幽霊は少し怖いキューム
「ああ、壁に文字。消し忘れた、という訳ではないのですが。嫌でしたら消しますよ」
おっとりとした様子の大家はキュームの部屋に残された文字を見た。
「うーん。幽霊とかが出てくるんだったら」
「あははっ、貴方、幽霊なんてものを怖がるんですか」
よほど面白かったらしく彼女は腹を抱えて笑う。
「人を何人も苦しめてきた人間が幽霊を?」
「あ、あのー。大家さんは知ってるんですか」
「ええ。何もかも。このアパートに来るまでのことは、ただしこの先は分かりません」
ハテナを浮かべるが、彼女は文字を改めて眺めている。
「大家さんは人間じゃないんですか……」
「当たり前じゃないですかぁ、まさか本当に若い子供だと思って?」
さも当然の如く彼女は口にした。今さら驚くべき事実ではないが、キュームは少しガッカリしてしまう。
(化け物だらけ、かー。食われんのかなー)
「ラベンダー荘のルールは私も守ります。だから安心してください」
「あの、一つ」
「何でしょう」
「ここから逃げようとしたら死ぬんですか」
すると優しげな相貌をしていた少女は一転して真顔になった。
「ええ」
「……そ、そうなんですね。だからあの社員証の」
「ああ、あの人はキュームさんが来る前に住んでいた方でした。この田舎から逃げたかったのでしょうね。たまにいるんですよ、ああいう人」
この田舎は何なのだろう。桃源郷? にしては変哲もない景色が広がっている。
蝉の合唱が遠巻きに聴こえてきて、浮遊感がする。現実にいないみたいだ。
「……見ていて飽きないんですけれどねえ」
大家はポツリとそれだけ呟いた。





