第45話「王宮猫、拝命いたします」
辞令交付式が、行われた。
冗談ではなく、本当に行われたのだ。謁見の間で、王妃陛下臨席のもと、侍従が読み上げる形式で。
「猫、ミーシャ。王宮への出入りに関する審査の結果を申し渡す。——合格。あわせて、王妃陛下より『王宮猫』の称号を授与する」
王宮猫。
直訳すると、王宮の猫。ひねりのない称号だが、前例のない役職である。この国の歴史に、猫の職位が新設された瞬間だった。
「品位の審査項目は、すべて満たしました」
王妃が、玉座から言った。
「茶会で挑発されても動かなかったこと。保護騒動で暴れず、騒がせず、誰も恨まなかったこと。……それから、夜更けの長話に、付き合えること」
最後の項目だけ、声が少し柔らかかった。
リゼットは私を抱いたまま、深々と礼をした。腕が小刻みに震えていたのは、緊張ではなく、笑いを堪えていたからだと思う。式の後、廊下で限界が来て、壁に手をついて肩を震わせていた。
「じ、辞令って……ミーシャ、あなた、私より先に王宮で役職をもらったわ……」
先輩と呼んでくれてもいい。
式の帰り、廊下でオーギュストに呼び止められた。
「ミーシャ……いや、王宮猫殿」
役職で呼ぶな。
オーギュストは、例の帳面を差し出して、最後のページを開いて見せた。観察記録の、びっしりと埋まった文字の一番下。結論の欄に、一行。
『結論——ただの、とても幸せな猫である』
「観察は、本日で終了します。三か月見て、これ以上の結論が出ませんでした。学者として完敗です」
男は帳面を閉じ、ローブの埃を払って、にっと笑った。
「ま、学問的にはね。……個人的な仮説は、別にありますが」
ぎく。
「いつか気が向いたら、本当のところを教えてください。急ぎません。学者は気が長いのです」
そう言って、インクと薬草の匂いと一緒に、塔の方へ歩いていった。最後まで、距離感の壊れた、悪意のない男だった。骨抜きの魚の味は、ちょっと恋しくなると思う。
入れ替わりに、レオンが駆けてきた。
「ミーシャ! 聞いたか、おい!」
聞いてない。何を。
「『猫の間』だよ! 王宮猫の執務室……は言い過ぎだけど、お前用の部屋を西棟に作る話、通ったんだよ! で、その管理担当に、俺が任命された!」
近衛騎士の職務に「猫の間の管理」が追加された男は、人生で一番いい顔をしていた。
「日当たり最高の部屋でさ、クッション置いて、爪とぎ置いて……いずれ王宮で働く猫を増やして……これもう、実質、猫カフェだろ……夢の城内開業だろ……」
騎士の夢が、王宮を侵食し始めている。国防は大丈夫なのか。
数日後。両家の顔合わせの昼餐が、王宮の小広間で開かれた。
国王陛下、王妃陛下、クロード、リゼット、そしてヴァルモンド家からエルネスト兄様。内輪の、和やかな席である。私はリゼットの椅子の横に、特等席のクッションをもらった。
エルネスト兄様は、終始無言で王子を見ていた。妹の婚約者を品定めする目だ。書類仕事では保護騒動の援軍に来てくれた人だが、感情面はまだ陥落していないらしい。クロードが何か言うたび、眉が一ミリ動く。王子、すでに胃が痛そうだ。頑張れ。義兄攻略はこれからが本番だ。
「もちよ、息災か」
国王陛下が、卓の下に手を伸ばして私の頭を撫でた。もちではない。ミーシャだ。あと国王が卓の下に潜るな。侍従の顔色が大変なことになっている。
食事が和やかに進み、デザートが出て、誰もが「いい会だった」と思い始めた、そのときだった。
国王陛下が、ナプキンで口を拭いながら、世間話の続きみたいに言った。
「ところで、結婚式はいつにする?」
時間が、止まった。
リゼットのフォークが、皿の上で停止した。クロードのグラスが、口元の手前で停止する。二人の顔が、同時に、音が出そうな速度で赤くなっていく。
「い、いえ、その、まだ婚約が承認されたばかりで」
「じゅ、順序というものが、父上」
「ん? 婚約の次は結婚じゃろう。順序通りじゃが」
正論の天然砲が、照れ屋二人を焼き払った。
エルネスト兄様の眉が三ミリ動き、ナタリーは給仕の壁際で目を輝かせ、王妃陛下はこめかみを指で押さえた。三十年これに付き合ってきた人の、慣れた押さえ方だった。
「陛下。その話は、しかるべき場で」
「ここがしかるべき場じゃろ。家族しかおらん」
「……はあ。これだから、あなたは」
王妃のため息は、しかし、怒っていなかった。あれは三十年ものの、諦めと愛着の混ざった音だ。なるほど。この夫婦も、こうやって釣り合ってきたのか。
結婚式。
次は、結婚式か。
王太子の結婚式となれば、国を挙げての大行事だ。準備に何年かかるのか、ドレスはどうなるのか、そして猫は式に出られるのか。波乱の予感しかしない。
でもまあ——それは、また今度の話だ。
その夜、屋敷に帰って、いつもの愚痴タイムが始まった。
「聞いて、ミーシャ! 陛下ったらいきなり結婚式って、私、心の準備が! でもクロードが真っ赤になってて、あれはちょっと、かわいかった……じゃなくて! 聞いてる?」
聞いてます。膝の上で、全部。
惚気と愚痴が三対七で混ざった夜の報告は、ランプが油を半分使うまで続いた。学園の頃から数えて、何百晩目だろう。数えるのはやめた。この時間は、数えるものではなく、続くものだから。
そして週に何度か、王宮に泊まる夜は、もう一件の夜業がある。
月のバルコニーで、膝より硬い手すりの横で、三十年ものの愚痴を聞く仕事だ。報酬は、完璧な手つきの一撫でと、「また来なさい」の一言。
悪役令嬢のペットに転生したら、令嬢が毎晩愚痴を言ってきます。
最近は、女王陛下まで言ってきます。
求人票と業務内容が違いすぎる気もするが、転職する気は、まったくない。
にゃあ。
——本日も、王宮猫は通常営業です。




