第24話「兄の切り札」
数日後の講堂。再審議の場だ。
学園長が手帳の筆跡鑑定の結果を手に、壇上に立っている。あの日、保留になった案件の決着をつけるために、生徒と教師が再び集められた。
私はリゼットの膝の上に丸くなって、展開を見守っていた。この数日間、リゼットは表面上は平静を保っていたが、夜の愚痴タイムが倍に延長されていたので内心の消耗は明らかだ。
学園長が手帳を掲げる。
「筆跡鑑定の結果、この手帳の記述はマルグリット・ド・ランベール嬢のものと一致しました」
マルグリットが立ち上がる。
「筆跡など似ていることはあり得ます。それに、猫が持ち込んだ物ですよ? 誰かが私の筆跡を真似て——」
まだ粘っている。でも前回よりも声が細い。
そのとき——講堂の大扉が開いた。
革靴の足音。重く、規則正しいリズム。
全員の視線が扉に集まる。
エルネスト・ヴァルモンド。
リゼットの兄が、モーニングコートを完璧に着こなして立っている。王都から一晩で戻ってきたのだ。馬車で夜通し走ったのだろう、靴に泥が跳ねている。でも表情は厳格そのもの。公爵家嫡男の威厳が、講堂の空気を変える。
「失礼、遅れました」
エルネストが壇上に上がる。学園長に一礼し、懐から封筒を取り出した。
「証拠を追加で提出します」
封筒の中身は——複数の書簡と、証言を記録した文書。
リゼットが目を見開いている。
「兄様、それは——」
「黙っていろ、リゼット。今は私が話す」
エルネストが書簡を広げた。
「マルグリット・ド・ランベール嬢が、ヴィクトリア・ローゼンハイム嬢に噂の拡散を指示した書簡。日付と封蝋つきです」
マルグリットの顔が、さらに青ざめる。
「それに加えて、嘆願書の署名を集めた際、『署名しなければ社交界で不利益がある』と圧力をかけたという証言が5名から得られています」
講堂がどよめく。
エルネストは淡々と続ける。
「これらの証拠は、私が独自に調査して収集しました。調査を始めたきっかけは——」
一瞬、エルネストの視線が私に向いた。
「ヴァルモンド家の猫が、最近妙な行動をしていたからです」
——え。
「夜中に廊下を走り回り、学園では特定の教室の前で長時間じっとしている。誰もいないはずの部屋に出入りする。およそ猫らしくない行動パターンでした」
エルネストの目が、微かに笑っている。
「猫の行動が何を追っているのか、興味を持ちましてね。そこで私も同じ方向を辿ってみたところ——噂の出どころに行き当たりました」
あの夜。深夜にリゼットの部屋に忍んできて、猫を撫でていたエルネスト。あのとき、リゼットの机に視線をやっていた。
あれは猫を撫でに来ていたんじゃない。
猫の行動を観察していたのだ。
そしてその観察結果を元に、自分で裏取りをしていた。
「兄様……全部、知っていたんですか」
リゼットの声が震えている。
エルネストは妹を見ず、正面を向いたまま答えた。
「猫がお前を守ろうとしていた。なら、兄が動かないわけにはいかないだろう」
声は厳格だ。でもその言葉の裏側に、兄としての意地が透けている。
私は壇上の端で、心臓がどくどく鳴っているのを感じていた。
エルネストは猫の異常を見抜いていた。でも告発するのではなく、猫と同じ方向に走った。兄として、妹を守るために。
学園長が書簡と手帳を並べて確認する。
マルグリットが後ずさりしている。弁解の余地がない。
「マルグリット嬢。この件については、学園として正式に調査を行います。追って処分を——」
その時、講堂の入り口で声が上がった。
「待ってください!」
全員が振り返る。
リリアーナが、講堂の入り口に立っていた。




