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悪役令嬢のペットに転生したら、令嬢が毎晩愚痴を言ってきます  作者: 夜凪 蒼


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第25話「朝日が、眩しい」

リリアーナの声が、講堂に響く。


「私から、話させてください」


 金色の髪が揺れている。目が赤い。泣いていたのだろう。でも今は涙を堪えて、まっすぐ前を向いている。


 壇上に上がるリリアーナ。足取りはしっかりしている。スカートの裾を踏みそうになったけれど、持ちこたえた。


 学園長が頷く。「フォレスト嬢、どうぞ」


 リリアーナが深呼吸して、口を開いた。


「リゼット様は、私をいじめていません」


 シンプルで、強い一言。


「花壇で転んだのは私が走って躓いただけです。リゼット様は近くにもいませんでした」


 講堂が静まる。


「それだけじゃありません」


 リリアーナの声が、だんだん力を帯びていく。


「この学園に来たばかりで、何もできなくて、泣いていた私に——リゼット様はハンカチを差し出してくれました」


 客席のどこかで、小さな息を飲む音。


「『使い終わったら洗って返して』って。たったそれだけの言葉でしたけど」


 リリアーナが涙を拭った。


「だから——リゼット様が嫌がらせをしたなんて、嘘です。嘘に決まってます。私が一番よく知っています」


 リリアーナの背筋が伸びている。顎を引いて、肩を開いて、まっすぐ前を見据えている。


 ——あれは、リゼットの立ち方だ。


 リゼットが人前で「氷の薔薇」を被るときの、あの毅然とした姿勢。いつの間にか、この子はそれを自分のものにしていた。


 リリアーナは壇上で、リゼットの方を向いた。涙を堪えたまま、震える声で、それでもはっきりと。


「リゼット様。私は、あなたの味方です。ずっと」


 静寂。


 そして——拍手が起きた。


 最初は一人。たぶんレオンだ。大きな手が打つ拍手。それにクロードが続く。控えめだけど確かな拍手。


 拍手が広がっていく。講堂全体に。


 マルグリットは俯いたまま、壇上の端に追いやられている。教師たちが彼女を取り囲み、退出を促している。


 私は壇上の端で、折れた爪がじんじん痛むのを感じながら、目の前の光景を見つめていた。


 リゼットが立ち上がっている。立ったまま、動けない。


 学園長が何か言っている。「嘆願書は棄却する」「マルグリット嬢には——」。でもリゼットの耳には入っていないだろう。


 窓の外が白み始めている。夜明けの光が講堂に差し込んで、壇上を照らしていく。


 その光の中で、リゼットが泣いていた。


 声を上げずに、静かに。涙が頬を伝って、顎の先から落ちて、ドレスの胸元に染みを作っている。


 氷の薔薇が、溶けている。


 リリアーナが駆け寄って、リゼットの手を取った。リゼットがリリアーナの手を握り返す。


 ナタリーが壇上の袖で、唇を噛んでいる。泣くまいとしている。


 エルネストは壁際に立ったまま、腕を組んでいる。表情は変わらない。でも目だけが、妹を見ている。


 クロードが——客席の前列から、壇上のリゼットを見上げている。何か言いたそうにして、でも言葉が出ない。口を開きかけて、閉じて、また開きかけて。その繰り返しが、金魚に似ている。


 眩しい。長い夜が、明けた。


 私は壇上で丸くなった。疲れた。全力疾走で体が軋んでいる。肉球が痛い。爪が折れている。口の中はまだ革の味がする。


 そして何より、腹が減った。


 こんな感動的なシーンなのに空腹を主張してくる猫の胃袋、もう少し空気を読んでほしい。前世なら感極まって泣くところなのに、今の私の頭の半分は「朝ごはんまだかな」で占領されている。


 でも。


 リゼットが泣いている。初めて、人前で泣いている。


 我慢しなくていい涙を、やっと流している。


 私は目を閉じた。涙で頬が光っているリゼットの顔が、瞼の裏に焼きついている。


 今日くらいは、日向ぼっこを任務と呼んでもいいだろう。


 壇上の光は温かくて、猫の体がゆるゆると力を抜いていく。


 誰かが私を抱き上げた。リゼットの腕だ。


「ミーシャ……ありがとう」


 涙声。細い腕。ラベンダーの香り。そして——涙が私の毛にぽたぽた落ちてくる。


 やめて。白い毛が固まる。乾くのに半日かかるんだから。


 にゃあ、と抗議しようとしたが、眠気に勝てなかった。


 もう少しだけ、このまま。

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