらなくても平気ですよ。ラベンダー荘のルールを守っているうちは」
(背中に痣ができてるのは言えねえしな……)
カヂはグー子に狩りをされるのでは、と勘違いしているみたいだった。





